05
魔法を使ってくる敵に、ネロは物理攻撃でしか対抗することができない。ビアンコを作っても通常サイズに出来なかったことから分かるように、魔力が足りないのだ。
更に、今は昼間だ。ネロの最大の弱点である太陽が、悪魔のようにジリジリと照りつけてくる。それは、ネロが常にダメージを与えられ続けていることに等しく、体力を奪い動きを鈍らせていった。
「レシャ!」
「任せて!」
「…………ッ」
レシャと呼ばれた少女がシモンの後ろから飛び出し、ロングソードで斬りつけてくる。ネロはそれを後ろに跳ぶことで回避しようとするが、体力を奪われ動きが鈍った状態ではうまくいくわけがない。右肩から下にまっすぐに赤い線が走った。
敵はそんなネロを見て、弱いと、やれると、思い始める。それはネロにも伝わった。そしてこのままでは確実に敵の思い通りになるだろうと感じた。
だからネロは逆転の手を打つことにする。否、手はもう打ってある。
「お前らんとこのボスはビアンコを雑魚扱いしたけど……」腕をだらりと下げ、息を吐き、ニイッと口角を吊り上げる。「……悪いが、ビアンコは俺よりずっと強いんだ」
次の瞬間、アゴーニ、シモン、レシャの三人は地面に倒れていた。三人は何が起きたのか理解できない。ただ、背中に鈍痛がした。
「大丈夫ですか、ポンコツ主」
三人の後ろには真っ黒な影を纏ったビアンコがいる。その右隣には、ビアンコの影によって縛られ動きを封じられた少年がいた。彼はもうこの戦いでは動くことができないだろう。意識を失っているのか、その手足はピクリとも動かない。ぶら下がっていた。
「フルオートで魔力切れまで動き続ける魔術。それが私です。貴方たちは既に発動した魔術と戦っていることを忘れませんよう……そう、格好つけたかったんですよね、主?」
「ああ、その通りだよ……」
台詞を奪われたネロは苦笑するしかなかった。だが、気など抜いてはいられない。ビアンコのすぐ後ろに、今度は水で創られた巨大なドラゴンが現れ、今にもビアンコに襲いかかろうとしているのだから。
「ああ、大丈夫ですよ、主」ビアンコは、後ろのドラゴンに気付き動き出そうとしたネロをそう言って止める。少し、嬉しそうに微笑みながら。「あの程度の魔術なら、もう相手にする必要はありません」
パァンッと水を切る派手な音がした。そして水は支えを失い、ドラゴンは形を失い、重力に従い地面に落ちていく。その中心には一人の男が立っていた。
「ここからは三対七です。良かったですね、主。ここからは主お得意の肉弾戦で事足ります」
ビアンコの不敵な微笑みに、ネロはああ、そうか。と笑った。そして、ビアンコが今まで何をしていたのか理解した。同時に、こんな状況になっても戦わせなきゃいけないことを申し訳なく思った。
「なんつー顔してんだよネーロちゃん」中心に立っていたというのに髪一本濡れていないブランテが眉を下げて言った。「ネロの喧嘩に俺が入るのはいつものことだろ?」
「……そうだね」
どうやら、申し訳なく感じている暇があるならさっさと事を片付けた方が良さそうだ。ネロはそう判断する。そして、遠くで弓を構えつつ呆気にとられて動けないでいた二人を仕留めるため駆け出す。物理攻撃を抑えるのはネロの役目だ。ブランテには出来ない。
ブランテは魔力によって姿を作り、魔力によって触れることができる。魔力でのみ干渉できる存在だ。
では、それを逆手にとることは出来ないだろうか? そう考え、ブランテはビアンコに戦いながら魔力の扱い方をレクチャーしてもらっていたのだ。
これは一種の賭けだった。
ブランテから魔力に干渉することができなければ、ネロが体力を削られていた今までの時間はほぼ無駄になると言っていい。そして、大分消耗した状態でこの八人(一人撃破してしまったが)とボスである女を倒さなければならないという困難な状況が待ち受ける。ネロとビアンコだけではきっと難しかっただろう。
ネロは弓兵との距離を跳んで一気に詰める。そして、跳んだそのままの勢いと威力で、かつて絶望的とは言わないにしてもかなり対格差のあったジェラルドをも吹っ飛ばした飛び蹴りを弓兵の片方にお見舞いする。弓兵はネロよりも小柄であったため、紙のように吹っ飛ばされた。
「悪いけど、俺は弓には深い恨みがあるんだよ」
トラウマと化しているあの日の出来事を胸に、ネロは弓兵に人差し指を突きつけた。これが八つ当たりだということは理解していたが、やめる気は更々無い。襲ってくる方が悪いのだ。
「もう二度と弓なんか使えない身体にしてやる」
そのとき、ネロが放つ重圧に弓兵は明らかに顔を青くした。しかし後悔したってもう襲い。
ネロの後ろではブランテが炎と水そして風、三人の魔術師を、ビアンコがハンマーとロングソード、二人の戦士を各々圧倒している。
「さあ、反撃開始だ」
ネロは距離をとろうとする弓兵を捕まえつつ高らかに宣言した。