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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第9章

 翌日目覚めたのは昼前だった。もう朝食の時間はとっくに終わっている。


 達也はバスタブに湯をためてゆっくりとつかり、全身の毛を丁寧に処理してから鏡の前でメイクを始める。まだ数回しか行っていないのに、昨日より随分と手際良くできた。


 今日は、シンプルな白のカットソーに薄緑色のフレアスカートを合わせ、昨日の可愛いお嬢さんといった感じと少し異なる、どちらかと言うと清純な娘さんになった。


 ずっと部屋に閉じこもっていると不審がられるかもしれないと思い、達也は部屋に備え付けの観光パンフレットを手に外に出た。


 フロントに鍵を預けると、「いってらっしゃい」と軽やかに送り出してくれる。達也はとりあえず周囲を見渡せる高台に上り、ベンチに座って広々とした草原を眺めた。


 暖かい秋の日差しに草原の緑も輝き、寒くもなく暑くもなく、ちょうど心地よい微風が草原を波立たせ、「美咲」の長い黒髪をかすかに揺らす。


 穏やかな気持の良い気候だ。でもスカートをはいた足元がスースーするのは、達也にとってもちろん初めての感触である。


 どこへ行こうかと、持ってきた観光パンフレットを開いて見る。昨夜バーテンダーが言っていた植物園や、近くの由緒ある寺と、乗馬も体験できる観光牧場が紹介されていた。いずれも歩いて回れる距離である。


 達也はパンフレットの地図を見ながら静かなカラマツ並木をゆったりと歩いた。どこからどう見たって、ただの観光客だ。逃亡者などでは決してない。


 植物園に行くと、人気のない園内のあちらこちらにオレンジ色の鮮やかなキンモクセイが咲き乱れ、「美咲」はその芳香を胸一杯に吸い込んで幸せな気分に浸る。薄紫のコスモス畑では解き放された気持ちにもなる。


 散策路の茂みにひっそりと咲いている黄色い釣鐘状の花の名前が気になったり、気分はもう完全に観光客の女性になりきっている。


 植物園を出てからお洒落なカフェで午後のティータイムを楽しみ、小さな土産品店で可愛い木彫りのリスのブローチを買ったりして、ホテルに戻ったのは夕暮れ前だった。


 ホテルに着いてから、部屋でくつろいで夕食までの時間を過ごすことにした。テレビをつけてニュースを見るが、あいかわらず事件は報道されていない。


 すぐにテレビを消して「女ひとり旅」の記事を読み直す。ここにいれば安全だと思ったし、二泊の予約だが延泊も可能だろう。だが延泊するのは不自然だし、やはり場所を移動し続けなければならない。


 達也は記事を注意深く点検しながら次の目的地を探した。いずれはどこか落ち着ける場所を見つけなければならないのだろうが、この観光旅行をもう少し長く続けていたいと達也は思った。


 翌朝は早く起き、ゆったりとした気分で朝食をとり、入念に身支度をしてからホテルをチェックアウトした。その際も何も怪しまれることなく、「またお待ちしています」と笑顔で領収証を手渡してくれる。


 達也はバスに乗って駅まで戻り、特急電車に乗り継いで名古屋駅まで引き返した。改札口を出ると、二日前にはなかった、達也の写真が大きく刷られた手配書のポスターが柱に貼られていた。ついに全国指名手配されていまっていたのかと驚いたが、そりゃそうだ。


 しかしその写真は逮捕された頃のうだつの上がらない不良少年で、今の達也とは全くの別人だ。案の定、まだ警察は女装して逃走していることに気が付いていないようだった。


 達也は逆に安心感を覚え、姿勢を正して駅の交番の横を堂々と通り過ぎて行った。


 もう金は残り少なくなっていて、次の旅行の資金はない。しかし達也は慌てていなかった。


 車上狙いか空き巣に入れば簡単に金が手に入る。達也は確実に金が手に入る空き巣を実行することに決めた。


 しかしそのためにはさすがに動きにくいスカートではまずい。達也は駅のロッカーに荷物を預け、旅行用品を買い求めたショッピングセンターまで行って、婦人服売り場で適当なパンツを探した。


