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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第38章

 楽屋を出てエレベーターで一階上がり廊下を進むと、それほど大きくないスタジオがあった。藤田はそのスタジオの重い扉を開けて達也を招き入れる。


 スタジオの中央には既にキャスターと女子アナが座っていて、書類に目を通しながら打ち合わせをしており、横の机には中年の男女が座っていた。


「では小野さんの前振りの後、スタジオに入って来るシーンから始めたいと思います」とディレクターの声がかかり、Qサインとともに小野のトークが始まった。


「あの世間を騒がせた美人女装の逃走犯が、自ら出演を希望してこの番組をお送りします。現在は九月十五日木曜日の午後五時です。この番組の終了後直ちに本人が警察に出頭して、局の警備員監視の上で警察に引き渡すことをご本人も承諾しており、決して犯人隠匿などの法を犯すような番組内容でないことをあらかじめお断りしておきたいと思います」


「しかしマスコミの使命として、あれほど世間を騒がした事件の真相を解明し、警察の捜査の問題点なども明らかにしていきたいと考えています。ではゲストコメンテーターとして、元警視庁刑事の佐々木さんと、美容評論家の山岸さんにもおこしいただいております」


 カメラが二人の横の男女をとらえ、「こんにちは」「よろしく」と頭を下げる。


「佐々木さん、そもそも最初に逃げられたのは何が原因だったのですか」

佐々木は眼鏡に手をかけてから


「報道の通りなら、これは明らかに護送していた警察官のミスです。裁判所の裏口に車をつける決まりになっていたにも関わらず正面玄関に付けるなど、明らかに油断があったものと思います」


「しかし、手錠をすり抜けることが出来るんでしょうか」


「普通ならば無理です。はめた後にきちんと調整しますから」と言って佐々木は手錠を持ち出して自分の腕に掛けて実演してみせる。


「ですが怪我をしていたということなので、緩めにしていたようです。しかし、その調整が好い加減だったのでしょうね」


 次に小野は隣の女性コメンテーターに話を振った。


「山岸さん、しかしそれにしてもあれほど完璧に女性になりきれるものなのですか?」


「ええ、この写真を見る限りでは完璧ですね。しかも結構センスも良いし」

局の女子アナが頷く。


「しかし皮下脂肪の付き方とか喉仏とか、よく見れば分かるでしょう」


「写真で見る限り、喉仏は男性にしては殆ど目立ちませんし、元々普通の男性に比べて女性ホルモンが多いんじゃないかしら。それに最近は女性が男性化してきたというか、中性的な女性が増えていますから、間近で接していても分からないオトコノコがいたりしますからね」


「ではご本人に登場していただきましょう」


「スタンバイお願いします」


 達也は一度スタジオの外に出され、重い扉を開けて再び中に入る。今度は入口に向けてライトが焚かれていて、そのまぶしい中を一台のカメラに正面を撮影されながらスタジオの中央まで歩き、そこに置かれた椅子に座った。出演者から「おう」というどよめきがあがった。


「我々は前もっての打ち合わせはしておりません。正真正銘今初めてお会いしたということを述べておきたいと思います。しかしこんなこと言っちゃあ不謹慎だと思われるかも知れませんが、多分視聴者のみなさんもお感じになるでしょうから言っちゃいますけど、本当にお綺麗ですね」


 達也ははにかんでほほ笑んだ。


「すごく自然ですよね」と女子アナも続ける。


「山岸さんいかがですか」


「ええ、本当にイイ線いっていますよね。想像以上です。ところで胸のラインはどうやって作っているの?」


 達也はポット頬をそめて恥ずかしそうにうつむいた。


「はい、本題にはいりましょう」と小野。達也は逃走初日の出来事と、民家に侵入して翌日変装して堂々と中央突破できたことまでを手短にまとめて話した。


「佐々木さん、初動捜査の段階での問題点はいかがですか」


「やはり現場の捜査が徹底していなかったことでしょうね。バイク発見現場を徹底して洗っておれば、こんなことにならなかったでしょう。それと遠くにいるという思い込みがいけなかったのでしょう」


「そうですね、ところでその後あなたは観光地のホテルを泊まり歩いていたそうですが、それは捜査を撹乱するのが目的だったということでしょうか?」


「はい、女性一人での旅行となると目につきますが、たまたま目にした週刊誌で女性ひとり旅の記事が載っていて、そういった場所ならば目に着きにくいと思いました」


「なるほどね」と小野は感心する。


「しかし旅行客を演じ続けるには無理があったでしょう。お金もかかるし、ところでその逃走資金はどこで調達できたのですか、最初に女性からバッグを奪ったのは報道されていましたが」


 この質問に達也は、競馬やパチンコといったギャンブルで得たと嘘をついた。


「そんなにうまく稼げるもんですかね。だったら最初から窃盗なんかしなくていいのに」


 もっともである。しかし達也はあらかじめ知識を仕込んできたいくつかのレースを具体例として出して「運がついていたんだと思います」と言った。


 実際達也は、逃げ出した時からようやく人生のツキが回って来た。


「その後女装して逃走していると大々的に発表され、私の朝のワイドショーでも大きく取り上げましたが、かえって女性姿の方が目につくから、男に戻って隠れようとかは無かったんですか?」


