01
銀色の長い髪を見た。
よく見慣れたその髪の主は見知らぬ男と困ったような顔で会話をしている。
ビアンコ・ネーヴェはその光景を見るなり苛立ちを募らせた。そして、買い出し中であることも忘れてつかつかとそちらへ早歩きで向かった。
クリム・ブルジェオンはナンパされていた。数分前から三人の男に「そこでお茶しよう」だの「買い物? 付き合ってあげるよ」だのしつこく言い寄られていた。既にネロ・アフィニティーと結婚している身としては困るばかりである。もしかしたら男三人は整った顔立ちをしているのかもしれないが、そんなところに惹かれるクリムではない。どんな男に言い寄られようが、ネロ以外の男相手では「鬱陶しい」と感じるだけだ。
更に、クリムはこの男三人がただ者ではないことを感じ取っていた。
今でこそ普通の女の子だが、数年前までは不老不死の魔女として生きていた身である。相手が魔力の扱いになれているか否か、そのぐらいはすぐに判断できる。彼らは三人とも前者だった。だから気を許すわけにはいかないし、即座にこの場から立ち去る必要があった。
「なあ、いいじゃんか。少しだけ――」
クリムの目の前に立っている男がクリムに手を伸ばした。腕を掴まれたらお仕舞いだ。そう考え、恐怖心を募らせたクリムだったが、それはパチンと何かを弾く軽い音によって安堵させられた。
「私の友人に何かご用ですか」
苛立った声。明らかに機嫌の悪そうな目付き。ビアンコはその感情を隠そうともせず、クリムに伸びた腕を払ったのだった。
「彼女はこれから私と約束があるんです。お引き取りを」
低く、威嚇するようにビアンコは言う。
クリムは、そんなビアンコの元がネロだと知っているため、彼女のそんな対応を少し嬉しく思うのだった。
「ああ……」なんて、ビアンコの威嚇にも動じず、腕を払われた男はニヤリと笑う。「ヴァンパイアちゃん見ィーっけ」
その笑顔に、その言葉に、ビアンコもクリムもぞくりと肌が立った。
男は顔を歪ませたまま指をならす。すると男の姿が変わっていき、男は女になる。変化魔法だ。この光景には見覚えがある。そう、正体を隠していたロレーナが全てを打ち明け、隠していたものをさらけ出したあの日だ。
「……『不老不死の魔女』と『影遣いのヴァンパイア』……半信半疑だったけど、ここに居るの本当だったのね」
クスクスと女は笑う。ビアンコとクリムはいつの間にか他二人に後ろと左側を固められており、逃げ場を失っていた。この場から逃げるには、右側の壁を壊すしかない。しかし、それは常識的に躊躇われた。やむを得ない場合はやらざるを得ないのだが。
何時でも影を動かせるよう準備しておきながら、ビアンコは目の前の女を睨みつつ策を練る。なんとかしてクリムを守り、この場から逃げ出さなければならない。しかしこれを家に持ち込んではダメだ。今は昼間。家には昼間は動けないネロが居る。
そんな様々な制約がギシギシとビアンコを縛っていく。
「取り敢えず、ヴァンパイアちゃんゲットー……って、あれ? 無反応ってどういうことかしら?」
「は……?」
困り顔で首をかしげた女に、ビアンコはキョトンとした表情を見せる。女が何を言ったのか理解できない。結局、事態を先に知ったのはビアンコではなくクリムだった。
「背中ッ……!」
思わず口許を覆うクリム。その反応を見て、やっと何をされたのか理解したビアンコは目を見開き己の失敗を悟るのだった。
「……ッ、主……!」
ビアンコの背中に突き立てられた一振りのナイフ。普通であれば、刺された瞬間に何らかのリアクションがある。しかし、ビアンコは普通ではない。普通の人間のように振る舞っているものの、彼女はネロの分身だ。視覚と聴覚、言語能力と記憶があっても、痛覚などは持ち合わせていない。そして、ビアンコが負った傷とダメージは全てビアンコの主であるネロが負うように出来ている。分身と本体は繋がっているのだ。
「なるほど、分身ちゃんかぁ。じゃあ、こっちはちゃんとキくのかしら?」
「ッ、あ!?」
一瞬のスパーク。
気付いたときには遅く、ビアンコの身体は地面に叩きつけられていた。