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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第34章

 自分の免許証を手に入れた達也は、途中でTUTAYAに寄って履歴書を買い求め、証明写真も撮った。そしてミスドで履歴書を取り出し、ポン・デ・リングをほおばりながら写真を貼り付け、氏名欄に田川達也と記入した。


 小学校・中学校・高校中退までの学歴の他、職歴も記入した。また賞罰欄には、中学二年生の春の陸上競技会の県大会八百メートル種目の入賞、中学一年の時の地元新聞社主催の読書感想文コンクールでの入選を書きこみ、少年時代の前科と、今の犯罪容疑も記入した。


 そして手紙と免許証のコピーを同封し、宛名に「テレビ関東報道部様」と記入して、差出人は「田川」とだけ書いた。


 達也は、捕まる前になんとかして、今までに仲良くしてくれた友達に、自分の気持ちを正直に伝え、謝りたいと思った。そのために、テレビ出演を思いついたのである。


 コンビニから翌日届く速達メール便で発送し、更にしばらく逃走するために必要な準備と翌日宿泊するためのホテルに予約を入れてからホテルに戻った。


 警察が奈緒美に辿りついたのが昨日なのだから、今夜までは安心できるだろう。しかし明日からは「女子高生」も「女子大生」も通用しないかもしれない。でもテレビ出演が実現するまで、なんとか逃げ続けなければならない。


 翌朝早く目覚めた達也は、とりあえず女子大生に戻ってホテルをチェックアウトした。


 だがこのままの格好ではすぐに見つかってしまう。達也は前夜に電話で予約を入れておいた一番近くの貸衣装店に飛び込み、着物のレンタルを申し込んだ。


「どれになさいますか」


 達也はカタログに載った多くの着物の中から、クリーム色の生地にピンクの花柄をあしらった派手やかな訪問着を指し示し、「これを見せて下さい」と言った。店員は実物を持ってきて広げてくれる。


「これ気に入ったわ。これにします」


「着付けはどうされますか」


「美容院でしてもらいますので、衣装だけお借りします」


 借りるには、亜由美の学生証で十分だった。達也は着物と襦袢、帯、足袋、和装バッグなどのフルセットをレンタルして、袋に詰めてもらって店を出て、次に予約していた美容院に向かう。


 以前料亭でアルバイトした時に簡単な着付けは習ったが、さすがに本格的な着付けまでは無理なので、着付けと髪のセットは頼んでおいた。


 着付けが済み、今度は髪のセットに取り掛かる。


 大学入学を機にウィッグを外し、地毛で過ごしていた。一年間伸ばしていたからそれなりの長髪になっていたが、髪をアップにするにはボリュームが足りず、つけ毛を付けてもらった。そして派手な髪飾りも付けて、誰かの結婚披露宴に呼ばれたといったお嬢様が出来上がった。


 これならば今日一日は大丈夫だろう。男ならばどんなに変装してもその特徴を隠しおおせるものではないが、女性は、髪形や服装、それとメイクで別人にガラリと変身で来てしまう。


 着物を着ての立ち居振る舞いは、料亭のアルバイトで随分と練習させられて自信はあった。経験とは、色々な時に役に立つものだと達也は感心した。


 達也は美容院を出てすぐタクシーを止め、着物の裾を気にしながらゆっくりと乗り込んだ。


 このまま昨夜予約したホテルに早めにチェックインし、そのまま部屋に閉じ籠る方法も考えた。しかし、より安全に日中を過ごせるプランをいくつか立てていた。


 それに髪のセットが終わって美容院の姿見に写る艶やかな着物姿を見て、女の子として過ごす残り少ない日々を楽しみたいという気持ちもあった。


 達也は運転手にあるホールの名を告げた。昨日の新聞でチェックしておいた、生け花の展示会が開かれている市民会館だった。


 タクシーを降りてホールの入口で鈴木亜由美と記帳する。


 展示場に入ると、和服姿の女性も多く、あちらこちらの生け花の展示を眺めながら立ち止まって談笑していた。その間をすり抜けながら、一つ一つの生け花を熱心に眺めて歩く。


 達也は料亭で、素養として生け花やお茶の基礎も学ばされた。いずれは本格的にお稽古したいとも思ったが、その時は、そんな気持ちになったこと自体がおかしかった。


 でも今、アンバランスで殺風景な構図の中に小さな女郎花が控えめに添えられているといったシンプルな作品に接し、生け花の趣の深さを改めて感じ、本当にお稽古したいと思った。もちろん女性として。


