第19章
月曜日の朝、達也は駅前のシティーホテルを引き払ってアパートに向かい、鍵を開けて部屋に入った。今日から女子高生としての暮らしが始まる。
その日は祝日なので学校はない。と言うことは、行くふりをしなくても良いということだ。今日一日で部屋の備品と高校生らしいファッションを整えようと思って、髪をポニーテールにして、カジュアルなトレーナーとミニスカートという格好で、近くのホームセンターを訪れた。
リビングの中央に置く、丸型の薄水色の背の低いテーブル。これは食卓兼勉強机として使おう。そして同じ色合いのクローゼットとチェストにドレッサー、制服を掛けるハンガーも必要ね。
カーテンはやっぱりピンクかな? ベッドも折りたたんで立てられるものにしようか。ベッドカバーは花柄と水玉模様のどちらが良いかしら?
達也は思いっきり女子高生の思考になりきって、調度品を揃えた。炊飯器や小さい冷蔵庫、電子レンジなどの家電製品もそこで買い求め、夕方に配達してもらうことにした。
そして一度部屋に戻り、今度は制服っぽいブレザーとスカートに着替え、電車に乗ってターミナル駅前のファッションビルに向かった。その格好ならば、ティーン向きの店に入ることに不自然さはない。
休日のファッションビルは高校生から二十代前半の女の子たちで混んでいた。達也はいくつものテナントを回りながら、来る前に雑誌で見て気に入ったトップスやボトムスを探した。
「どれにしようかな」と迷うことが快感だった。女の子がショッピング好きなのも分かった気がしたというより、もう女の子気分そのままだった。
次にデパートに行き、清泉学園女子高の制服を注文した。学校近くの洋装店でも作れるのだが、さすがにお嬢さん学校らしく、デパートも指定制服店となっていた。
デパートで「制服を買いたいのですが」と告げると、婦人服売り場の一番奥に連れて行かれ「オーダーにしますか」と聞かれて驚いた。
「オーダーもあるのですか?」と尋ねると、「一週間くらいお時間をいただきますが」と答える。
達也は少し考えてから「いいえ」と首を横に振ると、「では既成服でよろしいですね」と言われ、「ではサイズをお測りいたしましょう」とメジャーを当てられた。
胸には女性用のパッドを入れていたので、さわり心地も本物に近く、ブラウスの上から触られても大丈夫なはずだ。バストやウェストのサイズを測られてから、体に合いそうな制服を持ってきてくれた。
「丈を調整しますので試着してみてください」と言われるままに、試着室に入って渡された制服に着替える。鏡を見ると清純な可愛らしい女子高生が写っていた。
スカートのウェストと丈を調整するのに一時間くらいかかるというので、お金を先に払って後で取りに来ることにした。お金を払う時には、さすがに学生証の提示を求められたが、偽造した学生証を示すと、なんら問題はなかった。
時間つぶしにアーケードの商店街を歩いていたら、交番の横の掲示板に自分の手配書が掲示されているのが目に入り、見ると自分の女性姿の鮮明な写真が載っていた。
「ついにばれてしまったのか!」
このところあれやこれやで新聞もテレビも見ていなかったし、女性の姿でいて不審がられることが一度もなかったから、油断していた。
「どこで撮られた写真だろうか」と考え、高原のホテルで知り合った女性の携帯で、ボーイに撮ってもらった画像だと気が付いた。
少し調子に乗り過ぎてしまっていた。となると「女ひとり旅」の足取りは既に掴まれてしまったと考えた方が良いだろう。
達也は驚きとともに、強烈な不安が襲ってきた。警察の捜査は、想像以上に進んでいる。達也は交番の前を足早に通り過ぎ、裏道を抜けてデパートの売り場に戻った。
制服の寸法直しは終わっていて、それを受け取ると、急いでトイレで着替える。
ポニーテールを結い直し、薄いピンクのリップを塗ってから、洗面台の鏡の前でにっこりほほ笑んでみる。どう見ても可愛らしい高校生にしか見えない。
手配の写真は、どう見ても二十歳を過ぎたОLだ。今の達也の雰囲気とは全然違う。
達也は落ち着きを取り戻してトイレのドアを開け、売り場に戻って、デパートの正面玄関を出る。
わざと商店街の交番の横を通り、田川達也の女装した手配写真を眺める。交番の中の警官がちらりと見たようだがすぐに目を伏せて書類に何かを記入している。
「女ひとり旅」はばれたが、その女と今の女子高生「亜由美」とを結びつけるものは何もない。
「まだ大丈夫だ」
達也は再び自信を取り戻した。
夕方にはホームセンターから荷物が届いた。早速カーテンを付け替えると、それだけで部屋の中がぱっと明るくなった。奥の部屋の壁際にベッドを置き、布団を整え花柄のベッドカバーで覆う。これだけでもう女の子の部屋が完成だ。
クローゼットとチェストも配置し、今日買ってきた衣類をハンガーに吊るしたり、新たに買ってきた下着やソックスも引きだしに仕舞い込む。
達也は制服を着替えようと思ったが、もう少し着続けていたくなり、小さなドレッサーのいすに座って鏡の中の亜由美の姿を嬉しそうに見続けた。
「いけない、いけない」
鏡の中の女子高生は、頬を赤らめる。
もうこれからは亜由美だ。達也の女子高生としての生活は、こうして始まった。