最終章
「私は、今まで騙していた友達に謝りたいのです。ごめんなさい。決して許されることではないと分かっていますが、本当にごめんなさい」
「高校生としてつきあってくれたNちゃん、Kちゃん、本当にありがとう。こんなに楽しかったこと、今までなかったよ。私もこんな友達がいたなら、きっと別の人生を送っていたと思います」
「私がNちゃん、Kちゃんと付き合っていた時は、逃走しているとか忘れて、本気で高校三年生の女の子になっていました。二人を騙して利用しようなんて気持ちは全然ありませんでした」
「でも、もちろん騙していたんですよね。本当にごめんなさい」
達也は目から涙が溢れ出すのを止めることは出来なかった。
「大学で友達になってくれたSさん、私みたいな人に親切に接してくれてありがとう。Sさんにも、私は騙しているつもりは全然ありませんでした。でもそれは身勝手な言い訳に過ぎないのは、私も分かっています。でも、本当に充実した日々を送ることが出来たと思っています。ありがとう」
「そして私の絵を描いて下さったTさん、私の内面を見破られた時、ドキッとしました。きっと素晴らしい作品を残される人になると信じています。私の内面を見破りながら、私に優しく接してくれたことが、本当に嬉しかったです」
「私が騙してきたすべての人に、許してもらえないと思いますが、私は、逃げ続けたこの一年がこれまで生きて来た人生の中で一番楽しくて、希望に満ち溢れた時間だったので、ごめんなさいと言いたかったのと、本当にありがとうと言いたかったんです」
達也は長い話を終えると、嗚咽を上げて泣き伏せってしまった。カメラはその様子を映し続けていた。
「はいカット、お疲れさん」
ディレクターの掛け声で、ようやく終了となる。まだ椅子に座って泣き続ける達也に、キャスターの小野が声をかける。
「すごい話ありがとう。めちゃくちゃ面白かったよ。視聴率も取れそうだ。それと君、もし良かったら手記を書いてみないか。ぼくの知っている編集者を紹介してあげるから」
「ええ、ありがとうございます」
達也は声を振り絞ってか細い声で答えた。
「さて」とプロデューサーの藤田。
「我々としてはなんとなく心苦しいが、約束ですから、このまま警察に出頭していただけますよね」
「はい」
「警察に出頭する場面まで撮影させていただきますのでよろしくお願いします。飲み物でも飲んで休憩してからにしましょう。その間にロケの準備をしますので」
「ではコーヒーをお願いします」
達也は楽屋に戻ってコーヒーをゆっくりと飲んだ。
これで逃走は終わりにしよう。もう、誰も騙さなくてもいい。奈緒美や清香、沙耶に決して許してもらえることはないだろうけど、本当の気持ちを何とか伝えることが出来たかもしれない。どれくらいの刑期になるか分からないが、しっかりと勤め上げて、もう一度人生をやり直そう。きっとそれが出来るはずだ。達也はそう考えると、清々しい高揚感を覚えた。
コーヒーを飲み終わったころ、藤田が入って来たので、立ち上がって「行きます」と言った。
地下駐車場の黒塗りの車に警備員に付き添われて乗り込み、後ろからロケ隊のワゴン車が続く。
「湾岸署でよろしいですよね」
「はい」
「正面で降ろしますので、正面玄関から入って行って下さい。我々は後ろから隠れて撮影していますので。入る時、少し振り返ってくれませんか、よろしかったら」
「ええ、そうします」
達也は警察署の前で降り、署の玄関に向かって真直ぐに歩いた。そして玄関をくぐる前に注文通り振り返った。しかもはちきれんばかりの笑顔で!
達也は結局最初の罪に逃走罪が加わり、逃走途中のバッグのひったくりと住居への不法侵入、衣類の窃盗と、携帯を買ったときに使った免許証の窃盗、有印公文書・私文書偽造および行使が何件かで起訴された。
途中で犯した空き巣はしらを切り通して、また状況証拠だけで物証もなかったので立件は見送られた。達也は服役中に手記を書き、それがベストセラーとなって多額の印税を手にする。
刑期も、テレビ局が手配してくれた敏腕弁護士のおかげで、思ったほど長くなく、数年で刑期を務め上げて社会に復帰したときにもまだ若若しさを失っておらず、女装するとまだまだ二十代前半の女性に見えた。
達也は刑務所を出てから高卒認定試験にも受かり、大学にも合格して今度は本物の大学生となり、かつてテレビでインタビューを受けたキャスターの小野の勧めもあって、AKプロダクション所属の美容および犯罪評論家としてマスコミデビューも果たし、今や「女子大生」タレントとして超売れっ子になった。
「奈緒美、久しぶり。待たせてごめんね」
「ううん。独身女性は暇を持て余しているからね」
「うちの下の子が出来た時以来だから、二年ぶりか」
「清香の上の子はもう五歳になったんだっけ?」
「うん、来年はもう小学校よ。早いわね」
「本当にね。で、今日お子さんは?」
「大丈夫。母親に預けて来たから。今日はとことんまで付き合えるわよ」
「こうやって三人で遊ぶの、高校卒業以来だもんね」
「でも高三の時のクリスマスイブは、正直言って寂しかったわ。だって女三
人だったんだもの」
「でも楽しかったね。おそろいのマフラーなんか締めて」
「あれから色々あったね」
「本当に。でも時間が過ぎるのは速いね。清香なんてもう二児のママだし」
「奈緒美は時間が止まっているみたいね」
「それって、まだ結婚できてないってこと?」
「そんな意味じゃないってば。昔と変わらないって誉めたつもり」
「うそ。本当はそう思っているでしょ」
「違うってば」
初夏の光を受けて街路樹の鮮やかな緑が眩しいオープンカフェで、二人は話に盛り上がっていた。
「でも、もう一人時間が止まっている人がいるよね」と奈緒美。
その時向こうから近付いて来る女性を見つけて、奈緒美は立ち上がった。清香も振り返る。そして二人が一斉に声を上げた。
「亜由美ー」
その女性は、長い髪とロングスカートを軽やかに揺らせ、手を振りながら駆けて来る。奈緒美は嬉しそうに、亜由美に向かって大声で呼びかけた。
「今日は『女子会』で大いに盛り上がるわよ!」
亜由美は立ち止まって、笑顔で大きく頷いた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。もう一つの完結作「マネーロンダリング~二億円の行方」も、よろしくお願いいたします。ちなみにこちらは、TO文庫から書籍化されています。




