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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第36章

 達也は財布から取り出した名刺に書かれている番号に電話を入れた。その名刺は、沙耶と東京旅行に行った時銀座で声をかけられた、芸能プロダクションの社員のものだった。


「先日銀座で『学園パラダイス2』のオーディションに出ないかとお誘いを受けた小林と申しますが」


「ああ、あの時の」


「覚えていただいていますか」


「もちろんだよ。あれから君の携帯に何度も電話をかけたんだけど繋がらなくって。連絡してくれて嬉しいよ。それで、受けてくれるんだよね?」


 達也は、スカウトが何人もの女の子に適当に声をかけていたのではないかと不安だったが、どうやら本気だったようで、ほっとすると同時に、嬉しかった。


「明日でしたよね。今からでも申し込めますか?」


「大丈夫だよ。ところで今京都から?」


「いえ、今日東京に出て来ました」


「それは良かった。お友達も一緒?」


「いえ、私一人です」


「そう、じゃあちょっと朝早いけど、ホテルまで迎えに行くよ。オーディションに行く前に、会社に寄ってもらいたいから。どこのホテルに泊まっているの?」


「迎えに来ていただけるんですか? それは助かります。白金台のシェラトンです」


「じゃあ明日午前八時に、ロビーに降りておいてくれないか」


「分かりました。よろしくお願いします」


 達也はとりあえず、明日一日の行動が決まった。お昼過ぎにテレビ関東に電話すれば、その後のことも決められるだろう。


 翌朝AKプロダクションの柳川という前に銀座で声をかけてくれた男性が、車で迎えに来てくれた。すぐに車に乗って、会社へ向かう。


 荷物はホテルに置いてきた。テレビ関東の予定がどうなるか分からないから、もう一泊は確保しておくつもりだった。


 達也は赤坂にあるAKプロダクションの事務所に連れて行かれ、そこに待機していたメイクアップアーティストにメイクを直された。


 さすがにプロだけあって、自分でメイクしたのとは全然違う雰囲気になる。髪はツインテールに結われ、スタイリストが用意した、可愛いチェックのベストとジャンパースカートに着替えると、どこからどう見ても、アイドルだ。


「やっぱり僕の見込んだ通りだ。実は君にあの時断られたから、うちのプロダクションから別に二人受けることになっているんだけど、こちらとしては、君を本命で推すことにしている。これは昨日、社長にも了承をもらっているから」


「でも私、何にも自分をアピールできるパフォーマンスなんて出来ませんが」


「気にしない、気にしない。テレビ局のプロデューサーとスポンサーに昨日の夜に手回ししてあるから。何と言っても、神崎玲奈と山里千尋を発掘したのは僕だからね」


 達也は有能なスカウトに目を着けられていたようだった。


「では行くとするか」


 二人が向かったのは、テレビ関東だった。そう言えば「学園パラダイス」は、テレビ関東の番組だったことを達也は思い出した。


 控室となっている広い会議室に入ると、五十人くらいの女の子がすでに座っていて、一斉に達也の方を見た。ピリピリとした緊張感が漂っている。


「亜由美ちゃん、僕は社に一端戻るけど、終わるころには戻って来るから、社員食堂でお昼でもたべておいて。それと面接対応のマニュアルを用意しておいたから、一応読んでおいて。まあ、一次は形だけだから心配ないけどね」


 一人取り残された達也は、少し心細くなった。周りを見渡すと、可愛い女の子ばかりで、皆スタイルも良く、目もぱっちりとしていて、お人形さんのようだった。中には、何かのテレビCМで見かけたことのある女の子もいた。


 達也は、こんな大勢の女の子の中で自分が合格するはずはないと、オーディションに来たのは間違いだったかもと後悔した。


 マニュアルを読んでも「笑顔を絶やさず」とか「大声でハキハキと」とかしか書かれておらず、ファミレスのアルバイトに入るときの店長の注意と何ら変わらない。


「そうか、ファミレスのアルバイトと思ったらいいんだ」


 達也は逆に開き直った。


 そして今度は、「もし合格したらどうしよう」と、切羽詰まった状況のことなど忘れて、達也は亜由美に戻ってしまっていた。


 申込が直前だったので、亜由美は一番最後に呼び出され、別の小さな会議室に入った。中には何人かの男性がテーブル越しに座っていて、大学入学時の特待生審査の面接みたいだった。


