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第一話_ヤミノナカ

私にとってつくり直しの本分は、言葉遣いの見直しと統一、説明不足の補足にあります。それでも、何回やってもミスは消えないのだから報われませんね。一人創作の辛いところです。

○ ヤミノナカ ○


 はぁ、はぁ……はぁ。

 走って、走って、家を出たわたしは兎に角走って、いずことも知れない森の中に至った。

 辺りはもう右も左も、それどころか前も後ろもわからないほど見事な闇模様だ。手入れもされていない野生の森が紡ぐ陰の深さはさることながら、時分もすっかりいい加減に夜である。曇り空からでは十分な光なんて届かないから、手近にある草木がぼんやりその輪郭を浮かばせているのが、思い切り顔を寄せて漸く、辛うじて見える程度だ。どれだけの時間をかけて、どこをどう進んだのかも憶えていない。あの家を飛び出してからというもの、それこそ滅茶苦茶に走ったのだ。

 ここに至るまでには、色々あった。道中で大勢の人とぶつかった。坂道を転げもしたし、足を滑らせて川に落ちることもあった。でもそれらは――全部、結局のところわたしの錯覚に過ぎなかった。実際には誰にもぶつかっていないし、怪我の一つもしていない。服に土もついていなければ濡れてもいない。全部なかったことになっているのだ。あの女の子の肩を掴もうとしたわたしの手が、それをすり抜けたように。

 ……ふぅ。

 際限なく走り続けた割に、呼吸は早くも整っている。多分これまでのことと同じように、「なかったこと」になったのだろう。


 わたしは、いったい何者なのだろう?


 ひとまず腰を下ろして、呟いてみた。

 それはあの家で「目覚めた」ときに抱いた疑問でもあった。自分がどこの誰なのか――それを知りたいがために二人に声をかけたのだ。結果として失敗に終わってしまった以上わたしには、自分でそれを考えるしかないのである。

 今わかっていることはだから、そう多くない。むしろ殆ど、容姿に限られると言ってもいい。桜色の振り袖に身を包み、足袋を履き――あの家の女の子と似たような格好をしている。視線の高さもあの子と同じくらい。顔も何となくではあるけれど、わかる。身長や髪、わたしたちは年齢も含めて双子も同然の容姿なのだろう。

 だからこそ納得がいかない部分というものも、あった。わたしは自分の名前も家族もはっきりしない。でも自分を「わたし」と捉えられるだけの立派な自我がある。そしてこうして状況整理を試みるだけの知能がある。それは自分が年不相応――年齢以上の知能を持ち合わせていることにも繋がる。同じような年格好でありながら、あの無邪気な子にそれだけのことができるとは、わたしにはどうにも思えない。まぁ、色々と考えることもできるから、知恵が回ること自体はいいことだけれど。

 色々――か。

 意図せずして溜め息が漏れた。

 掴みにかかったこの手が相手を素通りしたあのとき、「幽霊だ」と思わず叫んだ憶えがわたしにはある。しかし冷静に考えると、考えれば考えるほど幽霊という言葉はわたしにこそ相応しいように思えてならなかった。声は届かない、何一つにも触れられない。鏡にも映らず土の埃、水の飛沫を上げることもできないのだ。

 ただ――それもまた腑に落ちない部分ではあった。

 幽霊ならどうして、生前の記憶がないのだろうか。自分のことすら満足にわからないのだろうか。そもそも何かしらの執着があってこの世に留まったのが幽霊という存在であるはずだ。その幽霊に生前の記憶がない。死んだ当時で保存されたはずのわたしに、どうして心身の不均衡まで生まれているのだろうか。

 神童だとか、都合のいい言葉でごまかしてはいけない。

 かといって、いくら考えたところで答えの出せる話でもこれはない。

 もうやめた――わたしは横になり、目を閉じる。疲れもないし空腹も感じない、そのクセこの体には、眠気だけは律儀にやってきている。

 ……まったく、本当に何者なのだろう。

 そうして他人事のように考えている間にも、わたしの意識は沈んでいくのだった。


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