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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第15章

 捜査の第一線に立つ課長の松本は、達也の関係者の監視をそのまま続けさせた。


「金も底をつきそんなに逃げ続けられるわけがない。きっと金の無心やら潜伏先の提供などのため、誰かに連絡を取って来るはずだ。特に不良仲間の行動を徹底的にチェックしろ。目を離すんじゃないぞ」


 しかし達也が知り合いに連絡を取って来たという形跡は全くなかった。


 事件発生から何ら成果なく、むなしく一週間が過ぎ去った。松本は、もう一度逃走の経緯を振り返ってみた。


「今までやつは突発的に逃走したと考えて捜査していたが、本当はかなり計画的だったとは考えられないだろうか。手錠をいつもより緩くしていたのも、前日やつが手首を怪我したことが理由だ。つまりその日のために周到に準備をしてきての実行ではなかったのか」


「そうすると、バイクを乗り捨てた場所は偶然ではなく、そこで協力者と落ち合って車のトランクにでも隠れて、非常線が張られる前に一気に市外へ脱出したということでしょうか」


 五十過ぎの叩き上げのデカといった風采の立川が言う。


「しかしそれでは途中でバッグのひったくりをやったりコンビニで買い物する必要はありませんよね」


 別の若い刑事の鶴田が口をはさんだ。


「それはそうだな。しかし、ひったくりは行きがけの駄賃ということもある。それにトラックの荷台などに隠れて長時間移動するならば、腹も減るし喉も乾くだろう」


 松本は、協力者がいるに違いないと考えた。


「なるほど」


「とりあえずNシステムで、田川の知り合いの車や不審な車がその時刻あたりに市外へ向けて走っていなかったかを調べてみてくれ」


「はい」


 しかし不審な車は見つからなかった。駅や街頭の防犯カメラを何回もチェックしたが不審な「男」も見当たらなかった。捜査は完全に行き詰ってしまった。


 事件発生二週間後、もう一度原点に戻ってバイク発見現場付近を検証するためにその近辺の家を聞き込みで回っていた捜査員から、一つの報告がもたらされた。


「前に聞き込みをしたときには何も変わったことがなかったと言っていた家なんですが、再度聞いてみると、家からウィッグが一つなくなっているとの話が出てきまして」


「ウィッグ?」


「かつらです。奥さんは美容師で、練習用にいくつかのかつらを家に持ち帰っているそうなんですが、そのうち黒髪の長いストレートのかつらが無くなっていたそうです」


「なんですぐ分からなかったのか」


「お店の方に持って行っていたかもと思っていたそうで、昨日になって必要なので探したけれども見つからなかったということでして」


「ほかに無くなっていたものはないのか?」


「よく分からないそうです」


「なんでよく分からないんだ?」


「現金とか貴重品は無くなっていないそうですし、日頃使っているものにも無くなった物はありません。でも何かが無くなっているような気がする『かもしれない』、ということです」


「曖昧な話だな。だがその家を徹底的に洗ってみよう」


 もう薄暗くなる時刻だが、捜査課長と数人の捜査員がその家に向かい、床下から天井裏までくまなく調べた。


「二階の押し入れから天井裏に抜ける穴があります。ここに潜んでいたことも考えられます。鑑識を回して下さい」


「奥さん、最近二階の天井裏を開けましたか」


「いえいえ、押入れも布団を入れているだけですから滅多に開けていませんし」


「奥さん、無くなったものが他にあるんじゃないですか」


「そう言えば、合鍵が見当たらないわね、和江ちゃん」


 母親は娘に話しかけた。


「鍵? 奥さん、他に盗まれたものがあるはずです。調べてみてください」


「でも……」


「例えば靴とか」


 母親は下駄箱を開けてみて、すべての靴を並べ、靴箱のふたを開けてみた。すると一つの靴箱は空だった。


「和枝ちゃん。この箱にお母さんの靴って入っていたかしら」


「そうねえ。そういえば何年か前よくお出かけ用に履いていたグレーのパンプスだったんじゃない、あれ捨てちゃったの?」


「確か一昨年踵が外れて修理に出したような気がするわ。じゃあこれも盗られたってこと? 嫌だわ、怖いわ」


 母親は、身震いするふりをした。その時父親が帰宅して「なんの騒ぎだ」と驚いて尋ねた。


「ご主人、お騒がせして申し訳ありません。実は例の逃亡犯ですが、お宅に侵入した可能性があるのです。捜査にご協力お願いします」

捜査員は大柄な父親の体格を見て、


「ご家族は奥様と娘さん以外にもいらっしゃいますか?」


と尋ねた。


「あと大学生の息子が一人いるが、まだ帰っていないのか?」


「失礼ですが、息子さんは身長おいくらぐらいですか」


 父親はなんでそんなことを聞くんだと怪訝そうな顔をして「百八十一センチですが」と答えた。


「奥さんと娘さんの身長は?」


「え、どうして?」


 母親も意外そうな表情を見せる。


「百六十センチくらいですよね」


「ええそうですが」


 捜査員は納得したかのように頷いて叫んだ。


「ひょっとすると、田川達也は女装して逃走したかもしれない。田川は身長百六十センチと、男としては小柄な方です。旦那さんや息子さんの服で変装するには大き過ぎてかえって目立つから、奥さんか娘さんの服に着替えて逃げたのかもしれません。奥さん、娘さん、何かの服が無くなっていないか今すぐ調べてみてください」


