第33章
鶴田は、今度は令状を持って大学を訪れ、事務局で学生登録情報の閲覧を要求した。
鈴木亜由美は、確かに清泉女子高をこの三月で卒業し、入学試験を成績優秀者として、入学金と初年度授業料免除という特待生で入学している。入学時の書類も提供してもらい点検した。
住民票の写しや、保証人の書類も揃っていたが、鶴田はそれを見て、すぐにこれらが偽造であることが分かった。保証人は前の部屋を借りた時と同一人物だったし、住民票の紙質は、明らかに市販のコピー用紙だった。
「この住民票、明らかに偽造ですよね」
事務局長が「えっ」と驚きの声を上げる。
「受験や入学に必要な書類は点検していないのですか?」
「いえいえ、ちゃんと必要な書類に不備が無いかの点検をしています」
「しかしそれが本物かどうかまではやっていないようですね」
「えー、それは。高校から発行する調査書の書き換えがないかどうかとか、替え玉受験していないかどうかなどは厳密にチェックしていますが、今までそんな例はありませんし、そこまではチェックしていないと言うか、出来ないというのが実際のところですが」
「写真はありますか?」
「はい、学生証用の写真はあります」
鶴田はその画像データを、すぐに署に送った。
大学から学生マンションに向かい、そこでも令状を見せて管理人に部屋の鍵を開けさせた。鑑識の妨げにならないように、あまり手は触れず、ざっと部屋を見渡した。
書棚には専門書や可愛らしい置物などが置かれた普通の女子大生の部屋にしか見えなかった。洗濯機があったので、ふたを開けると脱水されたまま、まだ乾いていない衣類が入っていて、つい最近部屋に戻って来た形跡が残っていた。
しかし、どういう経緯でこの春高校を卒業したばかりの女の子と田川との接点があるのかは、依然想像出来なかった。
部屋を出て、とりあえず隣の住人の話を聞くことにした。管理人立会いの下隣の部屋の呼び鈴を押すと、竹下有香という若い女性が出て来た。
「竹下さん、申し訳ないけど、警察の人が鈴木さんのことでお話を聞きたいということでね。ちょっとお時間を取ってもらえないかな」
「亜由美さんのことで? 良いですけど」
有香は不思議そうな顔をして応じた。
「鶴田と申します。お隣の鈴木さんが、携帯電話の不正取得に何らかの関係があるのでは、と捜査をしています」
鶴田は事件の核心には触れなかった。
「携帯?」
「ええ。それで、鈴木さんはどんな方でした」
「どんな方って言われても。普通の大学生で、おとなしい控えめな子でしたが」
「どなたか男性が部屋を出入りしていたとか無かったですか?」
「いえいえ、管理人さんも知っての通り、女子学生専用マンションですから、そんなこと出来ませんよ。ねえ、管理人さん」
「その点は厳しくチェックしていますから」
管理人も胸を張って言う。
「では彼女自身に何か不審な点はありませんでしたか?」
「いえ、全然。同じ大学じゃないから大学での様子は知りませんが、大学の同級生の女の子とうちの大学の学園祭にも来ていましたし、確かその子と今ディズニーランドに遊びに行っているのではないかと思いますが」
「ディズニーランド?」
「つい最近、部屋に一度戻っているようなんですが、その後どこかに行くとかは聞いていませんか?」
「いいえ、何も」
「ありがとうございます」
鶴田は再び小林亜由美の部屋に戻った。机の上に積まれた何冊かのノートをパラパラとめくってみたが、どうやら大学の講義をノートしたもので、真面目に勉強していたようだった。箪笥の抽斗を開けてみると可愛らしい下着が目に入り、慌てて閉めた。
鶴田は大川奈緒美に電話した時、彼女が小林亜由美とメールで連絡をとりあっていたことを思い出した。
「小林亜由美は、警察が訪ねて来ることを知っていた。そして姿をくらました。つまり逃げたということだ! でも何故?」
その時、鶴田の携帯が鳴った。
「松本だが、お前の送ってくれた大学の学生証用写真を詳しく画像解析した。驚くなよ。輪郭や目鼻の位置などが一致した。この女が田川本人だ」
「えっ」
鶴田は声を詰まらせた。だが、そうであれば、すべては結びつく。
しかしそんなことがあるなんて、嘘だろう?!
