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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第24章

 事件発生からもう七カ月、シティーホテルに二人連れを装って宿泊した所までは突き止めた。そして恐らくその地方で何らかの職につくか部屋を借りて潜伏しているのではないかとまでは推測がついたが、その先には依然として進めないでいる。


「何らかの仕事で収入がなければ、そろそろ逃走資金も尽きてくる頃じゃないかな。初めの頃は田川の潜伏していた周辺で何軒かの未解決空き巣事件も起こっていたが、ここしばらくは起きていない。それならば逃走資金を得るために働くとしてどんな仕事にするかね。まさかファストフードやファミレスのバイトをするわけにもいかんだろうからな、ははは」


 課長は自嘲気味に笑う。


「まあ男ならばパチンコ屋か建設現場の住み込み、女ならばスナックとかのホステスと言った所が定番だが、田川のことだから、思いもつかないような所で職を見つけているかもしれんな。さすがにキャバクラとか風俗とかまでは無理だろうが」


「そういう趣味の人間を対象とした店もあると思いますが」


「気が乗らんが、ま、当たってみてくれ」


 指示された鶴田も気が乗らなかったが、命令だし仕方なくその手の店を回ってみることにした。


「あら刑事さんなの、私たち悪いことなんかしてないわよ」


 あるニューハーフの風俗店に出向いて聞き込みを行ってみた。


「この世界、そんなに広くないから、癪だけどあんなべっぴんさんが入ったら、すぐに話題になるはずよ。それにあの娘はこんな仕事はやらないと思う」


「どうしてそう思うのですか?」


「だってあの顔見てたら、男に興味なさそうだし」


「でも途中で趣味が変わっちゃったかもしれないわよ」


 横から同僚のニューハーフが話に割って入ってきた。


「私だったら姿を隠すのには普通のOLか女子大生ね、だってあれだけ普通の女の子に見えるんだから、ごくありきたりの所にいた方がかえって目立たないもの」


「なるほどね」


 鶴田これまでと発想を変えなければ、とても田川に辿りつかないと思った。


「ありがとう、参考になったよ」


「今度はお客さんで来てね。バイバイ」


 妙な色香の「お姉さん」たちに送り出されて、鶴田はもう一度一から田川の逃走経路を洗い直そうと考えた。


「課長、今までの追跡は、いつも田川に一歩遅れているような感じです。最初非常線を張ったときには女装姿でまんまと中央突破されて、我々がネットカフェなんかを調べている時に優雅な観光旅行でまかれたり、女性一人客を集中して調べていたりすると姉妹二人名義でごまかされたりしていて、このままやつの後を追うばかりだと、いつも直前で取り逃がしてしまうといった感じです」


「確かにそうだな、それで?」


「課長、もう一度田川の行程を辿ってみて、やつだったら次にどんな行動に出るかを先回りして推測してみようと思うんですが」


「それもそうだな、しかしそう簡単ではなさそうだが」


「はい、それでできたら田川と同じホテルに泊まって……」


「それは無理だね、あんな料金の高いホテルは。まあ君が女装して旅行するなら申請してやってもいいけどね」


「それは勘弁して下さい」


 鶴田は田川の足取りを追体験して、どんなことを思いつくのかを試みてみることにした。まずは最初に田川が潜んでいた佐伯邸へ向かった。


 チャイムを鳴らすと、娘がドアを開ける。


「何回も申し訳ないけど、もう一度家の中を見せてくれないですか」


「またですか?」と娘はうんざりとした表情で「お母さん」と母親を呼ぶ。


 母親が出てきて母親も「またですか」と言う。


「すみませんが、やつの足取りを追うには、やつの行程を最初から追体験してみるのが必要で」


 娘の和枝が興味深そうに「へー」と頷く。


「私も想像してみよっかな」


「まずは、田川が潜んでいた屋根裏に上がらせてもらえませんか」


「ええ、いいですが」


 鶴田は二階に上って、押入れから屋根裏に上がって、しばらくじっとしていた。階下から娘と母親の会話が聞こえる。確かにここからは、家の中の様子が手に取るように分かる。


「刑事さん、追体験するって言ってたから、お母さんの服、貸してあげたら」


「えー、困ったわ」


 それは必要ない、と鶴田は思う。


 田川は最初、ここで潜んでやり過ごすつもりだったのだろう。確かにここならばまず気付かれないと思うに違いない。しかし翌日の午前中にここから脱出するのに変えたのはなぜだ。 


 あのかつらか? 被ってみると予想以上に似合っていたので、その気になったのかもしれない。どうも、色々な偶然が重なりあって、逃走を手助けしているようだ。


 最初から明確な計画などなかったのかもしれない。しかし、途中ひったくりで金を奪ったり、コンビニで食料と水を調達したり、自転車で臭いを消したりと、次から次へとその先の手だてを打ちながら行動している。田川に追い付くのは生易しくはない。鶴田は改めて思った。


