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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第32章

 店内は高校生たちで混んでいた。近くの高校の生徒らしい。後ろから女子生徒のおしゃべりが聞こえた。


「由紀、丁度一年くらい前じゃなかった? あの逃走犯の事件は」


「それぐらいだったかしら、もう一年経つのか。早いわね。あの時はまだ高二で楽しかったのに」


 和枝が応える。


「もう高三で、受験生だもんね」


 達也はドキッとした。


「それにしても私の家に潜んでいたなんて、びっくりしたわ」


「そうね。和枝の家で女装して逃走したなんてね」


 達也は驚いた。自分が忍び込んで幸せそうな団欒のひと時を共有した家族の一人が、この子だったのか。そう言えば、高校生の女の子が一人いたっけ。確か大学生の兄もいたはずだ。あの天井裏で潜み続ける方を選択していれば、今の自分は無かっただろう。


 達也は思わず振り返って和枝を見た。和枝は少し意外な表情で達也と目を合わせるが、すぐに視線を由紀の方に向けて、話を続ける。


「でも写真とか見ると、本当にきれいよね。あれじゃあ分かりっこないもの。今どうやっているのかね。罪を犯したのは悪いけど、なんか、このまま逃げ続けられたら良いのに、とか思っちゃうよね」


「確かに、そんなところはあるね」


「さあて、学校に戻ってあとちょっと、学園祭も頑張るか」


「そうね。最後の学園祭だもんね」


 和枝は達也の方をちらりと見てから、由紀と一緒に店を出ていく。和枝は、その女子高生がなんとなく気になり、店を出てから由紀に話しかける。


「さっき向こうの席に座っていた、この辺では見かけない制服を着た女の子いたじゃない」


「うん。結構可愛かった子でしょ」


「なんか前にどこかで会ったような気がするんだけど、勘違いかな」


 和枝は、少し不思議な気分がしていた。


 達也がマックを出た時、一台のパトカーが猛スピードで通り過ぎて行く。


 ひょっとすると、高田実業の体育教師が気付いて通報したのかもしれない。追手はすぐそこまで来ている。もう一刻の猶予もない。達也は急に不安な気持ちに襲われた。


 見ると、近くにある高校の正門に花束で飾られたアーチが備え付けられていて、「学園祭」の看板が大きく掲げられ、多くの高校生が出入りしていた。他校の生徒もちらほら見かけた。とりあえず学校の中に紛れ込んで様子を見よう。


 学校の中は、クラスや文化部の展示とかライブ演奏など、多くの催しが行われていて、生徒達でごった返していた。それらを見るふりをしながら、時々教室の窓から街の様子を覗う。


 パトカーは先ほどの一台だけで、その後は静かだった。交通事故か何かだったのだろうとほっと胸をなでおろす。しかし今度はこの清泉女子のお洒落な制服ではかえって目に着くのではないかと心配になった。


 学校の造りなんてどこでも大して変わらない。どこに何があるかは大抵予想がつく。生徒でごった返す廊下を抜けて渡り廊下を通り、外階段を上がって行くと、ひっそりとしたフロアに出る。


「家庭科教室」と書かれた教室に人がいないのを確認してから鍵をこじ開けて中に入り、教室後ろのロッカーを開けると、やはり何人もの女子生徒の制服が折りたたまれて中に仕舞い込まれていた。


 制服で登校した女子生徒達が、学園祭の出し物とかのための衣装に着替えるには、家庭課室を更衣室として利用するのではないかという予想はずばり当たっていた。


 達也は自分のサイズに合った制服を探し出し、身につけてみる。この高校はセーラー服だった。


 まだ夏服で、三本のラインが入った紺の襟のついた白の上着にプリーツスカートというオーソドックスなセーラー服だが、赤いリボンが可愛らしい。


 セーラー服など初めての達也は、家庭科教室に展示されている「正しい制服の着こなし方」というマネキン人形を見ながら、試行錯誤で身につけてみる。「正しい」に比べて随分と丈が短くて、少しドギマギした。


「いけない、いけない」


 しかしこんな所でもたもたしているわけにはいかない。達也は再び賑やかな階に戻って何気なく生徒をすり抜けながら歩いた。時々校外の様子を観察したが、変わった様子は見られない。


 達也は落ち着きを取り戻し、校内をブラブラと見学した。男女共学のこの高校は、清泉女子とはまた異なった雰囲気だった。


「ねえ彼女、寄っていってよ」


 不意に声をかけられて、達也は驚いて振り返った。そこはコスプレ喫茶のようで、セーラー服を着た男子生徒がコーラをトレイに乗せて運んでいる。


 達也は首を横に振ってそのまま通り過ぎる。


「ちぇっ、可愛い子だったのにな」


 後ろから男子生徒が悔しそうに話しているのが聞こえる。


 その時廊下で二人の女子高生とすれ違い、そのうち一人が「あれっ」と小さな声を上げる。


「由紀、あの子さっきマックで会った子じゃない。でもうちの制服着ている」


「さっきは見かけない制服だったのにね」


「おかしいよね。声かけてみようか」


 和枝が達也に声をかける。


「あなた、さっきマックにいたでしょう?」


 突然声をかけられて、達也は驚いた。


「ええ、でもどうして?」


「あなた、うちの高校じゃないよね。さっきは別の制服着ていたもの」


 達也はどう答えようかと一瞬迷ったが「ここの友達と、制服交換しているの」と言い訳した。


「そう言えば、二年四組がコスプレ喫茶ってやっていて、他の高校の制服とか着てたんじゃない」


 由紀が言う。


「あ、そうか。どこの高校?」


 和枝はなおも達也に問いかける。


 達也は適当に、隣の市の私立高校の名前をあげる。


「へー、すごいお嬢さん学校じゃない」


「そんな……」


「それじゃあ、楽しんでいってね」


 和枝は笑顔で言った。


 二人と別れてから達也は、そう言えば家に忍び込んだ時あの子の服も着てみたことを思い出し、少し赤くなった。


 達也は、学校の外の様子に変わったことがないのを確認すると、その制服のまま何気なさを装って校門を出た。


 駅まで早足で歩いた。途中で警官とすれ違ったが、この街の高校の制服を着ているのだから、何ら咎められることはなかった。


 駅に到着し、ホームで電車を待ちながら、 もうこの街に戻って来ることはないかもしれないと思って悲しくなった。


 しかし新しい人生をやり直せるかもしれない。達也はやって来た電車に乗り込んでから、窓の外に流れ去る景色を、ただぼんやりと眺めながていた。


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