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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第17章

 一つのホテルに長くいるのも変なので、達也は二泊でホテルをチェックアウトして、近くの別のシティーホテルに、今度は「男女二人」で泊まることにした。


 その場合もチェックインは女性の達也一人で行ったが、連れは後から来るという言い訳で、少しも不自然さはなかった。考えてみると、こうやって不倫とかしている男女は結構いるだろう。達也はそのホテルを基地にして、次の準備にとりかかることにした。


 まず達也は、街の中心から電車で三十分程離れた町の駅前商店街の並びにある、昔からあるような小さな化粧品店に行って、新しいウィッグを買った。カールの入ったショートヘアーで、安っぽい、おばさん臭いものだった。


 若い女の子がわざわざそんな商品を買うので、店のおばさんが不思議そうに理由を尋ねる。


「今度うちの演劇部の役作りで使うんです」


 達也は明るい表情で楽しそうに笑って答えた。その時の達也は、薄緑色のチェックのブレザーと同系色のプリーツスカートという、学生証の偽写真を撮った時と同じ女子高生の格好をしていたから、なんら不審がられることもなかった。


「いくつくらいの役なの?」


 化粧品店のおばさんが尋ねる。


「はい、四十過ぎのお母さんの役です」


「そう、あなたみたいな若い子には大変ね。だったらこの口紅もどうかしら。ちょっとは老けて見えるかもしれないし」


 彼女は紅色の濃いルージュを取り出した。


「それから、メイクのポイントはほうれい線ね。私達の年齢になると、これをいかに隠すかで、若く見えるかが決まるのよ。それと目じりの皺ね」


 彼女は達也に顔を近づけ、指を指して「ほら」と言って示す。


「妙ね。普段だったら私と同年代か上のお客さんに、若作りのメイクをアドバイスしているのに、私ったら」


 彼女は声を立てて笑った。


 結局達也は、化粧品店のおばさんの長話に三十分ほども付き合わされる羽目となってしまった。


 しかし、おかげでホテルに戻って鏡の前で教えられたようにメイクをし、買ってきたショートヘアーのウィッグを被ると、それなりの年齢の、落ち着いた女性の雰囲気を作ることが出来ていた。


 よくテレビの大河ドラマなどで、若い女優が娘時代から年を重ねていく役を演じているが、メイクと髪型によって、女性は大きく印象が変わるものだと、達也は改めて感じた。


 次に達也は一階の公衆電話から、気に入った物件を仲介している不動産屋に電話をかけた。


「もしもし、丸政不動産ですか?」


「はいそうです」


「今週の住宅情報誌に載っていた、お宅が仲介している白河町のメゾン西白河の部屋、まだ空いていますか?」


「ええ、まだ大丈夫ですよ」


 達也は出来るだけ低い男声を作って話した。考えてみたら、逆に意識しなければ、男らしい声が出せなくなっていた。


 「借りたいと考えているのですが、明日見に行ってよろしいですか?」


「はい、ご案内出来ますよ。うちの会社から車で五分程の距離ですし」


「うちの家内が行きますが、何時頃がよろしいですか?」


「そうですね、では午後三時ではいかがですか?」


「ええ結構です。ところで気に入ったらすぐに契約したいんですが、何を用意して行けばよろしいのでしょうか?」


「ご夫婦でお住まいですか?」


「いえ、私の姪っ子の部屋を義兄から頼まれて探していまして」


「姪っ子さんって学生さんですか?」


 その近辺には大きな私立大学があり、多くの学生向きのアパートが建っていた。そしてその不動産屋が学生専用のアパートを仲介しているのは、不動産屋の壁に学生向きアパートの広告が多く張り出されているのを見て確かめていた。


