仮面の殺人鬼
また悪夢を見た。
私は中年男性だった。結婚10年目、小学生の娘がいた。
仕事が終わった。
帰宅した。
マンションのドアをあけると、リビングに死体があった。妻と娘だった。ベージュ色だった絨毯が、かわいた血で黒くなっていた。
「おまえも、殺す」
という声に私はふりむいた。
仮面の包丁男がたっていた。背が高すぎる。腕が長すぎる。猫背である。体毛のない類人猿のようだ。多眼が描かれた異様の仮面。穴はあいていない。どうやって前を見ているのか。
仮面の殺人鬼が走った。獣の動作だった。赤い包丁をふりあげている。横に一文字の斬閃が私の首を襲った。
私はよけた。格闘技の心得があるおかげだった。
殺人鬼の第二撃。
私はよけた。軍隊で最前線に立った経験の恩恵だった。
第三撃が来るまえに、私は果物ナイフをにぎっていた。光の尾をつれてナイフを走らせた。
殺人鬼の首が飛び、床に落ちた。長い胴体がたおれた。断面からは青い血が流れていた。
私は首をひろった。仮面を取りさった。素顔を見たかった。
見なければよかった。
素顔は私の顔だった。似ているどころではない。うぶ毛も、ほくろも一致していた。
殺人鬼は、もうひとりの私だったのだ。
私は理解した。自分の奥底にあった暗い炎をはっきり感じていた。
殺したい。
また戦場に立ちたい。
銃を撃ちたい。狙撃スコープに敵の姿をとらえたい。引き鉄をひきたい。弾丸の発射音を聴きたい。薬莢が落ちる音を聞きたい。爆ぜる敵の頭を見たい。
ナイフを刺したい。肉を切りたい。腱がバチンと切れる音を耳に届かせたい。捕虜の悲鳴で脳を満たしたい。
妻を愛している。娘を愛している。だから、妻と娘は邪魔だった。家族を守っていては、だれも殺せない。
殺人鬼の首なし胴体がゆっくり立ちあがった。
私は動かなかった。
殺人鬼の手がのびた。
私は動かなかった。
長い手の長い指が私の首をつかみ、ちからずくでひきちぎった。
首は胴体に乗せられた。すぐにつながった。
新しい体を得た「私」は、包丁をひろい、ドアを蹴やぶって外に出た。
密林だった。血のにおいがする。硝煙のにおいがする。戦場だった。
「私」は走りだした。敵を殺すために。獣の動作だった。