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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第29章

 立川刑事は、もう一度丹念に田川の「女ひとり旅」の足取りを追っていた。逃走初期の段階で、鶴田が見逃していた何らか手掛かりを残しているに違いないと感じていた。田川が二件目に寄った黒山ホテルを訪ね、周辺の徹底的な聞き込み捜査を行った。


その捜査の中で、一軒のカフェで田川らしき「女性」が立ち寄ったという情報を新たにつかむことができた。その「女性」が、店に置いてあるパソコンで、ネットにつなげて何かを見ていたとのことである。


「何を見ていたか覚えていませんか?」


 立川が店主に尋ねる。


「この辺りの観光情報が自由に見られるようにと置いてありまして、大概のお客さんはそういったページをご覧になっているので、あまり注意して見ていないもので、覚えていません」

 店主は申し訳なさそうに言う。

「履歴とかは残っていませんか」

「お客様のプライバシーのため、パソコンをログオフすると、初期設定に戻るようにしていますから、残ってはいません」


「プロバイダーに接続記録を照会してもよろしいですか? よろしかったら同意お願いします」


「ええ、結構です」


 店主は快く同意してくれた。


 立川は早速署に連絡して、田川がこの店にいただろう時間帯のこの店のパソコンの接続記録を、プロバイダーに照会してもらうことにした。その結果接続記録から、東京のとあるレンタル携帯電話の会社が浮かび上がった。


「鶴田、携帯電話の線がつながったぞ」


 課長の松本は、ようやく一矢を報いることが出来たように思えた。


 早速捜査令状を請求し、その会社の契約書の提供を受け、田川が黒山ホテルに宿泊した日から一カ月以内に不審な契約が無かったかを調べ始めた。


 一時的なレンタルや、端末をきちんとした住所に発送したものや、連絡先住所が実在するか、連絡先電話番号に実際電話がつながる契約は除き、そうではなく、局留めや手渡しで端末を届けた契約に絞って調べようとしたが、それでも多数に上った。


「こんな怪しげなレンタル携帯を放置しといていいのか」


 松本は怒った。


「とにかくこれらを片っ端らから洗うんだ」


「課長」


「鶴田、何だ?」


「レンタル携帯利用料って、振込ですよね」


「クレジットカードとかも使えるみたいだが、怪しげな契約は大概そうだと思うが」


「ならば、振込元が田川が潜伏していると思われる近辺からなされているものを当たれば確率が高くなります」


「そうか、いいところに気が付いた。よし、レンタル会社の経理資料も押収しろ」


 契約者の殆どは、都内か、首都圏からの振込だった。だが数件だけ、地方からのものがあり、潜伏先と見られる地方からの契約は一つに絞られた。しかもそれは、本人が知らないうちになされた契約であることも分かった。


「遂に見つけたぞ」


 捜査本部は活気づいた。


 早速名義を使われた人物の事情聴取が行われた。それは女性で、田川が黒山ホテルに滞在していた時期にその辺りを旅行で訪れていたとのことだった。


「黒山ホテルあたりに行かれたのはお嬢さんですか?」


 松本が直接事情聴取に当たった。


「はい、私です」


「車で行かれたのですか?」


「ええ、友人と二人で、母の車を借りて行きました」


「途中で免許証を紛失した、とかはなかったですか?」


「いいえ」


「では、免許証を車内に置いたまま車を離れたことがないですか?」


「確かにありました」


 彼女は少し考えてから、そう答えた。


「それは何時頃ですか?」


「そうですね、友人とロープウェーで山頂の展望台に行こうと、レンタカーを麓の駅に置いていた午後二時頃だったと思います」


「車に戻るまで、どのくらいの時間がありましたか?」


「二、三時間くらいだったかな」


 松本は断言した。


「あなたが車を離れている間にバッグから免許証を抜き取ってコピーされ、レンタル携帯電話の契約に使われた可能性があります。」


「えっ、そんな」


「とんだ災難でしたが、あなたには迷惑がかからないようにしますので、捜査にご協力ください」


「はい、分かりました」


 彼女は少し動揺しているようだった。


 携帯電話を入手したことは判明した。次はそれがどこで誰に対して使われたかである。松本は更に令状を取り、電話会社から通話記録データを取り寄せた。


「課長、分かりました。その携帯は、契約した日のほぼ一ヶ月後から、田川の潜伏先と見られる地域から頻繁に使われ始めたことが判明しました。交信相手は、大川良樹と安田武志という二人です」


「一ヶ月後から? つまり女ひとり旅の消息が途絶えた後からだな。やはりその後どこかで落ち着いたということらしいな。よしご苦労さん、鶴田と立川、早速当たって来い。そいつが田川をかくまっているかもしれないから、くれぐれも気を抜くな、分かったか」


「はい、分かりました」

 鶴田と立川は新幹線に飛び乗って、まずは大川良樹の元へと向かった。松本はようやく、田川の背中が見えて来たと感じていた。


 大川良樹の自宅は、どこにでも有りそうな普通の家だった。資料によると、その地方の銀行に勤めているごくありふれたサラリーマンである。もう一人の安田武志もその地方のありふれた製造会社の会社員だった。大川良樹と田川との接点も全くなく、この家に田川がかくまわれているとは考えられなかった。


