第18章
田川が女装して逃走していることが判明してから、改めて防犯カメラの映像をチェックし直すと、達也が降りた私鉄のターミナル駅と、東京駅から新幹線に乗り込み、名古屋駅で下りたことまで判明した。急遽、署長と課長の松本は記者会見し、女装した逃走犯の写真を公表した。
全国誌を含めて新聞各社はこぞって大きく報じ、テレビの全国ニュースでも取り上げられた。翌朝のスポーツ紙やワイドショーでも、「逃走犯美女に変身!」というタイトルで長時間話題を取り上げた。
そんな影響もあって、多くの情報が一気に捜査本部に届くようになった。
「確かにあの日の午前、電車の中でその女性を見かけました」
「どうしてそんなにはっきりと覚えているんですか?」
「だって、めちゃくちゃ美人だったから」
そんな調子である。田川はあまりにも美人過ぎて、皮肉にもかえって目立ってしまったようだ。
新幹線を下車した名古屋駅周辺のホテルにも、女性一人客の情報提供を求めた。しかし新幹線を下車してからの足取りはまだ掴めなかった。
そんな中、東京の女性から有力な情報が届けられた。石川県の黒山ホテルで、「彼女」に似た「女性」と会ったという話だった。
女性の話はこうである。
「あの写真にそっくりな女性とホテルで一緒に食事をして、その後私の部屋で一時間ほど二人でおしゃべりをしたんですが、どうして覚えているかと言えば、彼女があまりにもきれいで、こんな子とお友達になれたら良いと思ったからです」
またしてもそんなだ。しかも女性からの感想だ。
「彼女は一人旅と言っていました。携帯でメアド交換しようと提案したのですが、携帯は家に置いてきてアドレスが分からないということで、少し変だと思いましたが、何か事情があるのかと思い、私のアドレスを教えただけで、それ以上突っ込んだ話はしませんでした」
本当はもう少し込み入った話までしていたはずだったが。
「彼女はIT系会社に勤めているとの話でしたが、詳しくは聞いていません。とにかく彼女が逃亡犯、ましてや男性だったなんて絶対気付かなかったです。繰り返しになりますが、とてもきれいで可愛い女性でした。だから今でも人違いじゃないかと思うんですが、私の印象とそっくりだったのでお伝えします」ということである。
早速鶴田が石川の黒山ホテルまで飛んで行き、当日の宿泊名簿から女性の一人客をリストアップして四人いた客の連絡先電話番号に掛けてみたところ、そのうち一人だけは出鱈目な番号であることが判明した。
「こいつだ」
捜査員は「女」の写真を見せながら聞き込みに回り、たしかにここにそういった「女」がいたとの証拠を拾い集めることができた。
捜査員は情報提供者と早速面会し、その時の状況をより詳しく聞いた。服装や身なりについての情報は多く得られたが、それからの行き先などについては分からなかった。
しかしホテルのボーイに頼んで彼女と一緒に携帯のカメラで撮ってもらった画像があることが分かり、重要資料として提供してもらうことが出来た。
それをプリントアウトしてみると、やや不鮮明な個所のある駅の監視カメラの画像とは比べられないほど鮮明に、しかも更に美しい女性が写っていた。
「そんなに化けられるものなのか?あんな人相の悪いチンピラが」
課長は呆れたように若い部下に問いかけた。
「確かに最初に手配した写真は、逮捕時の、二、三日逃げ回ってやつれていた時の写真でして、田川の仲間や元カノに聞くところによると、結構なイケメンだったそうですよ」
「やつの母親は二年前に亡くなっているよな」
「はい、母親はアル中だったそうで、片親で兄弟もおらず、まあ可愛そうな境遇とは言えるんじゃないですか」
「父親とは音信不通だと言っていたけど、何らかの連絡を取っている可能性はないのか?」
「いえ、調べてみたところ、父親も三年前に亡くなっています」
「天涯孤独ということか。ならば逆に何を仕出かすかかえって分からないな」
「ええ、引きずるものがありませんから」
「ここ二年間の未解決窃盗事件もやつの可能性があるな。もう一度それらを洗い出して、それにやつの生い立ちももっと詳しく調べて、やつの行動パターンを分析する必要があるな」
「はい、調べてみます」
全国各地の警察署に、この市での未解決窃盗事件の資料を送り、同様の事件が最近無かったかを問い合わせてみると、いくつか手口の似た空き巣事例が浮かび上がってきた。それらを線で結ぶと、監視カメラによって田川達也が最後に確認された名古屋駅が円の中心であるらしきことが分かった。
「しかし、なんでいきなり黒山ホテルなんか思いついたのだろうか」
その課長の問いかけに立川が、
「黒山ホテルと聞いて何か最近聞き覚えがあるなと思っていたんですが、確かうちのかみさんも黒山ホテルに一人で行きたいなんて言ってたんですよ」
と応える。
「え、どうしてなんだ、奥さんに聞いてみてくれ」
立川は早速妻に電話を入れて、その理由を聞き出した。
「何でも、ある女性週刊誌に『女ひとり旅』という特集記事が掲載されていて、その中で紹介されていたホテルの中に黒山ホテルがあったそうです。湖畔に建ったお洒落なホテルで、一人でのんびりと泊まってみたいと思ったそうです」
「奥さん、大分欲求不満が溜まっているんじゃないか。気をつけてくれよ、立川君」と松本。
「いや、まいりましたな、ははは。このヤマが片付いたらば少し休暇を取らせてもらいたいですね」と立川。
「その雑誌に掲載されているホテルはどこどこだ?」
「早速当たってみます」
鶴田が雑誌の編集部に問い合わせ、雑誌に掲載された他のホテルに一斉に照会してみると、果たして八つのホテルから疑惑の「女」の情報が寄せられた。信州の高原ホテルのバーテンダーからも、「ちょっと幼く見える女性だったので、年齢を確認したくらいです」という証言も得た。田川達也の逃走後の足取りはかなり明らかとなり、捜査本部では徐々に追い詰めているという手ごたえを感じ始めていた。
「しかし我々がどぶ川の暗渠の中とか小汚いネットカフェとか調べている間に、そんな優雅なホテルを泊まり歩いていたわけだ」と松本は嘆いてみせる。
その雑誌に載ってはいないが、女性が観光客として一人で泊まりやすそうな全国各地の宿泊施設をピックアップし、携帯で撮られた鮮明な写真を送り、最近不審な客がいなかったかを問い合わせたが、雑誌で掲載されていたホテル以外では情報が得られず、その後の足取りはぷっつりと途絶えてしまった。
ただ携帯で撮った写真は手配書のポスターに大きく印刷され、マスコミでも「美人逃走犯」として再び大きく取り上げられ話題となった。
女装前の目つきの悪いチンピラの写真と、変装後のきれいな女性姿の写真が二つ並んでいる手配ポスターを眺めながら「このまま女装したままで逃走するとかえって目につく。ならば男の姿に戻って逃走を続けようとするかもしれないがどちらも難しいはずだ。日本の警察の力を思い知らせてやる」と松本は思った。
だがこの時達也は既に「女子高生」としての生活をスタートさせようとしていた。