死体発見者
また悪夢を見た。
妻の遺体が自宅で見つかった。
マンションの201号室。
血痕。腐敗臭。服を着ていない。
私は警察に電話した。
「もしもし、妻が自宅で死んでいます」
予想外の返事があった。
「ああ、そうなんですか」
電話を切られた。事件にしてもらえない。話を聞いてもらえない。人が死んだのに。殺されたかもしれないのに。
私は家をでた。
隣の部屋、202号室のインターホンを押す。
「201の者です、大変なんです、帰ったら妻が死んでいたんです」
「あら、そうなんですか。ちょっと今は手がはなせないので、失礼します」
まただ。聞いてもらえない。妻が死んだのに。もう動かないのに。
冗談だと思われているのだろうか。
妄想だと思われているのだろうか。
ちがう、私は、
くるっていない。
くるっていない。
くるっていない。
そうだ、ひとり、話を聞いてくれる人がいる。
私はエレベーターに乗った。最上階へ。1102号室へ。
妻の友人なら話を聞いてくれる。私たち夫婦が引っ越してきてすぐに、親しくなった人だ。もう10年のつきあいだ。
私はインターホンを押した。
「ああ、大変なんです、妻が部屋で死んでいたんです、殺されたかもしれないんです」
ドアがひらいた。
私はなかに招かれた。
「ああ、話を聞いてくれてありがとうございます、妻が死んでいたんです、殺人事件かもしれないんです」
「奥さんが、死んでいたんですか」
「はい」
「だから、あわてているんですか」
「はい」
家族が死んであわてるのは、あたりまえだ。逆に、この人は、なぜこんなに冷静なのか。まさか、この人が殺したのか。
私は、慈愛の視線で見つめられて、
「ちょっと来てもらえますか」
と洗面所へつれていかれた。
瞬間、異臭が始まった。
腐った肉のにおい、
血からのぼりたつ鉄分のにおい、
汗と小便を放置したにおい。
妻と同じ腐敗臭だ。
においは、鏡のなかから来訪していた。映っているのは、私だ。
「思いだしましたか? あなたたち夫婦は、このマンションに引っ越してきたときから、死体だったんですよ」
鏡のなかの頭蓋骨から、ずるりと頭皮がはげ落ちた。