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「まったく、もう……今回はぁ、どんな無茶をしたんですかー?」
クリムとネロの治療を終えたロレーナは、ビアンコの入れたハーブティーを飲みながら言った。
クリムは元が魔女であるため耐性があるだろうということで、そのまま回復魔法を使った。きっと、傷跡も残らないほど綺麗に治ることだろう。対してネロは、ヴァンパイアになったことで魔法への耐性は出来たものの、光魔法が最大の弱点となってしまったため、ロレーナの回復魔法を使うことはできなかった。そのため、全身に包帯を巻いて絶対安静を命じ、あとはネロの回復力に任せるという人間的な処置に留まった。果たして、ネロが絶対安静を守るかどうか些か疑問だが。
「まーまー、そう怒るなって。今回は不可抗力だったんだよ」
「串刺しにされて内臓も傷ついてたのに動こうとしてたところのどこが不可抗力なのか聞きたいもんだね」
ネロをフォローしようとしたブランテを、スメールチは鼻で笑って一蹴した。スメールチの言うことは全くもってその通りなので、ブランテは反論の余地もなく黙る。
「ヒヒ、自分から血を飲もうとした分、まだいいのかもしれないけどね」
なんて言って表情は変えずに、口だけで笑うスメールチの首筋には小さな二つの穴があった。それはネロに噛まれたことを示している。
血を吐いたので当たり前だが、ネロを串刺しにしたあの攻撃は内臓をしっかりと傷つけていた。ロレーナの回復魔法を使えればなんてことはなかったのだが、生憎ネロにはそれが使えない。そして、本人は開腹という大掛かりな処置を拒んだ。その代わりに出した案が、血を飲むことだったのだ。
確かに、ヴァンパイア本来の回復力があれば、傷ついた内臓もその内治るだろう。そのことをわかっていたネロは、とても嫌そうな顔でそれを告げ、とても嫌々にスメールチに頭を下げ、渋い顔をしてスメールチの血を飲んだったのだった。血を飲むという行為そのものが嫌なのか、それともスメールチの血を飲むのが嫌なのか、それは本人にしか分からない。周囲に分かるのは、引くぐらい嫌々で他の案を挙げてあげたくなるほどだったということだけだ。
「……それにしてもぉ、困ったものですねー」
「ん? ネロが? あれはどうしようもねえよ。昔っからああなんだし――」
「いいえー、ネロ君のことはぁ、諦めてますー」どうにかなるならぁ、どうにかしたいですけどー、と苦笑してからロレーナはキョトンとした顔のブランテに言った。「ネロ君とぉ、クリムさんを襲った人たちのことですー」
ロレーナの言葉に、ブランテは納得したように頷いた。そして、そこに思い至らない自分の思考回路の日和具合に顔をしかめかけた。
「……アホ主だけが狙われるならまだしも」ずっと黙っていたビアンコがとても申し訳なさそうな、悔しそうな顔でぽつりと呟くように言う。「クリムさんが狙われてしまうのはどうにかしたいですね」
自分に力があれば。クリムを守れていれば。自分が一度消されてしまわなければ。そうだったなら、クリムも、ネロも傷つかずにすんだのに。とビアンコは暗い顔で自分を責める。
「ビアンコちゃんはぁ、何も悪くないですよー」
そんなビアンコの頭を、いつの間にか立ち上がっていたらしいロレーナがポンと撫でた。
「今回はぁ、ちょっと相性が悪かっただけですー」
「……それでも、主は相手を倒せました」
「それはぁ、血を飲んだからじゃないですかー。まったくぅ、ビアンコちゃんはー、いつからそんなに血の気が多くなったんですかー?」
たしなめるようなロレーナの言い方に、ビアンコは顔をあげた。ロレーナが次に何を言おうとしているのか読めなかったからだ。
「戦うのは最悪の手段でー、一番いいのはぁ、狙われないことですよー」
言って、ロレーナは悲しそうな顔をした。
ネロの噂はどうしようもないにしても、クリムの噂は何とかしたいところである。もう、クリムは不老不死の魔女ではない、普通の女の子なのだ。不老不死の力を狙ったって、彼女にはもうそんな力はどこにも残っていない。火はとっくに消えたのに、煙は未だ上がり続けているなんてアホらしい話だ。
「……それは本人たちも交えておいおい考えることにしないかい? 当の本人たちがああやって寝てるのに僕らは難しい顔をしてるなんて、なんだかバカらしい話だよね。見たかい?」
「いえ……私はずっとここにいたので」
「なら、見てくるといいよ」
相変わらずスメールチの表情は無表情なのだが、ビアンコにはそれが苦笑のように見えた。どうしてスメールチがそんな顔をしているのか、疑問に思ったビアンコは素直にスメールチの言葉に従い、二人が眠っている寝室にこっそり入った。そして直ぐに納得する。
「……確かに、バカらしくなりますね」
二人は一つのベッドの上で仲睦まじく眠っていた。クリムはネロの胸に顔を埋め、ネロはそんなクリムの頭を軽く抱いている。二人の顔はとても幸せそうだった。
笑いしか込み上げてこないビアンコは、そっと呟き寝室を後にする。
「おやすみなさい」