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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第21章

「『女ひとり旅』以後の田川の足取りは掴めたのか?」


 捜査課長の松本が、苛立った声で署員に問いただした。


「その後も何度か名古屋を経由しているのが確認されました。さらに、この付近で、未解決の窃盗事件が相次いでいます」


 署員の一人が答える。


「被害額は?」


「総額で五百万くらいです」


 五百万と聞いて、松本は眉間に皺を寄せた。五百万あれば、逃走資金としては十分だ。


「更に、名古屋から少し行った所にあるショッピングセンターで、買い物をしたことも確認できました」


「何を買ったのか?」


「女性用衣類、下着もですが、それと化粧品とかです」


「ちぇっ、確かにホテルの聞き込みでは行く先々で身なりが違うからな。お洒落なもんだ」


 松本は舌を打った。


「ただ、ここ二週間は名古屋駅周辺には立ち寄っていません。最後に宿泊が確認されたホテルからどこに向かったのかは不明です」


 立川が、松本警部に申し訳なさそうに報告する。


「今も、女装して逃走しているのでしょうかね」


 鶴田が首をひねりながら、誰に言うともなく呟く。


「確かに、世間は女装姿の印象が強過ぎて、かえって男の姿に戻った田川を見過ごしてしまう恐れもある。両方の可能性を視野に入れて捜査するように」


 松本はそう言ったものの、田川が次の事件を起こして尻尾を見せるまで、追跡は難しいと感じていた。


 発生から既に三カ月経っていた。専従で捜査に当たるのは十数人まで縮小されていた。もともとそんな凶悪犯ではなく、「警察の面目に賭けて」といった面子で捜査を続けなければならないといった空気も流れ始めていた。

マスコミも一時の報道ラッシュが終わり、世間でも徐々に忘れ去られてきた。しかしたまに似ている女性とか男性とかの情報が入ると一々確かめに出かけたが、田川とは別人で、足取りに結び付く有力な情報は手に入らなかった。


 長期に及ぶ逃亡生活のため、知り合いに一度くらい連絡があるかもしれないと関係者の監視を続けてきたが、全く連絡を取った形跡もない。


「田川は実の父親とは面識がなく、母親が亡くなって親戚もおらず、また表面的には不良仲間やガールフレンドと付き合っていますが、かれらも田川の本当のところはよく知っていなかったようで、今回の事件は連中でさえ驚いているようでした。また調べてみると中学二年生までは成績も優秀で、元々頭は良かったようです」


「ま、これだけ逃げ続けられるのだから、それはそうだろう。観光旅行で百万くらい使ったとしてまだ四百万は残っているから、目立たないように潜んでいれば一年くらいは十分暮らせるし、これはもう長期戦にしかならんだろうな」


 松本はもう半分諦めかけている。本当のところは、早く別の担当に替わりたいと思っている。


「週刊誌掲載のホテルから先の足取りはまだつかめないのか?」


「最後に泊まった翌日から、女性一人の客がいなかったか徹底的に調べていますが、不審な客はまだ見当たりません」


「途中で誰かと合流したとかないよな。知り合いとは連絡を取っていないようだし」


「まあ途中で男でも引っかけたなら話は別ですが、そんなことはあり得んでしょう、ははは」と立川。


「女の子の連れが出来たとか。前にホテルで田川と携帯で記念撮影をしたとの情報をくれた女性も、田川が女性でないなんて信じられないと言っていたくらいだから」


「待って下さい」


 鶴田が声を上げた。


「実際には連れがいなくても、大きなホテルなら二人だと言って泊まっても分からないはずです」


「その手があったか!早速、複数の客でもチェックイン時に一人だった客などで不審な者がいなかったかを、一日で移動可能な地域の大型ホテルを中心にあたってくれ」


 すぐに、客の範囲を広げて聞きこみ捜査を始めた。何日か後、中部の県庁所在地のターミナル駅の駅前にある大型のシティーホテルのボーイから、有力な情報が入った。


「そう言えばテレビで見た女性姿の容疑者に少し似ているなと感じていたのですが、なんたって美人ですし強烈な印象を植え付けられてしまっていますから、それに職業柄常にお客様の観察を心がけていますので、ただ確か後から到着するお姉さんと一緒の予約ということだったので、別に不思議に思わずお荷物を部屋までお持ちしました」


 早速その日の宿泊名簿からその二人連れの女性客を特定し、宿泊カードに記載の電話番号に掛けてみるが、そこは全く関係のない健康食品販売会社の番号で、その二人連れ、いや一人であるのに二人分を払って宿泊した田川であると断定した。しかし部屋を掃除した女性は「ちゃんと二つのベッドをメイクしなければならなかったし、備品も二つ分補充しました」と言っていたほど、田川は細心の注意を払っていたようだった。


 まもなく近くのホテルでも、今度は男女二人だが、女性一人でチェックインしたことが分かり、その連絡先も出鱈目だった。


「今度は男と二人か」


「ホテルのフロントに尋ねると、結構そういったケースは多いということですよ。まあ人目を忍んだ逢引きとかよくある話ですから。だからこれが田川とは断定できていません」


「そうか」


 もし後のホテルも田川だとしたら、田川はこの街に合計五泊も宿泊している。観光地ではないこの街に五泊もしたのは、この地方でどこか落ち着ける潜伏先を物色していたに違いない。だとすれば、ここを基地にして何らかの行動を起こしていたはずだ。例えば職を探すとか、部屋を探すとか。


「その時期にその地域で求人広告を出していたり、その時期に部屋の賃貸申し込んだ人間を徹底的にチェックしろ」


 課長は、停滞していた捜査が一気に動き出したという確信を持った。「すぐそこまで迫っている。もう少しで田川につながる」


 しかし期待外れに終わった。その街で発行されているすべての求人誌と住宅情報誌を取り寄せ、その時期に雇用した女性と部屋を借りた女性で不審な人物がいなかったかと、すべての事業所と不動産屋に電話で問い合わせをしたが、手掛かりはつかめなかった。


 ある不動産屋に電話した時などは「女子高生の下宿がありましたが」といった話しか聞けなかった。結局シティーホテルまでの足取りが新たに判明したのは収穫だったが、やはりそこでぷっつりと途絶えてしまった。


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