「いえ、ずっと女性姿でした」


「ずっとホテルを泊まり歩いていたの?」


「いいえ。アパートを借りました」


「でも借りる時不審がられませんでしたか?身分証明書とか保証人とか必要だったでしょうに」


「いえ大丈夫でした」


「どうしてですか。どんな工夫をしたんですか?」


「高校生としてなら、簡単にアパートを借りることができました」


「え、高校生?」


 スタジオ内が騒然とする。


「ストップ」とディレクターの大声が響く。


「フジちゃん、これすごいよ」と小野がプロデューサーの藤田に声をかける。ディレクターは「衣装さん呼んで」と指示を出し、飛んで入ってきた衣裳係に達也からどんな制服だったかを聞き出させ、楽屋に一度引き返し、ドラマで使った清泉女子高に似たグリーンのチェックのブラウスとスカートを持ってきて着せかえさせられ、スタイリストがチェックし、メイクさんがよりナチュラルなメイクに手直しした。


 再びスタジオ入りすると、出演者はまた大きな声をあげて驚いた。


「たしかにどう見ても女子高生だわ、こりゃ。山岸さんどうですかね」


「はい、イマドキの女子高生ですよね」


「で、学校にも通っていたの?」


「いえ、さすがにそこまでは」


「でも制服姿で昼間に街をふらついていたら補導、成人なんだから補導っていうのもおかしいけど、警官に質問されちゃうんじゃない?それともアパートに引き籠っていたの?」


「平日は毎日、図書館に通っていました」


「はー、確かに図書館で補導するなんてないよね。で、図書館では何していたの?まあ普通は本を読んだり調べ物をしたりするわけだけど」


「勉強をしていました」


「私も高三の頃、学校を時々サボって受験勉強していましたから」と女子アナ。


「え、内山もそんなことしていたんだ」と小野。


「ずっと一人でいたの?」


「図書館で出会った他の高校の生徒とお友達になり、一緒に勉強したり、週末にカラオケとか遊びに行ったり、一緒にバイトもしました」


「はー、そりゃ普通の女子高生だね。ところでどんなアルバイトをしていたの? コンビニとか?」


「ファミレスです」


 再びスタジオ内が騒然とする。ディレクターが「ストップ」と大声をかけ、再び衣装係が呼ばれ、アルバイトしていたファミレスの名前を聞きだし、用意されたファミレスの制服に着替えさせられて再登場ということになる。


「男のお客さんから言い寄られたりしなかった?だって本当に可愛いんだもの」と小野。


「そんな」


 達也は恥ずかしそうにうつむいて、


「メアド教えてと言われたことは、時々ありましたけど」


「そうだろうね。でもメアドって、携帯持ってたの?」


「はい」


「でも携帯買うには、身分証明書とか必要でしょ」


「借りていました」


「誰から?」


「レンタル携帯電話というのがありまして」


「へー。そんなのあるんだ」


「それで、今までずっと高校生として過ごしてきたの?」


「友達が高三だったので、私もこの春卒業したということにしました」


「その後はどうしたの? 今度は女子大生かな?」


 小野は皮肉をこめて言った。


「はい、大学に入学しました」


「やっぱり偽女子大生か」


「いいえ、本当に受験して、合格通知をもらって入学しました」


「え、どうしてそんなこと出来るの? 一人で受験勉強なんか出来たの? 悪いけどあなたは高校中退でしょ」


「はい、図書館でただ時間を潰すだけでは退屈なので、参考書や問題集を買ってきて勉強していました。それに図書館で友達になった子と予備校の講習会に通って勉強しました」


「予備校まで通っていたんだ。で、どこの大学?」


「○○大学の文学部です。これがその学生証です」と小野に手渡した。


「○○大学って内山の後輩になるじゃない。結構難しい大学だよね」

急に話を振られた女子アナは「え、まあ」と言葉に詰まる。


 小野は手渡された学生証の裏表を丁寧に見てから体の前にかざし「へー、鈴木亜由美っていう名前なんだ。カメラさん、アップして」と学生証を写させた。


「これ偽造じゃないの」


「いえ本物です。ただ架空の人物というだけです」


「偽物でもあって、本物でもある。そんなことができるのかね。でも入学金や授業料って高いでしょ、私立だから。それも競馬で稼いだの?」


「いえ、入学金と授業料は免除の特待生として入学できました」


「こりゃ驚いた。成績優秀だったんだ」


「結構勉強しましたので、入学試験は出来たと思います」


 次は女子大生っぽい服に着替えさせられてまたまたメイクも直されて再登場ということになる。


「大学ではどんな学生生活を送っていたの。ちゃんと講義には出席していたの? だって今度は本物の学生証を持っていたんだからね」


「はい、必須科目は全部出ていました。それとジェンダー論を研究している戸口先生の自主ゼミにも出ていました」


「あのジェンダー論の戸口先生? 僕の番組にも何回か出てもらったことがあるんだけど元気のいい先生だよね。それで戸口先生からは何か言われた?」


「先生から直接何かを言われたということは無かったですが、先生の講義は面白くて、すごく分かりやすかったです」


「男の君が女性のふりをしてジェンダー論を勉強すなんて、いよいよわけが分からなくなってきたよ」


「サークルとかも入ってらしたの?」と女子アナが尋ねる。


「ええ、テニスサークルに入って、そこで親しい友達もできました」


「私もテニスサークルでした」と小声で言う女子アナ。


 それから休憩をはさんで、収録には五時間以上かった。


「では最後に、何か言いたいことがあるって?そのためにこの番組に出たいということでしたね」


「はい」


「それではどうぞ。視聴者の皆様、この部分は、彼女いや彼の希望として、ノーカット、ノー編集でお伝えします」


 三台のカメラがアップで達也の表情を追いかける。達也は唾をゴクンと飲み込んで気持ちを落ち着かせてから、静かに語り始めた。


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