07
血を啜る音が厭に響く。
血の気を失っていくシモンとは対照的に、ネロの目はどんどん血色の輝きを放っていく。そんな吸血行為に、場は凍りつき、皆圧倒され、動けないでいた。
「……あはっ」
そんな中、ビアンコだけが場にふさわしくないほど無邪気な少女のような笑みを浮かべる。その身体は笑顔には似つかわしくない、煙のような真っ黒な影と苦しいほどの重圧を放っていた。
「もう、こうなれば貴女たちは指一本主に触れることはできません」
ふわり、とビアンコは跳んだはずだった。なのに、相手には認識できないほどの速さで肉薄し、ネロが血を飲む度に沸き上がる影と体術を駆使し攻撃する。回り蹴りかと思えば影が、影かと思えばエルボーが、ビアンコは羽のように軽やかに舞い、今までとは段違いの力を見せ付ける。
「触れさせない、という方が正しいかもしれませんね」
ロングソードで斬りかかってくるレシャの攻撃も難なく交わし、くるりと宙返りして見せるとビアンコはレシャのロングソードに着地する。ビアンコは自身の重さを自在に操れるため、レシャの感覚的には羽が乗っかったぐらいの認識だろう。その代わり、血を吸って力を得たヴァンパイアの魔術が目の前に迫っているというとてつもない恐怖があるが。
「ッ、レシャ!」
「俺の存在を忘れちゃダメだろ?」
慌ててレシャの援護に回ろうと、アゴーニがビアンコに杖を向けるが、それをブランテはアッサリと阻止する。
杖から放たれた火の玉は弾かれ、再び出現した水でできたドラゴンに当たって消えた。そのドラゴンもブランテにより素早く水に戻されてしまうため、魔術での遠距離援護は不可能となっていた。
血を吸っている間のネロは恐ろしく無防備だ。なのに、攻撃をすることはおろか、そちらに近づくことも照準を合わせることもままならない。
「……ごちそうさま。さて、アンタを相手にするんだとしたら、もう一人ぐらいもらっておいた方が良いのかな?」
首筋から口を離し、ぐったりとしているシモンを適当に地面に寝かせると、ネロは真っ赤な瞳を女に向けた。
「……ッ、わかってないわね! この魔女がどんな目に遭ってもいいってわけ!? 不老不死だから!!」
「……分かってないのはそっちだな。クリムに手を出しただけでも殺したいぐらいなのに、ナイフを刺して、更にやろうってのか。ぶっ殺すだけじゃ済まさねえからな。絶対に」
言葉だけの圧力。それだけでも女は十分に怯ませられていた。それだけの力が今、ネロにはある。
「やっぱやめた」ネロは静かに言うと目を閉じた。「全員分貰う」
瞬間、場にあった影という影が蠢き、戦っていた残り六人を一斉に襲った。
「う、あ、ああああっ」
誰のとも分からない叫び声が上がった。
絡み付いた影は六人の身体に浸透し、血を奪う。ネロがかつてクリムやブランテの身体を創っていたときに使った手法だ。ただ、あのときと違い今回は敢えて意識を奪っていない。相手に意識がある状態でこの技を使うと、最悪相手は影に支配されていく感覚や血を奪われていく感覚に耐えきれず、狂っていってしまうのだ。
そんな地獄のような光景に、ブランテは寒気がすると同時にネロへの心配をした。
今のネロは誰が見たってぶちギレて、ぶっ飛んでしまっている。こういうときのネロは昔から残忍な行動をとりがちだった。それと同時に、自分に対して一気に鈍感になり、無理をして最終的に倒れてしまうことが多い。そもそも、こんな状態になるときは大抵身体が限界を超えてしまっているときなのだ。
太陽は相変わらず憎らしいほどに燦々と輝いている。ヴァンパイアとしての能力が最大に高められた今、それに比例するように太陽から受けるダメージも増加しているのではないだろうか。
「さて……ここからはサシだ」
静かに影を仕舞うと、ネロは一歩女の方へ踏み出した。
女が目の前の光景に、ネロに目を奪われている最中に、ビアンコがクリムを保護した。どうやら未だに女はそれに気付いていないようだが、それはネロには関係のない話だ。重要なのは、クリムを保護したから、これから存分に、変な制止がかかることなく女を攻撃できる。ただそれだけだ。
女の顔がひきつる。
それを確認すると、ネロは地面を蹴り、一気に女との距離を詰めた。