 作品を熱心に眺めていると後ろから声をかけられ、驚いて振り向く。


「この作品お気に召したかしら」


「ええ、とても」


「あなたの流派は?」


「いえ、まだ習っていないので」


「そうなの。これから?」


「ええ、できたら習いたいと思っています」


「もしよろしかったら、私のところに来てごらんなさい」


 その年配のご婦人は名刺を差し出した。見ると、料亭のおかみさんからも名前を聞いたことのある、有名な流派お師匠さんの名前が刷られていた。


「あなたみたいに熱心に生け花を鑑賞していただけると、本当に嬉しいわ。それに着物の御姿も本当にお上品で、今の若い子には珍しいわね。きっと素敵なお花を生けることができるようになるわ。頑張ってね」


「はい、ありがとうございます」 


 達也はそんな有名なお師匠さんに声をかけられたことが嬉しかった。

 

 生け花の展示会でできるだけ時間をつぶしたかった達也だが、あまりにも長く居過ぎると目立ってしまう。


 適当な時間でホールを出て、今度は劇場に向かう。丁度宝塚の花組の東京公演がやっているはずだった。一番安い二階のB席しか空いてなかったが、達也は劇場に入った。


 舞台は、中世ヨーロッパの、華やかな男装の麗人と艶やかな御姫様との恋物語だった。達也は時間が経つのを忘れて引きこまれ、最後に男性とお姫様が無理やり別れなければならない場面では、思わず涙を流した。


 すると、隣の席に座っていた上品なご婦人の二人連れの一人が、そっとハンカチを手渡してくれた。


 劇場を出ると、既に日は暮れかかっていた。出口でこれからどこへ行こうかとしばし立ち止まっていると、先ほどハンカチを手渡してくれたご婦人に出くわした。


「先ほどお隣にいらした御嬢さんよね」


「はい、ハンカチありがとうございました」


「いい舞台だったわね」


「ええ、でも私、宝塚を見るのは初めてなんです」


「そう、私たちは東京公演の度に来ているのよ」


「へー、うらやましいです」


「もし宜しかったら、私たちとお食事でもして帰りません? お時間があれば」


 達也は時間の潰し方に困っていたので、喜んでその誘いに乗った。


 三人は、劇場近くの高級な和食レストランに入り、上品な松花堂弁当を注文した。


「今日はお一人なの?」


「はい、お花の展示会があって、その帰りにたまたま席が空いていましたので」


「お花を習っておられるのね、流派はどちらかしら」


「草木流です。前川先生が出品されておられましたので」


 達也は名刺をもらったお師匠さんの名前を出した。

 お連れのご婦人が「前川先生?私あの先生の生け方が本当に好きなのよ」

と話に乗ってきた。


「前川先生に習っていらっしゃるの?」


「いえそんな。孫弟子です」


「でもすごいわよね」


 三人の会話は、話題が偏っているとは言えたが、結構盛り上がった。


「お名前伺ってもよろしいかしら」


「はい、小林亜由美と申します」


「学生さん?」


「はい、○○大学の一年生です」


「京都の名門私大ね」


「いえ、そんなことは……」


「お住まいも京都なの」


「はい、実家が嵐山で料理旅館を営んでいます」


「なるほどね、だからそうなんだ」


 達也は、もう今日限りだと思って、法螺を吹き続けることにした。でも大学名は、とりあえず本当だ。


「ねえ澄江さん、この娘さん、慶応を卒業されて外資系の銀行に勤められていて、確か三十になってまだお一人の甥っ子さんがいらしたわよね、その甥っ子さんにどうかしら」


「そう、たしかにいい話かもね、御嬢さん、ご実家のご連絡先お教えいただけます?」


 達也はびっくりしながらも、適当な連絡先を教えた。


 そのご婦人たちとレストランで別れてから、予約していたホテルに向かった。そのホテルは、昨夜泊まったビジネスホテルの道向かいに建つ、立派な高級ホテルだった。


 あえてそこにしたのは、向かいのビジネスホテルを観察していれば、どこまで警察の手が及んでいるかが確かめられるし、まさか目と鼻の先にあるホテルにわざわざ留まっているとは思わないだろうと考えたからだ。