 鶴田は天井裏から降りてきて「お母さんの服は要らないからね」と和枝に急いで言う。「なんだー」と少しがっかりした様子の和枝。


「それで刑事さん、何か分かりましたか?」


「ええ、最初は天井裏で何日か潜んでおこうと思ったはずだね。あそこなら安全だ。家の中の様子が手に取るようにわかる。」


「恐―。早く出て行ってもらって良かったね」と和枝。


「そうね」と母親。


「でも田川っていう人、本当にお母さんより着こなしが上手よね」


「もう、和枝ちゃんたら」


「きっと田川っていう人、すごくファッションセンスが良いと思うわ」


「どうして?」


「お母さんの服の中で一番上等な服を盗んで行くくらいだから」


「ありがとう、参考になったよ」


 鶴田は佐伯家を出て、駅へ向かった。


 女装して外を歩くのは、さすがに最初はビクビクしていたはずだ。確かに駅の監視カメラでは少しうつむき加減だった。


 しかし、自動改札機に差し込み損ねた切符を手渡し、「美人だな」と見とれていたおバカな警察官をやり過ごしてからは、女性として見られることに自信を深めたのだろう。


 新幹線を降りるときには真直ぐ前を見つめた堂々とした身ぶりになっていた。


 週刊誌の「女性ひとり旅」の記事を見つけたのも偶然だ。どこに逃げようかと考えていた田川にとっては目立つことのない絶好の逃走経路だと思ったにちがいない。バイクで逃走中に奪ったバッグには予想以上の金額が入っていたから、それも可能だった。


 新幹線が名古屋につく手前で、左側に大きなショッピングモールが見えた。田川はそれを見て、ここで必要な物を揃えようと思ったのだろうが、やはりここでも、最初から計画していたわけではなさそうだ。


 鶴田はあれやこれやと達也の心理を推測しながら、ショッピングセンターの店内を回り、店員から本当に女性としか見えなかったと何度も聞かされ、特に化粧品の販売員からは、ちょっと見は高校生かと思ったとまで言われ、辟易させられた。


 田川はこの本屋で何冊かのお洒落関係の指南本を買い求めて、それを読みながら女に益々磨きをかけたのだろう。鶴田はその状況を想像しながら女性ファッション誌をペラペラと捲っていたら、回りから変な目で見られていて、慌てて雑誌を書棚に戻した。


 鶴田はそこから、田川が最初に宿泊した信州の高原ホテルに向かった。


「ここが彼女、いや彼が泊まった部屋です」


 鶴田は中に入り、カーテンを開けて外の景色を見た。


「ほう、きれいな眺めですね」


 支配人は「はい、ことに女性の客様からお誉めいただいております」と答えた。


 壁には姿見が掛けられていて、田川もこれで自身の女性姿をチェックしたに違いない。鶴田はその光景を思い浮かべながら、「ここで田川は、女性のふりをして、というより女性そのものになって行動を始めたのかもしれない。


 今まで男の目線でしか行動を推測できなかったが、女性の目で次の行動を読んでいかなければ田川に辿りつくことはできない」と改めて思った。


 次の宿泊先を訪れ、そこで知り合ったという女性客と一緒に散策したという湖畔に立って、その思いは益々強まっていった。


 鶴田は来春結婚することになっている恋人から何らかの女性目線からのアドバイスが聞けるのではないかと思い、電話をしてみることにした。


「やあ智美、いま出張中なんだけど、ちょっと君の意見が聞きたくてね」


「どこから?」


「黒山ホテルから」


「え、いいなー。例の逃走犯の捜査?」


「そう、もう一度やつの逃走経路を辿っているっていうわけ」


「良いなー。私もあの女ひとり旅のコースを回ってみたかったのに、ずるいわ。自分一人で行くなんて」


「冗談言うなよ。仕事、仕事」


「分かっているわよ、で、アドバイスってどんなこと?」


「田川は、もうここで完全に女性になりきっているんだと思う。思考もね。それで男の僕らが田川の行動を推測するのは無理があるような気がする。そこで女性の智美から見て、田川の行動パターンを推測できないかと思って」


「それこそ女ひとり旅のコースを巡らないと」


「無理言うなよ」


「冗談よ」


「例えば女性がどうしても必要なものとか?」


「それはナプキンとか」


「そりゃそうだけど……」


「うそうそ、真剣に考えるわ」


 智美はすこし考えてから、


「やっぱり携帯かな。今時普通の女の子が携帯持っていなかったらかえって不思議がられるもの。それと……」


「そうか、なるほどね。ありがとう」


 鶴田は話の途中で電話を切って、早速署に電話を入れて課長を呼び出した。どこかで不正に携帯電話を手に入れていたら、そこから追跡できるかもしれない。


「課長、やつは逃走中にどこかで携帯電話を手に入れたかもしれません」


「どうしてだ?」

「女性だけではありませんが、今の時代普通に人が暮らしていると見せかけるには、携帯電話が不可欠です。現に、携帯電話でやつと写真を撮ったという情報をくれた女性も、彼女つまり田川が携帯を家に置いてきたという言い訳に疑念を抱いたと言っていましたし」


「携帯か、確かにその可能性はあるな。それで携帯を手に入れるには何が必要なのか」


「携帯を入手するには、本人確認が必要です。振り込め詐欺以後、本人確認は厳密になされるようになっています。その時一番手っ取り早いのは運転免許証ということになります」


「しかし免許証の偽造は結構やっかいだぞ、それに銀行口座も必要なのでは?」


「いえ、プリペイド型なら銀行口座は必要ではありません」


「分かった、最近摘発した振り込め詐欺グループの携帯の入手先と、この期間中になされたプリペイド型携帯の契約で、不正なものがなかったかをできるだけ当たってみることにしよう」


 しかし現実に犯罪に使用されたという証拠がない携帯電話なのだから、全部を調べることなどは不可能だった。地道に逃走経路にある携帯販売ショップに対しての聞き込み捜査しかできなかった。


 また同時に免許証や健康保険証の偽造や盗難、住民票の不正取得などがなかったかを全国に問い合わせたが、該当するものは無く、それらから追跡するのは無理だった。


 しかしこの世の中、携帯電話に限らず、自分を証明できるIDが無ければ普通の生活は不可能だ。そのうち偽の身分証を偽造するなどした時、尻尾を掴むことが出来るだろうと鶴田は思った。


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