 大川良樹らしき人物が帰宅したのを見て、立川はドアのチャイムを鳴らした。


「どちらさまですか?」


 インターホンから女性の声がした。


「警察の者ですが、ちょっとお話を聞かせていただきたいのですが」


 鶴田は、万が一に備えて裏口に回った。


「警察の方ですか。ちょっとお待ち下さい」


 ドアが開いて出て来たのは、恐らくこの家の主人、大川良樹であろう。


「大川良樹さんですか。私はこういう者です」と警察手帳を開いて示した。


「警察がなんの御用ですか?」


 大川良樹は全く心当たりがないといった感じで、不安そうに尋ねた。


「実は携帯電話のことでお話を聞きたいことがありまして」


「携帯電話?」


「この番号は、あなたの番号ですよね」と番号を書いたメモを見せた。


 その番号を見て「これは娘のだけど、何か?」と大川良樹は驚いて尋ねた。


「娘さんの? 契約者はあなたですよね」


「ええ、でも高校生の時に買って与えたやつですから」


「そうですか。お嬢さんはいらっしゃいますか?」


「ところで、この携帯電話がどうにかしたんですか?」


「ええ、実は、ある犯罪者との関わりが浮上しまして、念のために調査をしているのです。ご迷惑かと思いますが、ご協力お願いします」

「犯罪? なんの犯罪ですか」


「不正に取得された携帯電話からかけられた形跡が有ったのです」


 横で不安そうに話を聞いていた、大川良樹の妻と見られる女性が大声で「奈緒美」と呼ぶと、奈緒美と呼ばれた子が階段を駆け降りて来た。


「奈緒美、携帯電話で誰か変な人と電話しなかった?」


 奈緒美はキョトンとした表情で、


「何のこと?」と尋ねる。


「お嬢さん、この電話番号に見覚えがありますか?」


「どうしてですか?」


「実はこの番号の携帯電話は、不正な手段で取得された可能性があり、誰の電話かを調べているんです」


「間違い電話がかかってきたってことも有りますよね」


 横からお母さんが口をはさむ。


「いえ、一度だけではなく、結構頻繁に交信していますから」


 奈緒美は仕方なく、その電話番号を入力した。すると鈴木亜由美の名前が表示された。


「その番号、私の高校時代の友達のですが。鈴木亜由美って名前の」


「え、亜由美ちゃんの」


 お母さんはほっとして「亜由美ちゃんだったの」と小声で呟いた。


「高校の同級生?」


「学校は違ったんですが、清泉女子高に通っていた友達です。うちにも遊びに来たことがあります。今は関西の大学に行っていますが」 


 立川は、また筋違いだったかと落胆した。裏口で見張っていた鶴田も合流し、立川から話を聞かされてガックリと失望の表情を浮かべた。しかしなぜ高校生の時の友達が、この電話に関係しているのだろうか。 


「その子に今電話出来る?」


「かけてみましょうか」


 奈緒美は発信ボタンを押すが、しばらくして


「今電源が入っていないか、圏外でつながりません」


「鈴木亜由美ちゃんって言ったっけ、彼女がその携帯をどこで買ったとか聞いたことある?」


「いいえ、でも親に買ってもらったんじゃないですか。だって高校生は自分一人で買えないし」


「まあ、そうだろうね。ところで、亜由美ちゃんの家ってどこか分かる?」


「今住んでいる所なら分かります」


 奈緒美は携帯の電話帳を開いて、住所を見せた。


「ありがとう」


 鶴田はその住所を一応メモした。


 しかし、どう考えても昨年まで高校生だった鈴木亜由美と田川の接点はゼロに等しい。しかし、この娘に事情を聞きに行くしかないだろう。


「ありがとう。助かったよ」


「でも亜由美も災難よね」


「そうだね、亜由美ちゃんも変なことに巻き込まれてしまったみたいだね」


「ところで亜由美ちゃんの写真ってある?」


「ええ、プリクラなら」


 見せてもらったプリクラは、ハート形のフレームに収まった、色白の三人の少女が写っていた。


「これ君?」


 鶴田は奈緒美に問いかけた。奈緒美は恥ずかしそうに


「美白美少女バージョンで撮ったから、実物と全然違いますよね」と笑った。


 横にいたお母さんもようやく笑顔を見せた。


「亜由美ちゃんってどの子?」


「真ん中の子です。可愛いでしょ」


 見ると、確かに可愛い色白の女子高生が写っていた。鶴田は念のため「このプリクラ写メっていい?」と尋ねた。


「ええ、いいですけど。」


 鶴田はプリクラをとりあえず携帯で撮影した。


「ありがとう、すごく参考になったよ」


「亜由美に会いに行くんですか?」


「うん、亜由美ちゃんに携帯を渡した人物が関係している可能性があるので」


「本当に災難ですよね」


「まったくそうだね」


「亜由美ちゃんに会えたら、よろしくお伝えください」


「ああ、分かったよ」


 警察官が引き揚げてから、奈緒美は亜由美にメールを送った。


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