 機能性と目立たない色という条件さえ満たせば良いからファッション性なんかどどうでも良かったのだが、今の達也は違っていた。


 ちょっとでも気にいった色やデザインのものがないかとハンガーから取ったパンツを何本も手に取り、腰に当ててみる。


 店員が「試着なされますか」と尋ねるので、いくつかのパンツを試着してみることにした。


 試着室にパンツを持ち込み、ドアを閉める。


 スカートならごまかせるがパンツでは危ないのではないかと気になっていたが、普段のズボンよりもっと高い位置にウェストをあげて鏡に写してみると、スカートと比べても達也の女性として容姿に何の問題もなかった。それどころか余計に女性らしさが強まったと言っても良いくらいだった。


 数本の中からようやく一着に決めたが、誰が空き巣に使う服を選んでいるなんて考えるだろうかと思い、可笑しくなった。


 達也は最後の一万円札で勘定を支払い、トイレでスカートをパンツに穿き換えて名古屋駅に戻り、そこから郊外に向かう私鉄電車に乗った。


 達也にとってこの地方は未知の地域だったが、都会なんて大概同じようなものだ。少し電車に乗ると、案の定住宅地が広がっている。


 達也は急行電車に乗り、二つ目の停車駅から普通電車に乗り換えて更に二駅目で降りた。やはりそこは達也が考えていた通りの、カモとなる家が建ち並ぶ郊外のベッドタウンとなっていた。


 駅前の小さな商店街を抜けて路地に入り込むと、通りを歩く人も殆どいない建売住宅が並ぶ地区に出た。達也は知り合いの家を探しているような自然な振る舞いで、カモとなる家を物色した。


 こういった住宅地は共働きの家庭が多い。だから昼間留守の家を簡単に見分けることができる。大きな屋敷のようにセキュリティーが厳しいわけでもなく、少し年月の経った家などは、初めに隠れた家のように、簡単にピッキングで開けてしまうことのできる鍵のままの家も結構残っている。


 達也はほどなく一軒をターゲットに定めて、何気なく家の中の様子を観察し、どうやら大丈夫のようだと判断した。


 玄関チャイムをならして何の反応もないことを確かめた後、ピッキングで素早く解錠して玄関に入り込み、内側から施錠する。靴を脱いで部屋に上がり込み、まずはリビングの食器棚のひきだしを開ける。 


 見事一発で命中だ。そこには電話代やら電気代などの請求書と共に、通帳の入ったケースが置かれていた。もちろん通帳を持ち出して銀行で降ろすなんてことはしない。大概通帳と共に、当座の生活資金がいくらか置かれているものだ。そして今回もラッキーだった。何かの支払いのために銀行から引き出していたのだろう。三十万ほどの札が封筒に入れられていた。


 達也はそれをバッグに入れ、指紋も残さないように処理してから、落ち着いて玄関に戻り、のぞき窓から外の様子を確認して玄関を出た。


 万一誰かに見られた時のために、玄関を出るときに無人の家の中に向かって深々とお辞儀をする。誰かの知り合いかセールスマン、今の場合は生保レディーかもしれないが、が訪ねて来たぐらいにしか見えない。達也は誰にも見られていないことを確かめると、すぐにその家を後にした。 


 今晩には金を盗まれたことが分かり、警察に通報されて大騒ぎになるだろう。しかしその頃には、再び一人の女性観光客としてどこかの洒落たホテルでくつろいでいることだろう。


 達也は旅行鞄を預けている名古屋駅に戻り、地下街で可愛らしい下着を買い増し、替えの服ももう一着仕入れ、JRで西に向い、途中の駅で特急電車に乗り換えて、次の目的地に向かった。


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