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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第6章

 家の中の鏡で何度も点検した自分の姿は、完璧だと思えた。しかし他人から見てどうかは全く自信が持てない。人が見たらどこか不自然で、怪しまれないかと冷や冷やした。すれ違う人が、みんな自分を見ているような気もする。


 そんな気持ちから少し伏し目で歩きがちになるが、それがかえって目に付くのではないかと思い直し、勇気を振り絞って前を見て何気なさを装いながら歩くようにした。


 とにかくまず駅に行って、電車に乗ってこの街を脱出しようと考えた。途中に何度も警察官と遭遇し、その度に目を反らせたくなったが我慢する。結局警察官に止められることも無く、なんとか無事に駅にまで辿り着き、自動券売機で切符を買った。


 改札口にも警察官が立っていて、乗客の一人一人を監視している。通勤時間帯は少し過ぎていたので、乗客もまばらだ。達也は心細くなりどうしようかと一瞬迷ったが、ここで引き返すのも不自然だ。


 達也は思い切って警察官の横をすり抜けて、自動改札機に切符を差し込んだ。


 ガチャ。


 自動改札機の扉が突然閉じられる。達也は一瞬固まった。


 警察官が達也の方を振り向く。達也はあわてて目を伏せる。どうしようかと頭が真っ白になってしまっていたら、警察官が声をかけてきて、達也は更にたじろぐ。


「切符がちゃんと差し込まれていませんでしたよ」


 見ると警察官が、差し込んだはずの切符を手にしていた。


「すみません」


 出来るだけ小声でつぶやいて、手渡された切符をもう一度改札機に通すと、無事通過できた。


 達也は警察官に一礼してから足早に階段を駆け上る。そして丁度一番線に入ってきた電車に乗り込んだ。


 ラッシュアワーを過ぎた車内にはいくつかの空席もあったが、達也は出来るだけ乗客と目を合わさないようにと、ドアの側に立って外を眺め続けた。まだ心臓がドキドキしている。停車するすべての駅のホームに制服の警察官の姿を見つけた。


 達也は少し落ち着きを取り戻してから考えた。


 さっきの警察官は、自然な感じで切符を渡してくれた。と言うことは、ばれていなかったのではないか?


 ところで何処へ行こうか? まだ決めてはいない。どこに行けば良いのかも分からない。だからとりあえず出来るだけ遠くへ行くしかないと思って、終点まで乗った。


 電車を下り、ホームにいる警察官の横を堂々とすり抜けて、達也は女子トイレに駆け込む。そして洗面台の鏡に向かって、メイクを直すようなふりをしながら自分の容姿をもう一度チェックする。


 相変わらずそこには綺麗な女性が写っていて、表情も自然なままで何ら不審に思われるようなことはない。


 その時トイレのドアが開いて一人の女性が入ってきて、達也はドキッとした。


 彼女は個室には入らず、達也の横に立ってメイクを直し始めた。だが達也には全く関心を示さず、手早くルージュを塗り直すとそのまま出て行った。


 女性からも何ら違和感を抱かせなかったことに達也は自信を深め、トイレから出た。そして改札口を出て、少し混雑していた地下鉄にも思い切って乗り込み、東京駅までやってきた。


 どこへ行くあてもなかったが、とにかく遠くへ行こう。


 とりあえず新幹線の切符を名古屋まで買い求め、KIOSKで缶コーヒーとカムフラージュのつもりで女性週刊誌を買って、西に向かうのぞみに乗り込んだ。名古屋に着いてから、それから先のことはまたその時考えよう。


 車内は空いていた。隣が空席だったので安心して過ごすことができた。缶コーヒーに口をつけると、口紅の味がして気持ちが悪かった。飲み方を工夫しなければならないのだろうか。


 見かけは今のところ誤魔化すことが出来ているようだが、仕草や話し方に注意しなければならない。


 車掌が検札に来て緊張する。だが無表情に切符を差し出すと、事務的にスタンプを押して返してくれる。自然に振る舞っていればばれることはない、そんな自信が徐々に深まっていった。


 しかしそれでもやはり時々席を立って洗面台まで行き、自分が本当に女性に見えるかを常に確認しなければ不安だった。ルージュを直すふりをして鏡をのぞき込むと、母親そっくりの顔が写っている。


 母親はアル中だったが、多数の男を連れ込むことができるだけの魅力があったのだろう。それを今、男の自分が再現している。達也はそう思うと、下半身が固くなってくるのを感じた。急いでトイレの個室に入り便座に座る。


「いけない、いけない」


 しかしそう思うと益々興奮は増していく。そっとスカートをめくりあげると、レースのついた白いショーツが見え、その前面が不自然に盛り上がっている。


 危うくショーツに手をかけようとした時、トイレのドアをノックする音が鳴り、驚いて手を止める。急いでノックを返してから、スカートの裾を降ろして、水を流してトイレから出た。


 座席に戻ってからもその興奮は続いていて手が股間に伸びそうになるのを我慢しながら、気を紛らわせるために駅で買ってきた女性週刊誌を広げた。


 ファッションの記事とか芸能スキャンダルなどの記事を何となく眺めながらパラパラとページをめくっていくと、「女ひとり旅」という特集記事が目に付いた。


 その記事の題名に引かれて中身を詳しく読んでみると、女性が一人で楽しめる、全国各地の観光地やホテルの情報が多数載っていた。


 恋人と別れた時の傷心旅行、仕事のストレスを癒やすための旅行や、旦那や子供から開放されたい時の旅行など、パターン別に分けられて紹介されていた。


 確かにこのまま逃げ続けるには、当分どこかを泊まり歩きながら行くしかない。


 自分の写真入り手配書はすぐに全国に貼り出されるだろうから、この格好でいた方が当面は安全だろう。


 しかしビジネスホテルやネットカフェを転々と、しかも「女性」一人で宿泊し続けるなんて、怪しまれてすぐに足がついてしまうかもしれない。だがこの雑誌で紹介されているような旅館やホテルならば、女性一人で泊まり歩いても怪しまれないかもしれない。


 達也はその思いつきに満足し、記事を丁寧に読み始めた。そしていくつかの逃走ルートを計画する。


 考えてみたら達也は、旅行などとは縁がなかった。もちろん家族で旅行などしたことも無かったし、盗んだ金も、ガールフレンドとのお決まりのデートと、悪仲間との遊興に消えた。どこかへ旅行にでも行きたいとも思わなかったし、そんなことすら考えつかなかった。 


 しかし今、逃走計画とは言いながらもあちらこちらに行く計画を練っていると、何か観光旅行の計画を立てているようでウキウキしてきた。そしてまずは信州の高原にある、それほど人が多くない、落ち着いた観光地を訪れることを決め、次の名古屋で降りることにした。


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