 だからこの不動産屋は、借り手が姪っ子だと言えば、その子が学生だと連想するだろうと予測していたら、やっぱりその通りになった。 


「ええ、高校生です。清泉女子高の三年生です」


「ほう、清泉女子高ですか、では未成年ですね」


「はい」


「未成年ですと、通常親御さんが借主ということになっていただいています。それとは別に、保証人が必要となりますが」


「叔父の私が保証人ということでよろしいですか?」


「もちろん結構です。では免許証など、保証人の身元を確認できる書類をご用意下さい」


「はい、家内に免許証を持たせますので、よろしくお願いします」


「では明日午後三時にお待ちしています。ところでお名前は?」


 達也は最後の質問には気付かないようなふりをして電話を切った。名前はこれから決めるのだから、今は答えられない。


 達也は思い通りに事が運んだことに満足した。これで明日、今日電話をかけた男の妻が不動産屋に行き、何の問題も無く部屋を借りることが出来るはずだ。


 達也はホテルを出て、駅前のレストランで遅い夕食を取った。後用意すべきなのは、男性の免許証である。


 少々危険だが、何回かやったことのある介抱ドロで手に入れることにした。駅のホームなどで泥酔客を介抱するふりをして財布を盗むという例の方法だ。


 危険は伴うが、財布を盗むのではなく免許証だけである。翌日免許証を使うことがなければ、無くなったことに気付かないかもしれないし、気付いてもすぐに警察に届けることはせず、会社にでも忘れてきたのだろうかと一日くらいは探すだろう。


 翌日夜までに何らかの自然な方法で本人の手元に戻れば、それが使われたとは思わないはずだ。


 達也はレストランを出て、飲食店の立ち並ぶ繁華街の方へ歩き出した。若い女性が一人で歩いていると、案の定、酔った男性が「おねえちゃん、一緒に飲もうよ」などと声をかけてくる。


 達也は、目的地があって歩いているのだというふりをしながら、足早にそこを通り過ぎる。金曜日の夜ということで、会社帰りのサラリーマンのグループがいくつも見られた。達也は歩きながら、その中からカモとなる人物を物色した。


 一人だけ足どりがふらついている、中年サラリーマンのグループがいた。恐らく仕事の憂さ晴らしの飲み会だったに違いない。


 このふらついている男性の愚痴を聞くためだけの飲み会だったのだろう。いい加減、他のメンバーは迷惑がっているようだった。達也はこいつに目を付けて、後を付け始めた。


 そのグループは駅まで辿り着き、「じゃあね」と言ってあっさりと解散した。本当はもっと飲みたかった者は引き返し、何人かはそのまま駅の改札口に向かった。かなり酔って足どりもおぼつかない危なっかしいその男を連れて帰ってあげるような親切な同僚は、悲しいかな誰もいなかった。


 男はフラフラとした足取りながらも定期券を自動改札機にタッチし、階段を上がってホームのベンチに座った。後を付けて観察していると、どうもウトウトし始めているようだ。一人目で格好のカモに恵まれるとはラッキーだった。どうも達也には、逃亡生活を始めてからようやく、「人生の運」が向いてきたような気がした。


 達也は男の隣に座り「終電ですよ」と肩をゆすっても起きない。達也は素早く背広の内ポケットに手をのばして定期入れを抜き取り、中に入っている免許証だけを抜き取って元に戻す。そして入ってきた電車にその男を置き去りにして乗り込み、次の駅で降りてからタクシーでホテルに戻った。


 ここまでは、計画は完璧だ。


 いよいよ不動産屋訪問である。ここでうまくやり通せば、当面安心して生活できる場所が確保できる。達也は緊張した。


 電話で「昨日電話した石井の家内です」と訪問の予約を確認し、四十位に見える女性に変身して私鉄に乗り込み、不動産屋を訪ねた。


「電話しました石井ですが」


「はい、お待ちしていました。で、メゾン西白河でしたよね」


 初老の男性が応対する。


「はい、学校からも近いし、主人がここが良いんじゃないかって言うもので」


「そうですか、姪っこさんは清泉女子高でしたよね」


「ええ、そうなんですけど、もうすぐ卒業なんだから、今の寮で我慢しなさいと言ったんですけどね。でも『寮にいれば受験勉強に集中できないから出たい』って言うもんですから」


