第28章
ディズニーランドではミッキーの耳を付けて携帯で写真を撮りまくり、キャラメル味のポップコーンを頬張りながら園内を駆け巡った。パレードでは最前列に陣取ってミッキーやミニーに手を振った。
園内で東京の男子大学生にナンパされたが、二人で顔を見合わせて、断った。
「もうひとつよね」
沙耶が亜由美に学生のことを評する。
「確かにね」
亜由美も同意する。でも、亜由美にとって「格好いい」男性とはどんな男性なのかは思いつかない。
思う存分遊びまくって夜九時過ぎになってようやくホテルに帰り着き、シャワーを浴びてTシャツと短パンというくつろいだ格好になり、一つのベッドに二人で腰掛けながら、たわいないおしゃべりを楽しんだ。
「亜由美、楽しかったね」
「うん」
「子供の頃の夢が果たせたって感じね。亜由美にしては珍しく、すごく盛り上がっていたから」
達也は、母親と来ていても本当に楽しかったんだろうなと思って、少し寂しくなった。
「亜由美って彼氏いるの?」
「ううん」
「そうか、亜由美って清泉女子だったもんね。やっぱり女子高だと、男の子との出会いって難しかったのかな。」
「でもないみたいよ。友達の中には、結構近くの男子校の子たちと付き合っていた子もいたみたいだけど」
亜由美は知ったかぶりして話す。
「亜由美はそんなチャンスなかったの?」
「あんまり興味無かったから」
「さすが優等生ね。あたしも高校時代は勉強ばっかりでさ、彼氏作るチャンスなんか無かったけど、今から作ろうと思うんで、二人で頑張ろうね」
「ええ?」
亜由美は曖昧に微笑んで頷いた。
「ところで前に亜由美をモデルにして絵を描いた高木さんって、あれから何か連絡ある?」
「ううん、ないよ。でもどうして?」
「高木さんってどんな人?」
「わからない。絵を描いてもらっただけだから」
「結構素敵じゃない?」
「えー。あんな絵描くんだよ。内面がどうのこうのとか言って」
「でもあの絵、私何か良いな、と思っちゃった」
「そう? 私は全然分からかったけど」
「亜由美の隣に住んでいる有香さんだったっけ、有香さんは高木さんのお知り合いなの?」
「うん、有香さんに連れて行ってもらったレゲエのお店で、高木さんにモデルしないかって声かけられたの」
「ねえ、私もそのお店連れて行って、いいかな?」
「別に良いけど。でもあのお店って私達二人だけで行くのも何か変な感じだから、有香さんに頼んでみようね」
「やったー 亜由美お願いね」
沙耶は高木の事が結構気に入ってしまっていたようだった。
遊び疲れたせいで沙耶はすぐに眠ってしまったが、女の子として初めて二人で泊まる達也は、なかなか眠ることができないでいた。ベッドに潜り込んだものの、隣のベッドでスヤスヤと寝息をたてている沙耶を見ながら、少しの間微睡んだだけだった。
翌日はディズニーシーに行ってそこでも思い存分遊んだ。それから新宿に出て、夜ちょっと食事に出かけてからおとなしくホテルに戻る。最終日は銀座に行って、目当てのブランドショップを訪れ、そんなに高くない服を買った。
昼過ぎの新幹線までまだ時間があったので、二人は銀座をブラブラと歩いていた。すると、スーツ姿の男性が二人に歩み寄り、声をかけてきた。亜由美はドキッとした。
「突然声をかけてごめんね。僕はこういう者です」
男は二人に名刺を手渡す。見ると「AKプロダクション 企画担当」という肩書が書かれていた。
「君たち、テレビドラマのオーディション受けてみないかな。今度エムテレでやる月九のドラマなんだけど」
「いえ、いいです」
亜由美はそのままやり過ごそうとしたが、沙耶が「佐藤淳の出ている『パラ学』ですか?」と興味を示した。
「そう『パラダイス学園2』なんだけど、前田百合子のライバル役に今度新人を当てようということで、オーディションをやることになったんだ、うちのプロダクションでも新人を発掘中でね、良かったら、そこの喫茶店で少し話をさせてくれないか」
「亜由美、少しくらいならいいんじゃない?」
「でも」
沙耶は、亜由美の腕を引っ張る。
亜由美は「こういうのって、詐欺とか多いんじゃない?」と沙耶に耳打ちするが、
「AKプロダクションって、神崎玲奈とか山里千尋とかの大物タレントが所属している大手プロダクションよ。亜由美は知らなかった?」
「うん、知らない」
「とにかく話だけでも聞いてみない? こんなこと滅多にないんだし、友達にも自慢できるわ」
「まあ、話だけならばね」
三人は喫茶店に入り、アイスコーヒーを注文した。
「それで、本当のところ、お目当てはこちらの亜由美ちゃんでしょう?」
「え、まあ」
「やっぱりね」
「でも、クラスメイト役とかもあるから、二人セットで申し込むことが出来るよ」
「私もチャンスありますか?」
「ああ、もちろん」
沙耶は大乗り気である。
「君たち大学生?」
「はい、○○大学の一年生です」
「関西から来たんだ。旅行かな?」
「はい」
「でも、オーディションってどんなことするんですか?」
亜由美は断る口実を探そうとする。
「歌とかダンスとか、自分をPRするパフォーマンスと、後はプロデューサーや監督との面接だけ」
「歌とかダンスとかできません」
亜由美は沙耶の方を見て同意を求める。
「私日本舞踊なら少し踊れるわよ。叔母さんに習ったことがあるもの。亜由美も習ってみたら?あの料亭やっている叔母さんだから」
「ははは、そんなに難しく考えることはないよ。面接の受け答えが一番重視されるから。ОKだったらうちの事務所に送ってくれないか。僕の方で手続きして連絡するから」と、オーディションの申込用紙を手渡されて店を出た。
「亜由美、チャンスじゃない?私佐藤淳のファンだし」
沙耶は、まだ興奮が収まらないようだった。
新幹線を降りてから、「ごはんでも食べて帰る?」と沙耶から誘われ、まだまだ二人旅行の楽しい余韻を味わいたくも思ったが、女の子二人旅の緊張感からどっと疲れが噴き出してきた亜由美は、「でもやっぱり真直ぐ帰ろうか」と言って、駅で「バイバイ」と別れて地下街に降りるエスカレーターに乗った。
そして新幹線の車内で切っていた携帯の電源を入れると、久しぶりに奈緒美からのメールが届いていた。




