06
ブランテにより魔法がほぼ全て打ち消され、その隙を狙ってビアンコとネロが大暴れをする。人数的にはネロたちの方が不利だというのに、力量で言えばネロたちの方が圧倒していた。
このままではまずい。
戦闘の様子を見て女は苦い顔をした。が、隣で拘束され不安そうな目で戦闘を見守っているクリムを見て、曇った顔をすぐに晴らした。不老不死であるのなら、ネロたちにとってとても大切な人物であるのなら、そこは最大限に利用すべきだ。
「ねえ、忘れてないかしら?」凛と通る声で女がいうと、ネロが真っ先に反応した。「こっちには可愛い可愛い、人質がいるのよ?」
そして女は弄んでいたナイフの切っ先をクリムの左腕に向けた。
「……どうするつもりだ」
言いながら、しかしネロは動きを止めない。襲われたら屈んで掌底を容赦なく相手の腹に喰らわせる。
「そうね……こうするつもりよ」
「いッ……た……ッ!!」
ネロを見て、実際にやってみせなければ効果はないと判断したのか、女は突きつけたナイフでクリムの左二の腕を軽く刺して見せた。
真っ赤な染みがクリムの袖にじわじわと拡がっていく。痛みにクリムの顔は歪んでいる。
その様子を見た瞬間、ネロの目の前はカッと赤く染まった。
「テメェ……!」
女に向かって突進しようとするネロを、女は「分かってないわね」とクリムの首にナイフを突きつけて制止した。そして「大人しくした方が魔女ちゃんのためよ? それとももっと一杯痛がってもらいたい?」なんてニヤリと顔を歪ませて言うのだった。
女は内心ヒヤヒヤものだったが、クリムのことしか頭にないネロは女の思惑通り動きを止めた。
「主ッ!!」
「が――ッ!?」
そんなネロを無情にもハンマーを持った男、シモンが容赦なく殴り飛ばす。ビアンコだけではカバーしきれなかったのだ。
元から太陽によってダメージを受け続け限界を迎えつつあったネロは、ハンマーを頭にモロに喰らい、吹っ飛ばされ地面に転がる。身体は思うように動きそうにない。
「っ、ふ……」
「やっぱり……本体がダメになれば、当然分身ちゃんも動けないわよねぇ?」
ビアンコの身体がぐらりと揺れた。痛みもダメージも負わないはずのビアンコが苦悶の表情を浮かべている。ネロが無意識のうちに身体を魔力で補強するという手段に出ていたため、魔力切れを起こしているのだ。加えてこのダメージだ。ビアンコは魔術であるため、術師であるネロが意識を失い魔術を使えない状態になってしまえば当然消える。
「……ッ、……悪い、ビアンコ。ちょっと、だけ……耐えててくれ」
愉しそうな女への殺気を隠そうともせず放ち、ネロは地面を掴む。そしてゆっくりと、根性だけで立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
「ある、じ……?」
ネロの行動を理解できないビアンコが戸惑いながら呼び掛ける。が、ネロは反応しない。
ネロの周囲には異様な空気が漂っている。
「ネロ!」
物理攻撃を防ぐことができないブランテが、再び迫ってきたシモンを捉え叫ぶ。しかしネロは反応せず、またシモンのハンマーを頭に喰らう。
だが次は吹っ飛ばされるようなことはなかった。
「ッ」
体勢はそのままに、殴られた箇所から血を流すネロの目がギョロりと動いてシモンを捉えると、シモンはあからさまに怯んだ。殴りかかったのはシモンだというのに、シモンは慌ててネロから距離をとろうとする。
「……お前でいい――」
ネロはそれを許さない。
何処にそんな力が残っていたのか、跳ぼうとしたシモンの後ろにふわりと回り込んでシモンを捕まえる。そして、
「――いただきます」
行儀よくそう言って、捕まえたシモンの首筋に、普段は全く使う機会のない二本の牙を突き刺した。