田川が大学受験時に受験票に貼った高校生の身なりをした写真、そして女子大生としての学生証用の写真が、全国の警察に一斉に送付された。
それを見た一人の警察官が驚いた。
「この子、昨日駅で見かけた子じゃないか」
警察は色めきたった。
「田川は地元に戻っている、でも何故だ?」
警察は再び付近の一斉捜査を開始した。
聞き込みによって、高田実業高校の生徒からの目撃情報も得られた。その道沿いの交差点にあるマックに備え付けられている防犯カメラには、店に入った田川の姿をとらえていた。その後ろの席には近くの高校の制服を着た女子生徒がいて、鶴田はその高校に出向き、生徒から話を聞くことにした。
和枝は由紀と二人で会議室に呼び出され、何か悪い事で叱責されるのかと不安も感じたが、優等生の由紀も一緒だからそんなことは無いと思いながら扉を開けると、見覚えのある男性が座っていた。
「え、刑事さん?」
「あっ、君はあの時の、確か佐伯和枝さんだよね」
「はい、でもまた何ですか?」
鶴田は防犯カメラの映像を写した一枚の写真を示して「昨日、お昼ごろにマックに行ったよね」と尋ねた。
確かに校則違反ではあるが、他の生徒もいっぱいいたし、学園祭の比較的自由な一日で、それをとがめられるはずもない。しかも警察がわざわざ関わる問題でもない。
「はい」
二人は正直に答えた。
「君たちの後ろに座っているこの女の子に見覚えはない?」
和枝と由紀は、写真を手にとって見て、すぐさま答えた。
「はい、見覚えがあります。この辺では見かけない制服だったので、覚えています。で、誰ですか?」
「これが逃走している田川達也だ」
「えー」
二人はびっくり仰天だった。
和枝が、「あの、うちに隠れていた人ですか?」と問いかける。
「ああ、君の家から衣類やかつらを盗んだやつだよ」
「全然分からなかったですよ。だってどう見たって普通の女子高生だったもの」
「その田川が、誰かと連絡を取っていたり、どこかへ行くとかの気配はあった?」
「いえ、一人でしたし、私達の方が先に出ましたから、その先は」と言いかけて、「あっ、学校にいたよね」と和枝が叫んだ。由紀も「いたいた」と続けた。
「昨日は学園祭で、他校の生徒もたくさんいたんですが、その子を校内で見かけた時、マックにいた時と違って、うちの制服を着けていたので、おかしいなと思って話しかけたんです」
「制服を着替えていた?」
「学園祭の出店で、二年生のあるクラスがコスプレ喫茶っていうのをやっていて、うちの学校の友達と制服を交換したって言っていたので、納得していたんですが」
「そうか。清泉女子の制服では目立つから、誰かの制服を盗んで着替えたんだ。ありがとう。君からは有益な情報が得られて、本当に助かるよ。ありがとう」
「えへへ、私って刑事になれるかな」
「ははは、頑張って」
「でも刑事さん。田川達也って人、そんなに悪い人じゃないんじゃないですか?」
「どうして?」
「だって、あんなに可愛い女子高生の振りができるなんて、わたしそうは思えないんです」
「いや、罪を犯したら、だれでも償わなければならない。それに見かけで人を判断しちゃいけないよ。見かけで騙されるようでは、刑事になれない」
もっともである。
早速学校周辺の聞き込み捜査が行われ、学園祭がまだ終わっていない時間帯に、この学校の制服を着た女子高生が駅の方角に一人で歩いていたという情報をつかんだ。
そして駅の監視カメラの映像で、その女生徒が上りの電車に乗り込み、終点で駅を降りたことが確認された。駅からの田川の足取りは、駅の監視カメラと周辺の聞き込みからすぐに判明した。
課長の松本を先頭に、所轄の警察にも協力を求め、鶴田もビジネスホテルに突入した。だが、該当の客はその日の午前中にチェックアウトしてしまっていて、部屋を調べるが、何も残っていなかった。部屋から外線に電話した様子も無く、行き先についての手掛かりも残っていなかった。しかし、つい何時間か前までは、確かにここにいたはずだ。
松本は警視庁に要請して、田川の二枚の顔写真を全警察官の端末に送付し、緊急配備を敷いた。もうこれで隙間は埋めた。後は網に引っ掛かるのを待つだけだ。