「ほう、大学受験ですか。清泉女子大学も入試を受けなければならないのですか?」


「いえ、清泉女子大ならそのまま進学できるのですが、別の大学を狙っていますので」


 達也は電車で清泉女子高の生徒がしゃべっていた内容をそのまま話した。


「難しい年頃なのですかね。遠方から入学した清泉女子の子は、最初は寮に入っているんですが、その後アパートに移らせる親御さんが結構いますよ」


 不動産屋は前にも同じようなケースを扱ったことがあるようで、自然に話が進んでいった。


「では見に行きましょうか」


「はい」


「それでは車回しますからちょっとお待ちください。おい母ちゃん、お客さんを案内してくるから店を頼むよ」


 男性は奥に声をかけてから外に出た。


 物件はその店から車では五分たらずの距離であり、不動産屋のおやじが車中で達也にしきりと話しかけてくる。


「清泉はお利口さんのお嬢さん学校だから、結構遠くからも入学してくるんですね。姪っこさんも優秀なんだ」


「いえいえそんな」


「でも女の子の一人暮らしは親御さん心配でしょうね」


「だから兄に環境とかセキュリティーとかを確かめるように言われておりまして」


「そうでしょうな」


 目的の物件の前に車を付け、エントランスの鍵を開けて階段を上がった二階にその部屋はあった。


「管理人さんは常駐ではないのですね」


「常駐ではありませんが、週に二回は来て掃除はしますし、向かいの商店さんが貸主なので、何かあれば商店に連絡してくれればすぐ対応してくれます」


「それは安心ですね」


 不動産屋が鍵を開け、すぐにカーテンを開いて外の光を入れた。


「1LDKで、ここが六畳のリビング、隣が四畳半の洋室、収納も付いています」と仕切りのドアを開けてみせた。


「バスとトイレは別々です」


 達也は亜由美となって自分が生活することになる部屋を眺めながらどんな家具を置いてどんなカーテンにしようかと、つい考えてしまった。


「ここで良いですね」


「他を見なくても良いですか?」


「はい、いくつかの物件は外から本人とも回って下見をしていて、場所からすればここが一番良いって言っていましたし、間取りは住宅誌で確かめているので、『叔母さんが良いって思うんだったら決めてきて』と言われていますので」


「それならば店に戻って契約をお願いします」


 二人は不動産屋に戻って、おやじが契約書類を持ってきた。


「賃借人は姪の父親である私の兄の名で、また保証人は私の主人ということでよろしいですか?」


「ええ結構です」


 思った通りすんなりと事が進む。住むのは未成年、親戚が部屋を探してついでに保証人にもなる。そういう設定なら契約者である親の代行だって自然だろう。


「では保証人さんのお名前と住所、電話番号、そしてお勤め先をお願いします。それと免許証とかお持ちですか」


「はい、主人のを持って来ました」と免許証を差し出すとコピーを取ってすぐ返してくれた。


「本人の学生証も必要ですか、一応預かってきていますが」


「いえいえ大丈夫ですよ」


 苦労して作ったのにと達也はがっかりしたが、この先使い道はいくらでもあるだろう。


「いつからお住まいですか?」


「できれば月曜日からでも、月曜日は祝日で学校が休みですので」


「ええ、良いですよ。では今月分の家賃は日割り計算で、家賃二カ月分の保証金をお願いします」


 達也は現金で支払い、早速念願の鍵を手渡された。


 全て計画通りに行ったことで、達也は自然に笑みがもれそうになったが、それをこらえて「どうぞよろしく」と言って、不動産屋を出た。


 しかし、まだやらなければならないことが残っている。達也は急いでホテルに戻り、メイクを直し、若い女性に戻ってから再びホテルを出た。


 調べておいた地図を頼りにJRとタクシーを乗り継いで免許証の住所近くまで行き、あとは歩いて番地が一致した「石井」の家を探し出す。


 そして「そばの溝に落ちていました」と書いた紙片を免許書にクリップではさんで郵便受けに投げ入れてから、何もなかったようにその場を立ち去った。


 達也は来週から女子高生としての生活を送ることになると思うと、胸がワクワクした。


 ただ家賃や保証料で金を使いつくしたので、当面の生活費を稼ぐ必要がある。明日の日曜日にもう一稼ぎしよう。だがそれで止めよう。当分は「まっとうな」生活を送ることに決めた。


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