04
「中々来ないわね。捨てられちゃった?」
つまらなそうに女は言った。クリムは唇をキッとかんで黙りこんでいる。そんなやり取りが何回か繰り返されていた。
「うーん……分身ちゃんは本体に連絡がとれなかったのかしら。消しちゃったのは失敗だったかも?」
「でもボス、あの分身消してなかったらかなり厄介だったと思うっすよ。俺ら一回完璧に抑え込められたし。ボスがいなきゃ抜けられねえっすよ、あれ」
「それもそうね……かなり元気な分身ちゃんだったし、本体が怖いわ。いい? 間違っても血を飲まれるなんてヘマはしちゃダメよ」
なんて口では言うものの、表情は余裕に満ちている。それもそのはず。なんせ、ヴァンパイアを太陽が真上に来ている昼間に呼び出している上に、自分はヴァンパイアが苦手とする光属性の魔法を使えるのだから。それに、この場にいる八人の仲間たちの腕にはそれなりの自信があった。
「そうやって余裕面をしているからヘマをするんですよ」
その自信が、過信が痛手となる。
足を組んで優雅に座っていた女だったが、突然目の前に現れた影に仲間たちが襲われる様子を見たその顔は全く優雅ではなかった。
影は竜巻のように空高く渦を巻き、石や木片、女の八人の仲間たちを巻き込んでいく。
「こんにちは。お望み通り来てあげましたよ」
「本体で来いって言ったのが聞こえなかったのかしら? また消されたいの?」
ビアンコは冷たく淡々と、女は眉間にシワを寄せて煽るように言う。相変わらず女は足を組んだままだ。ビアンコはそんな女を鼻で笑い、指をさす。指の先は女からはややずれていた。
「そうやって余裕面をしているからヘマをするんですよ、と忠告したはずですが?」
「は?」と女が言うよりも早く、女の上半身は打撃を受けぐらりと傾いた。女は突然の出来事に何が起きたのかを理解できない。
「覚悟は」「覚悟は」
二つの声が重なった。
「出来てるんだろうな?」「出来ていますよね?」
「なるほど……」倒れこんで漸く事態を理解した女が呆れたように笑った。「本体ちゃんのお出ましってことね」
自分を殴った相手、ネロを睨み付けながら女はゆっくりと身を起こし、手を高く挙げた。
「ここからは全力で行くわよ」
女の声とほぼ同時に、ビアンコのやや後ろ、影の竜巻のすぐ横に真っ白な竜巻が現れる。それは淡い光を放っており、影の竜巻にぶつかると簡単に影の竜巻を消していった。
竜巻が消えれば、それに巻き込まれ自由を奪われていた女の仲間たちが解放される。八人は地面に降りるなり一斉にビアンコに飛び掛かった。
「一対八ってどういう神経してんだよ」
ネロはそれをビアンコと八人の間に飛び込み影と脚を使って流していく。生まれ持った動体視力の良さがフルに活用されたのだが、それでも全ての攻撃を流しきれたわけではなく、小さい切り傷を幾つか作っていた。しかし、ビアンコは守りきった。
「バカなんじゃないですか、主。私なんか守らずとも……」
「バカはお前だ。どうせお前が傷ついても痛いのは俺なんだから一緒だろ?」
ネロはそう言って体勢を低くし、自分たちから少し離れた八人のうちの一人の懐に潜り込もうとする。
「アゴーニ!」
「ッ!」
が、それはネロの動きにいち早く反応したハンマーを持つ男によって阻止される。咄嗟に回避動作を取れなかったネロは、ハンマーをモロに喰らい、横向きに転がった。
「シモン、助かった!」
「ぼさっとするな、いくぞ!」
アゴーニと呼ばれた赤髪の青年は、ハンマーの男をシモンと呼び、礼を言った。シモンはそれを叱咤で流しネロへ追撃しようとする。しかし残念ながらハンマーはネロには届かなかった。ネロは器用にも即座に仰向けの姿勢からうつ伏せの姿勢になり、腕を地面につけ脚をあげ、体を捻らせ回転を使い、襲い来るハンマーを蹴って弾き飛ばしたのだ。
「うわっとォ!?」
ハンマーをかわしただけでは安心できない。ネロはそんな声をあげながら、腕の力で後ろに跳びその場から少し離れる。それとほぼ同時にネロがさっきまでいた場所に真っ赤に燃える火柱が上がった。
「魔法を使えるのはボスだけじゃねえってことか…… 」
バック転をして体勢を立て直しつつネロは忌々しそうに呟いた。その視線の先には、赤い宝石が嵌められた杖を構える赤髪の青年、アゴーニがいた。