表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

人面瘡(じんめんそう)

 また悪夢を見た。


 肩に、人面瘡じんめんそうができた。


 最初に気づいたのは弟だった。


「おねえちゃん、おはよう。……パジャマの下がふくらんでるけど、どうしたの?」


 わたしは右肩にさわった。違和感がある。パジャマの上を脱いで、肩を鏡に映した。

 てのひら大のれものができていた。肉がいびつにもりあがっている。目・鼻・口があるように見える。


 わたしではない人影が鏡に映った。母だ。


「あなた、肩に人面瘡ができたのね。きょうは学校を休みなさい」

「お母さん、わたし、病院に行きたい。この気持ちのわるいデキモノをとってもらいたい」


 母は首をふった。学校は休んでいい、でも、病院に行くのは許さない、と断言した。

 なぐられるのがイヤだったので、わたしはしたがうことにした。

 さらに、母はおかしなことを言った。弟にも学校を休みなさいと伝えたのだ。

 なぜ健康な弟が小学校を休まなければならないのか。疑問に思いながら、わたしは朝食を食べ始めた。




 次の日の朝。

 わたしは鏡のまえで、病院に行けばよかったと後悔した。

 腫れものが大きくなっている。成長している。

 だが、わたしが恐怖したのは、人面瘡が大きくなったからではなかった。肩で不気味に笑う顔が、わたしの知る人にそっくりだったからだ。


 母だ。母の顔だ。デキモノは母親にそっくりなのだ。


 わたしはパジャマで肩をかくして、


「お母さん、病院に行きたいっ。腫れものが大きくなっているの、絶対に病院に行きたいっ」


 母が来た。わたしの腫瘍しゅようを服の上からながめて、


「だいぶ大きくなったわね。いいわ、病院に行きましょう」




 わたしは医者に連れられて手術室へむかった。

 奇妙な廊下にでた。左右のたなには、びっしりとガラスのびんがならんでいた。


「ひっ」


 びんの中身を理解して、わたしを悲鳴をあげた。

 顔だ。切り取られた数百の人面瘡が、ガラスびんにホルマリン漬けにされているのだ。

 顔たちは生きていた。わたしを見て、いっせいに声をあげ始めた。


 グバオアアアアア。

 グバオアアアアア。


 人の言葉ではなかった。

 わたしは医者の手をにぎりしめた。

 医者はやさしい声で、


「ここにあるモノは、みんな私が切り取ったんだよ。私は何百回も人面瘡の手術をしている。きみの手術もかならず成功するからね」


 目だけが笑っていなかった。




 わたしは手術台に横になっていた。全身麻酔を受けたはずなのに意識があった。


「それでは、手術を始めましょう。先生、よろしくお願いします」


 と助手が言った。母だった。なぜ母が手術室にいるのか。なぜ母が医者にメスをわたしているのか。


 メスがわたしに近づく。意識があるのに手術が始まってしまう。

 わたしは必死でさけんだ。まだ意識があるの。麻酔がきいていないの。切るのをやめて。もう一度しっかり麻酔をして。だが、くちびるは動かない。

 メスが肩に突きたった。わたしの肌を刃が進んでいく。痛みはなかった。

 わたしは安心した。血や肉が視界に入るのがこわかったが、じっと耐えつづけた。

 人面瘡がわたしから切り取られた。医者がデキモノを両手に乗せていた。ぴくんぴくんと動いている。


「人面瘡の切除は成功です。やっと手術が半分終わりましたね」


 と助手の――母の声が聞こえた。手術が半分終わった、とはどういうことなのか。不気味な顔を切りとったのに、なぜ手術は完了ではないのか。

 わたしの視界が急に暗くなった。麻酔がきいてきたのか、意識が遠くなった。




 医者の声が聞こえた。


「手術は成功しました。さぁ、起きあがってください」


 わたしは目をひらいた。手術室の壁が見えた。手術台にわたしが横たわっているのが見えた。おかしい。なぜ、わたしから、わたしの足の裏が見えるのか。

 【わたし】が起きあがった。はだしで床にたった。全裸だった。肩には傷ひとつない。【わたし】の顔を見た瞬間、わたしはすべてを理解した。


 わたしは、ホルマリン漬けのびんの中で絶叫した。


 たちあがった【わたし】の顔は、母とおなじ顔だった。移植したのだ。わたしの顔を切りとって、代わりに、人面瘡を貼りつけたのだ。

 【わたし】は笑顔だった。

 母と【わたし】――おなじ顔をしたふたりが、うれしそうに抱きあった。


 医者は、わたしの顔が入ったびんを廊下に運んだ。たなの一番上にわたしを置いた。わたしの横にも対面にも、人面瘡の浮いたガラスびんがびっしりとならんでいる。いや、人面瘡ではない。ホルマリン漬けにされた顔は、人間の顔なのだ。人面瘡に体をうばわれた被害者たちなのだ。




 どれくらい時間がたったのか、廊下に再び医者がやってきた。ちいさな男の子をつれている。

 弟だ。わたしの大切な弟だ。ひざには、異常な肉のかたまりがあった。人面瘡だ。母の顔だ。

 ガラスびんの顔たちがいっせいにさけび始めた。わたしもさけんだ。


 逃げて。手術を受けてはダメ。人面瘡に体をうばわれてしまう、顔を切りとられてホルマリン漬けにされてしまう。


 だが、わたしの必死のさけびは、弟の耳にとどかないだろう。


 グバオアアアアア。

 グバオアアアアア。


 意味不明の音をわたしは聴いていた。わたしの声だった。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