第37章
藤田という報道局プロデューサーに連れられて社員食堂を出ると、先ほどの面接官だった芸能プロデューサーと出くわした。彼はびっくりして尋ねる。
「なんだフジちゃん、知り合いだったの? だったら一言言ってくれておいたら良かったのに。でも言われなくても、彼女にほぼ決まりだけどね」
藤田には何のことか分からない。
「亜由美ちゃん、柳川君にもそう言っておいたから」
藤田は怪訝そうな表情で「どういうことだい?」と尋ねた。
「あれ、フジちゃん、彼女から『学パラ2』のオーディション受けたの聞いてないの?」
「オーディション?」
藤田は改めて、チェックのベストとジャンパースカートを身につけ、髪をツインテールに結った可愛い女の子を見た。
「なるほど、そういうことだったのか」
藤田は驚いたが納得した。でもどうして?
「残念だけど、彼女は僕の番組で先に使わせてもらうからね」
「だって、おまえ報道局だろ」
「ああ」
「新しいコーナーでも作るのか?」
藤田は含み笑いをしながら、「まあ、明日の番組楽しみにしていろよ」
と言って、達也の手を引いた。
今度は芸能プロデューサーの方が、狐につままれたような表情で、達也たちを見送った。
エレベーターで八階まで降り、「楽屋」と書かれた小部屋に通され、お茶を飲みながらしばらく待たされた。少しして藤田が再び部屋を訪れ、達也と番組内容の打ち合わせを始めた。
「この番組は、明日の夜九時から、報道特別番組として放映する予定です」
「はい」
「番組は、男性キャスターと局の女子アナがあなたにインタビューをし、二人のコメンテーターのコメントを交えながら進めていきます。質問内容はこれです」
藤田はそう言って、一枚の紙切れを渡した。
「何か聞かれてまずいことや、他に質問してもらいたいことなどはありますか? まあ、その場の雰囲気で、これ以外の質問をされることもあるかもしれませんが、答えたくなければ答えなくても結構です。その場面はカットします」
「はい、結構です」
「また番組の演出上、こちらで用意する衣装に着替えていただくことになります」
藤田は、達也の姿を見直してからそう言った。達也も、まあ、この格好のままで無理なのは仕方がないと思った。
「そしてあなたの条件に関してですが、最後にあなたが語る場面は、法的に問題が無い限り、編集を入れないで放映します。それを保証するために、弁護士立会いの下で収録し、マスターテープのコピーを弁護士に預けておきます。またその弁護士があなたの弁護を担当する手配はすんでいます」
「ありがとうございます」
「コメンテーターが到着次第収録を始めますので、二時間ほどこの部屋で待機しておいて下さい。部屋の前に警備員を付けておきますので、勝手に部屋から出ないようにしてください」
「はい、分かりました」
部屋を出て行こうとした藤田は立ち止まって振り返り、「ところで、どうやって『学パラ2』のオーディションに紛れ込むことが出来たんですか?」と尋ねた。
「街でスカウトされて」
「確かに」
藤田は納得したように呟いた。
「君なら、スカウトの目に留まりますね」
藤田は番組の中でそのことを取り上げたなら、もっと視聴率が取れそうだと思ったが、局の管理体制を疑われかねないと考え、それは止めにした。
達也は再び部屋に一人残された。壁に貼り付けられた大きな姿見を見ると、ツインテールの美少女が写っていた。
達也は、逃走直後に民家に忍び込み、初めて女装した時のことを思い出した。
あの時はわけのわからないまま化粧をし、あり合せの婦人服を着て、本当に女性に見えるだろうかと半信半疑でドキドキしていたが、今の自分はそうではない。
達也がくるっと一回りすると、鏡の中の女の子の、短めのジャンパースカートの裾が、ふわっと広がる。達也が手を後ろで組んで体を逸らすと、小さな胸の膨らみが、可愛らしい曲線を浮かび上がらせる。
スカートの裾を掴んで少し膝を折ると、ピンクのショーツがちらっと顔をのぞかせる。
「いけない、いけない」
達也は、恥ずかしげに顔を赤らめている鏡の中の少女に、しばし見とれていた。
でもこうしていられるのも後わずかだと思うと、達也は悲しくなった。
しばらくして藤田が、男女二人を引き連れて入って来た。男性はメイクアップアーティストとで、女性はスタイリストということだった。
「では」と言いながら達也は壁際の化粧台に座らされて、プロのメイクアップアーティストが達也のアイドル風のメイクを一度落としてから素早く手直しし、ツインテールはほどかれて、髪をストレートに整えてくれる。
次に女性のスタイリストが、黒山ホテルで写メに撮られ手配書に印刷された時のものと似た服を持ってきて、カーテンで仕切られたコーナーでそれに着替えると、いくつかのアクセサリーを追加して外観をチェックする。
「できましたよ」と女性が部屋の外に声をかけると藤田が入ってきた。
「ほう」
藤田はしばらく達也のその姿に惹きつけられるように見てから、口を開いた。
「ではスタジオにお願いします」
いよいよ、達也の最後の大仕事が始まった。