自宅不倫
また悪夢を見た。
妻が浮気をしている。自宅に男をひきいれている。
証拠はない。だが、違和感がありすぎた。
私が帰宅したあとの……。
玄関の靴の位置、
ソファに投げだされた雑誌、
冷蔵庫のビールの本数、
ベッドの真新しいシーツ。
すべてがおかしい。
私は浮気現場をおさえることにした。1週間の出張だ、とウソをつき、妻がでかけたすきに自宅にもどり、寝室のクローゼットにひそんだ。
はたして男がやってきた。妻もいる。
男の顔は見えない。だが、見たことのあるスーツだった。
「きょうの夕飯、ウチで食べるでしょう? とっておきの高級肉を用意したの」
と妻が笑った。
私は沸騰した。殺す。この男を殺す。妻も殺す。親が見てもわからないくらいに、肉のかたまりにしてやる。私はナイフをにぎりしめた。
私が飛びだす直前に、予想外の声がふってきた。
「なぁ、なんだか人の気配がしないか? ここに、誰かがいるような……」
と男がクローゼットをあけた。
その顔を見て、私は凍りついた。なぜこの男がここにいるのか。なぜこの男の身長は私より1メートルも高いのか。
声をだせない私に、男が言った。
「ああ、こいつが今夜の肉なのか。たしかにうまそうだね。めったに食べられない高級肉だ」
男のスーツは、私のスーツだった。
男の声は、私の声だった。
男の顔は、私の顔だった。
「おいしそうでしょう? きょうは、私たちの結婚記念日ですもの。特別な料理を用意したかったの」
妻が【男】をうしろから抱いた。
【男】はネクタイをはずしながら、
「じゃあ、肉料理の準備を始めようか。まずは、生きたまま内臓をとりだそう」
とナイフをふりあげた。私が持っていたはずの凶器だった。
殺される。私は逃げだそうと前足をふみだした。走りだした瞬間、のどをハイヒールでふみぬかれたような衝撃に襲われた。首輪が私を拘束していた。首輪からのびた鎖を妻がにぎりしめていた。
動けない。
私は、私に殺される。
しっぽをまるめて縮みあがる私に、刃が光をつれて走った。