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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第5章

 達也はウィッグを外して再びバスルームに戻り、シャワーを流しながら、わきの下やすね毛やらを念入りに剃った。顔ももう一度剃り直した。


 体がつるつるになっていく様で気色悪かったが、何となく妙な気分にもなってくる。しかしやるならば徹底的にやってみようと、不思議な挑戦意欲も湧いてきた。


 バスタオルをわざと胸から巻いて脱衣所を出ると、ウィッグを付けてからドレッサーの椅子に座って、鏡に写る自分の顔を見つめた。今まで気づかずにいたが、母に少し似ているなと思った。


 昔母親が、男が来る前に念入りに化粧をしていたのを思い出し、その後ろ姿を毎日のように見ていた達也は、化粧の仕方を自然に覚えてしまっていたようだった。


 乳液を肌に染み込ませ肌を整え、ファンデーションを薄く塗ってパウダーとチークで表情を整え、薄めのアイシャドウとマスカラで目元を上品に仕上げる。みるみる女性の顔に変身していく。髪をブラシで整え、最後にルージュを塗って鏡を見つめると、美しい女性が出来上がる。


 達也は母親のことを、ふしだらな女だと軽侮して、嫌悪してきたつもりだった。しかし出来上がった女性があまりにも母にそっくりだったので、やっぱり血がつながっているのだと、改めて思い知り、急に母親のことが恋しくなった。


 しかし感傷に浸っている場合ではない。より完璧な変装をしなければいけない。


 達也はさっき取り出した白いブラウスを素肌に着け、ブラウンのスーツのスカートとジャケットを着てみた。ウェストもぴったりだった。


 鏡の前に立ってみると、地味だが高級そうな服である。しかし何かが違う。着こなしが下手なのかと考えたがどうも違う。そりゃそうだ。胸がない!


 達也はブラウスを脱ぎ、躊躇しながらも、母親のひきだしから下着を探した。


 本当は娘の方がいいかなっと思って変な気分になってしまったが、若い女の子なら自分の下着が盗られたら、すぐに気付かれてしまうかもしれない。


 出来るだけばれるのを送らせて、時間稼ぎをした方が良いだろう。達也は出来るだけ、冷静になろうと努力した。


 達也はひきだしの奥から、達也が見ても野暮な、あまり使われていないだろうと思われる、白いシンプルなブラジャーを取り出した。それを恐る恐る身につけ、中に詰め物をして膨らませる。


 ブラウスを再び着け、スカートを普段よりウェストの高い位置まで上げて、ジャケットを羽織って鏡の前に立つ。少しタイトなスカートからはみ出した足が、少しがに股になってしまっている。それを意識して内またに直し、姿勢を正してみると、若いОLが目の前に現れた。


 いいかも!


 でも、まだ何か足りない。


 女子高生なら話は別だが、スーツを着たОL風の女性が生足では様にならない。達也は仕方なくストッキングを取り出す。その時、ここまでやらなくても良いだろうと思っていた一線を、達也は超えることにした。


 まさかスカートを捲られることなんかないだろうが、ひょっとしたら。


 もうここまで来たら何でもありだ!


 達也は自分のパンツを脱ぎ捨て、それを代わりに履いた。


 達也はもう一度鏡を眺めた。達也は頬が赤らんで来るのを感じた。完璧だ! 自分の容姿が実はこんなのだったのだなんて、今まで全く想像だに出来なかった。


 男にしては背の低い達也は、それをコンプレックスに感じていたこともある。中学校の一時期に陸上競技に打ち込んでいたのも、それがあったのかもしれない。悪さをするようになってしまったのも、そのコンプレックスに原因が無かったわけではない。


 しかし今、このシチュエーションの中ではその体型が、最大限の威力を発揮できる。


 これなら、ばれないかもしれない。


 達也は自信を持った。


 娘の服をきれいに畳んで元に戻し、バスルームを水できれいに洗い流して天井裏の荷物も下ろし、手にふれたすべてのものの指紋をぬぐい去り、この家に侵入した痕跡を消した。


 金目のものを盗むとこの家に潜んでいたことがすぐに発覚するだろうから、金銭には一切手を付けなかった。幸い最初にひったくった財布にはかなりの金額が入っていたから、当分金の心配は不要だ。 


 達也は、やはり押入れの奥にしまいこまれていて殆ど使われなくなったはずのバッグと、下駄箱の奥の靴箱にしまい込まれていた、少しきついものの何とか足を入れることのできたグレーのパンプスを拝借することにした。


 何回も空き巣を働いてきたが、今回警察に逮捕された時にその余罪についての立件が一切できなかったくらい、完璧な仕事をしてきた達也である。今回もぬかりはないだろう。


 しかしさすがに家を出るには勇気がいった。


 表に出るなり不自然に見られ、すぐに通報されてしまうのではなかろうか。でも、ここを脱出するしか道はない。達也は大きく息を吸ってから玄関のドアを開けて外に出た。


 食器棚のひき出しから見つけた合鍵で錠を閉め、左右を見て誰もいないことを確認してから門扉を開け、何食わない顔をして道に出た。


 達也は女性として、再デビューを果たしたのだった。


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