「お名前と年齢は」


「鈴木亜由美、十九歳です」


「所属は」


「AKプロダクションです」


「特技は」


「特にありません」


 達也は笑顔で元気よく答えた。それが面接官たちの笑いを誘い、場は和やかな雰囲気になった。


「じゃあ、これを読んでみて」


 一枚の紙を手渡されて、そこにはセリフらしきものが書かれていた。達也は一瞥してそれを読む。


「祐樹君、本当の私はそんなのじゃない。ずっとあなたを騙していたの。だって裕貴君がカンナの方ばかり見ているから。カンナが手渡したお弁当も、本当は私が作ったの。私はカンナが羨ましかった。だから祐樹君にそんな態度ばっかりしていたのよ。でももう止めるわ。もうこれからは、本当の私に戻って生きていく。だからもうさようなら」


 どんな場面のセリフかよく分からず内容はちんぷんかんぷんだったが、

「本当の私はそんなのじゃない」という冒頭の部分で気持ちが入ってしまって、達也は一気に読み切った。


 部屋の中は一瞬静まり返り、面接官の一人が手を叩くと、一斉に大きな拍手が鳴り響いた。


「良かったよ、ではこれで結構です。結果は二三日内にプロダクションに連絡しますので」


 ほんの五分くらいのあっけない面接だった。本当にこんなので分かるのだろうか。やっぱり出来レースなんだろうか。自分でも良かったのか悪かったのか分からなかったが、何故か達成感はあった。

 

 時計を見ると、もう十二時を回っていた。達也は言われた通り、ビルの最上階にある眺めの良い社員食堂に行って、プレートランチを頼んだ。


 周りを見渡すと、テレビでよく見る女性アナウンサーやタレントが座っていて、テレビ局の華やかな雰囲気に少し気後れしていたが、ようやく柳川が社員食堂に現れ、少しほっとした。


「お疲れ、どうだった」


「自分では、どうだったかも分かりません」


「食事は済んだ?」


「はい、いただきました」


「僕はちょっとプロデューサーに様子を探りに行くけど、ここにしばらくいてくれる?」


 時計を見ると、もう一時前だった。


「私、先に帰ってもいいですか? なんか疲れちゃったので」


「そう、だったらタクシーで会社まで先に戻っておいて。タクシー代は会社の方で払うから。それと、携帯とれるようにしておいてね」


「実は二日前に携帯失くしちゃって、新しい携帯に変えないまま東京に出てきてしまったので」


「それで携帯繋がらなかったんだ。じゃあ、僕の社用の携帯貸しておくから、これ持っておいて」


「ありがとうございます」


 柳川は、達也を食堂に残して足早に出て行った。


 時計は一時を指した。達也は貸してもらった携帯から、テレビ関東の報道局のプロデューサーに電話を入れる。


「田川です」


「田川達也さんですね」


「はい」


 達也は社員食堂の隅っこで、携帯を手で押さえながら低い声で返事をした。


「あなたの提供していただいた情報は、確かに照合できました。上の了解も取れましたので、あなたの条件をのみます」


「それで、どうすれば良いでしょうか」


「うちの局のスタジオで、独占インタビューという形の特別番組にしたいと考えています。準備に若干時間がかかりますので、今日の夕方五時ごろ、うちのスタッフをお迎えに行かせたいと思いますが、どちらにおられますか?」


「居場所を言って、すぐに警察に通報ってことはないでしょうね」

「そんなことはありません。だって、テレビ局としては、こんな美味しい話はありませんよ。確実に視聴率が取れますから。それに約束通り収録後に警察に出頭してもらえれば、法的にはなんら問題はありません」


「わかりました」


「では、どちらに伺えばよろしいですか」


 達也は一呼吸おいてから言った。


「このビルの最上階の、社員食堂です」


「えっ、なんで?」


 五分もしないうちに、何人かの男性が食堂に慌てて入ってきて、キョロキョロと周りを見渡す。しかし誰も達也の方には寄ってこない。


 達也は仕方なく、その男性の一人に近寄って声をかける。


「どなたかお探しですか?」


 声をかけられた男性は怪訝そうに達也を見返し「いやっ」と言葉を濁す。


「あなたがお探しの人は、田川達也ですよね」


 ツインテールの可愛い女の子に声をかけられたその男性は一瞬固まった。


「あなたが田川達也さん?」


「はい、そうです」


 彼はへなへなと、崩れ落ちた。


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