 ホテルの玄関でタクシーを降りると、向かいのビジネスホテルの前にパトカーが止まっているのが見えて驚いた。


 ついにここまで追い付かれたか、危なかった。制服姿でホテルに戻って来たのがまずかったのか。でも、と言うことは、達也が女子高校生として逃走していたこともその後のことも、やはりすべて明らかにされてしまったのだろう。


 もう警察と達也を隔てるのは、このホテルと向かいのホテルの間の四車線の道一本となってしまった。


 しかし、テレビをつけてニュースを見ても、まだそのことは報じられていなかった。きっと警察は掴んだ情報をあえて公表せずに、達也を油断させようとしているに違いない。


 だが今夜も大丈夫なはずだ。だって私は京都の老舗料亭の娘なんだから。


 達也は平然とそれを横目で眺めながらホテルに入る。案の定このホテルには警官らしき姿は見かけず、安心してチェックインして部屋に入った。


 カーテンを引いて、帯をほどき着物を脱ぎ、肌襦袢も取ってきれいに畳んで抽斗に仕舞い、ブラウスとスカートに着替えドレッサーの前に座って、髪飾りを取ってアップしていた髪を下ろす。


 冷蔵庫から冷えたシャンパンの小瓶を取り出しグラスに注ぎ、窓際に立って、カーテンを少し開けて向かいの様子を確かめてから再び閉じる。ソファに座って鏡に写った自身の姿に乾杯してからシャンパンを口に含み、今日という優雅な一日を振り返った。


 しかし、まだやらなければならないことがあった。達也はロビーに降りて、そこからテレビ関東に電話をかけた。 

 

 報道局のプロデューサーと名乗る男性が応対した。電話の周りに複数の人がいるようだった。


「田川達也さんご本人ですね?」


「はい、写真と免許証のコピーを見ていただけると本人だとわかっていただけると思いますが」


「逃走中のあなたが、なぜ免許証のコピーを入手することが出来たのですか?」


 もっともな疑問である。


 確かに今の達也が本来持っているはずはない。自分を証明できる唯一のIDが免許証だと信じていたことに、達也は思わず苦笑した。


「あるところに隠していたので、それをとってきました」


「そうですか。他にあなたが本人だと証明できる証拠がありますか?」


「では、お送りした履歴書に記入しておいた、中学校二年生の春の陸上競技大会での記録と、読書感想文の課題図書の名前を言います。確かに本人以外でも知りえる情報かもしれませんが、ネットでも出ているはずないし、そこまで知っている人は本人以外いないでしょう。しかも、その情報なら、お宅の局独自で調べることもできるはずです」


 達也は記録と課題図書名を告げた。達也は自分の数少ない誇れるものとして、しっかりと覚えていた。


「分かりました。調べてみましょう。それと、条件はこれだけで結構なのですか。出演料とかは要求されないのですね」


「はい、お金はいりません。その条件さえ認めていただけるなら。でも無理ならば他の局に話を持ちかけます」


 プロデューサーは電話口をふさいで、他の人と相談しているようだった。


「分かりました。それとここが肝心なところですが、収録後警察に出頭してもらいますが、それでよろしいですね?」


「はい、もう逃げ続ける気持ちはありません。どうぞご自由になさってください」


「ではあなたの言った情報の真偽を確かめるのと、法的な検討をして上層部に了解をとってから準備を始めますので、明日午後一時にもう一度私の携帯に電話してください。お待ちしています」


 達也は、すぐにでもテレビ出演ができると思っていたが、案外ややこしかった。達也は少し焦った。


「局の方で、収録まで安全な場所を提供してもらえませんか」


「いえ、それは出来ません。それだと犯人隠匿または逃走幇助になってしまう可能性があります。我々が収録に向かうまで、なんとか逃げ延びていてください」


 これで、明日一日も何とか逃げ続けなければならなくなった。しかし警察の追跡はもうそこまで迫っている。


「明日はどうしようか」


 なんとかと言っても、もう策は出し尽くした。


 だが、


「あっ、そうだ。確か明日って言っていなかたっけ」


 達也は財布から一枚の名刺を取り出した。

 


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