「えー」と和枝が嬌声を上げた。


「それって変態泥棒じゃん! 気持悪―」


 和枝は慌てて二階の自室に駆け上がり、クローゼットやタンスのひきだしを開けて中を点検した。母親も寝室の洋服ダンスと箪笥から衣装を取り出して調べ始めた。


 十分くらいしてから娘が降りてきて、少し安心したような表情で「私の服はどれも無くなっていないみたい」と言って「下着もね」と小声で付け加えた。


「じゃあお母さんのかね」と母親はため息をついた。


「一週間前に衣替えして夏物をクリーニングに出したりして整理したから覚えているんですけど、洋服ダンスからは何も盗られていないようです」


 母親は捜査員にそう報告した。


「洋服ダンスや箪笥以外に衣類を収納されている場所はないのですか?」


「押し入れの衣装ケースも調べるんですか?」


 母親は疲れたように尋ねる。


「お疲れのところまことに申し訳ありませんが、ご協力よろしくお願いします」


「はい分かりました」


 母親は押し入れに三段重ねたプラスチックの衣装ケースを取り出して、中を取り出して並べ始めた。


「お母さん、結構古い服も置いているのね。これなんか十年ぐらい前のワンピースじゃない?もう着ないでしょうに」


 娘が呆れたように母親に言う。


「でももったいなくってなかなか捨て切れないのよ」


「あ、これって私のピアノの発表会に着て行ったスーツじゃない?」


「よくそんなこと覚えているのね、和枝」


「だって由紀ちゃんのお母さんと同じだったから、皆で大笑いしたじゃない」


「そう言えばそうだったわね」


 隣で作業を見つめていた捜査員が咳払いをして「見つかりましたか?」とせかした。


「お母さん、こんな古い服まで残しているんだったら、私の中学の時の授業参観によく着てきたブラウンのスーツもまだあるの?私あの服気に入っていたから」


「そうね、あれもこのケースに入れておいたと思うんだけど、そう言えば見つからないわね」


「奥さん、それはどんな服ですか」


 捜査員が勢い込んで尋ねた。


「茶系のタイトスカートと襟のついたジャケットのツーピースのスーツですが」


「それを着て写した写真がありませんか」


「ええ、探してみますけど。和枝ちゃん、あれって授業参観以外にどんな時に着ていたか思い出せる?」


「お母さんあれ結構気に入ってたんじゃない。私の中一の時の合唱コンクールの時にも着ていたんじゃないかな」


「和枝のよく覚えていることったら」

呆れたような顔で母親はリビングの書棚から分厚いアルバムを取り出して


「これよね」娘に訪ねた。


「そうそうこれよ」


「どれですか?」


 捜査員はアルバムを奪い取るようにして、示された写真をはがして「これお借りして良いですよね」と言う。


「ええ」


「複写したらすぐお返ししますので」と課長の松本は言って「戻るぞ」と部下に声をかけて急いで出て行った。それと入れ違いに鑑識係が到着し、この家は夜通し慌ただしい喧騒に包まれていた。


 署に戻った捜査員たちも、徹夜で捜査会議を開いていた。


「バイクを乗り捨てた所までは前回報告した通りですので、その後の足取りについて先ほどの捜査結果に基づいて報告を続けます」


「逃走犯田川達也は、山川町一丁目三番地の二の正林寺裏の墓地にバイクを乗り捨てた後、同町一丁目三番地の十四の山田靖男宅のガレージに止まっていた自転車を鍵を外して盗み、そこからの逃走経路が不明でしたが、山川町二丁目二番地の三、その時刻無人だった佐伯真一氏(会社役員)宅に侵入し、そこの家の天井裏に忍び込んで一夜を過ごした可能性が浮上しました。同住宅からは長髪のかつらと、色は黒でストレートヘアーですが、グレーのパンプス、サイズは二十四、また佐伯夫人の着ている茶系のスーツが無くなっていることが分かりました。佐伯氏には主人の他大学生の息子がいますがいずれも大柄で、身長百六十センチの田川達也には合う衣類が無かったので、夫人の衣類を身につけて変装し、翌朝家人が皆出かけた後逃走したものと思われます」


「あれだけ警戒していたのに、そんな変装も見破れなかったのか?」


「分かりません。ただ手配した写真は逮捕時のもので、だいぶん印象が違っていたのは間違いありません」


「でも変に女装した人物ならば、かえって目に付くのじゃないかね?」


「はい、現在佐伯氏宅から駅とバス停までの間で、不審者を見かけなかったかという聞き込み調査を早速行っているところで、明日朝、捜査員を更に動員して徹底した聞き込みを実施予定です」


「駅の監視カメラの映像は?」


「水曜日の午前中の映像を、今度は女性にも対象を広げて今再確認を行っています」


 その時「課長―」と一人の署員が大声で叫びながら会議室に飛び込んできた。


「これを見てください」と一枚の写真を課長に手渡した。


「水曜日午前中の駅の監視カメラで茶系のスーツ姿の女性を再度調べましたらば、確かにこの写真と同じものと思われる服装の女性が確認できました。顔も結構はっきり写っています」


 その写真を食い入るように観察してから松本は「これじゃあ誰も分からんよ」と吐き捨てるようにつぶやいた。


 そこには、どこからどう見ても若くて、しかも美人のOLとしか見えない女性の姿が写し出されていたのだった。


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