03
ブランテ・エントゥージアは幽霊だ。
一度戦死し、しかし現世に魂のみ復活することになった。しかしそれだけだと常人には見えないため、魔力を借りて仮の姿を作っている。故に、彼には実体がない。魔力を使えばブランテが何かに触れることも可能なようだが、生身の人間相手では難しいようである。
更に、ブランテは現世に復活する際、ネロにとり憑いたためネロからあまり離れることができない。ネロに縛られた状態である。自ら縛られたわけなのだが。
そんな二つの要因はブランテに無力感を味わわせた。
ブランテは今、どんなにネロが痛みに悶え苦しもうと、苦痛に声を漏らそうと、背に傷を作りそこから血を流そうと、ネロに触れることはおろか、誰かを呼ぶことすら出来ない。魔力をつかい仮の姿を作っているが、それはイコールで魔力を扱えるというわけでもないのだ。魔力さえ扱えれば、何かしらのアクションがとれたはずなのに。
「ネロ……ッ」
ブランテはそんな自分の不甲斐なさにギリッと歯噛みした。するとネロがその声に反応して閉じていた目をうっすら開く。眉間にシワがよっていることから、まだ苦痛がネロを襲い続けていることがよくわかった。
「ごめ……ん、ブランテ……心配かけた……」
「バカ、そうじゃねえだろ! 大丈夫……じゃ、ねえよな。ごめん、俺……」
「大丈夫」泣きそうなブランテの声を遮ってはっきりと告げると、ネロは身を起こした。「一先ず、おさまったから。ブランテが謝ることじゃないよ」
ブランテはそう言うネロの声にほんの少しの違和感と懐かしさを覚えた。その正体がなんなのか、ブランテはネロの表情を見ることで確かめることにする。
「むしろ、俺がこれから謝らなきゃいけないかもね」
その正体はすぐに見つかった。
思い出すのはネロがまだバーテンダーになる前、バーテンダーになろうとすら思ってなかった頃のこと。ネロが喧嘩三昧の日々を送り傷だらけになっていた頃のこと。
「クリムとビアンコに手ェ出したんだ。絶対にぶっ潰す」
静かに言うネロの表情は一見怒っているようには見えない。しかし、長年一緒にいたブランテには、その表情がネロが激怒していることを示していると知っている。
「いいえ、主は大人しくしていてください」
そのとき、そんな声と共にネロの影が揺れた。そしてそこから一人の少女が飛び出してくる。ビアンコだ。
「なに勝手に出てきてんだよ」
「消されて大人しくしているような私ではありません。それに主、そんな身体でどうするつもりですか?」
じっとネロの目を見てビアンコは言う。その姿は、何時もよりも幼く感じられた。決してそれは錯覚などではない。ネロの魔力が不足しているお陰で、通常よりも小さい身体しか作ることができなかったのだ。
「私を作る魔力すらろくに残ってないのに、しかも昼間ですよ? ただでさえ昼間は役立たずなんですから、ここは大人しく――」
「だからってお前一人行かせる理由にはなんねえよ」
お互いの思考は自分のことだから一番よくわかっている。ただ、ビアンコに自我が目覚めたお陰で二人はお互いを『自分だけど自分ではないもの』として捉えるようになっていた。だからこそ、こうして意地を張り合うことになる。
「三人でいけばいいだろ」
ブランテはそんな二人にため息をついた。本来ならばどちらも大人しくしていてほしいところだ。しかし、クリムに何かがあり、自分が動くことができない今、ブランテには口を挟むことしかできない。そんな自分に悲しくなった。
「ビアンコちゃんも、ネロも、なんでこういうときばっかり分身ぶって本体ぶるんだかな。素直になれよ」
「……いいんだよ、ビアンコは俺だから」
「一緒にしないでください」
ブランテに言われて口を尖らせるネロをビアンコはバッサリ切る。これでこそ二人だ。
「行こう」ネロは既にボロボロの身体で立ち上がるとドアに向かって歩き出す。「こんなことをしてる時間が勿体無い」
その目に躊躇いはない。ただ真っ直ぐに前を見つめていた。
「クリムに手を出したこと、死にたくなるくらい後悔させてやる」