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逃走犯はオトコノコ!  作者: 青い鯖
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第11章

 達也が次に訪れたのは、山の中の小さな湖の湖畔に建つクラシックなホテルだった。


 シーズンオフで客は少なかったが、雑誌の影響か、ここでも女性の一人客が目に着いた。今度はチェックインしてから部屋に荷物を置くとすぐに出かけ、ホテルの庭から湖畔に出て、湖の周りを散策する。


 まだ高い日差しを受けて湖面がキラキラと眩しく輝き、時折そよぐ風にスカートの裾を乱される。湖畔の遊歩道はやがて人気のない薄暗い林の中へと続き、少し心細い気分になりながらしばらく歩くと、再び明るい湖の岸辺に出て何故かほっとした。


 達也の中で女性の領域が急速に広がっていって、もはや意識的に女性を演じる必要も無くなってしまっていたのかもしれない。

 岸辺のベンチに腰を下ろし、湖面に浮かぶ男女ペアで乗っている何隻かの

貸しボートをしばらくぼんやりと眺めていた。


 気がつくと隣のベンチに達也と年齢の大して変わらない若い女性が座っていて、こちらに向けて会釈する。達也も軽く会釈を返すと彼女は話しかけてきた。


「あなたも一人?」


「ええ」


「そうだと思った、私も一人なの。だってボートのペアをずっと眺めているんだもの」


「……」


「いいのよ、気にしなくて。私も同じようなこと考えていたと思うから」


 達也は彼女が勝手な思い違いをしていると気付いたが、そのままにしておいた方が良いかなと思った。だって、ここは雑誌で傷心旅行のプランに分類されていたスポットだったから。


「どこに泊まっているの?」


 達也は対岸の湖畔に建つホテルを指さした。


「あら同じホテルね、偶然だわ」


 彼女は嬉しそうな表情を見せた。


「夕食一緒にいかが?」


 あまり気乗りしなかったが、ここで断るのも何か怪しまれるような気がして、彼女と食事の約束をしてしまった。


 達也は先にホテルに戻り、昨日新たに買ったニットのピンクの上着と薄青色のロングスカートに着替え、入念にメイクを直してレストランで彼女と落ち合った。


 二人でワインのボトルを一本注文して、たわいない話をしながら食事をとった。


 どちらから来られたの? との問いにはチェックインの時に書いた地域の名を答え、仕事は? という質問にはIT系の会社だと無難な答えを返して話を進めていった。


 そのうち彼氏の話題となった。


「今はちょっと話したくないの」


 達也は俯いて、小声で答える。


「ごめん、ごめん。そうだったわよね、私も最近ちょっとイライラすることがあってね」


 彼女は、最近彼氏と別れた自分の経緯を話し出した。


「だって私が留守の間に、よりによって私の同僚を部屋に連れ込んでいちゃついていたのよ。そんなことありえないんじゃない」


 達也もそう思う。


「おまけに子供が出来ちゃったって、最悪じゃない」


 それはそうだ。


「私ね、彼には結構尽くしてきたつもりよ。仕事が忙しくて疲れていても、彼が求めれば相手したし、あなただってそうでしょ」


 それは達也には分からない。


「男って結局そんなもんかな。それとも私が見る目がなかったのかな」


 「そんなこと無いわよ。きっと彼も後悔してるんじゃない?」


 達也がたまらず口をはさむと、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。


 食事が終わってからもう少し話したいという彼女の誘いで、彼女の部屋を訪ねることになった。一度自分の部屋に戻って姿見で容姿を確かめた後、彼女の部屋を訪ねた。


 ベッドに二人で腰をかけながら、彼女は「ビールでも飲む」と誘ったが、これ以上飲むのもやばいかなと思って缶紅茶を頼んだ。


 彼女は「だったら」と言ってビール缶を開け、一人で飲み始めた。


「私、あなたみたいな奇麗な子とお友達になれて本当に嬉しいの」


 彼女は真面目な顔で達也に言う。その言葉にポット頬が熱くなるのを、達也は感じた。


 彼女から別れた恋人の愚痴を延々と聞かされていたら、急に「私をハグしてくれない」と言って、彼女の方から達也に抱きついてきた。


 達也が人口の胸の感触を悟られないかと心配しながら手を回して彼女を軽く抱きしめてあげると、彼女は安心したように達也に身をゆだねるようにもたれかかって来る。


「ねえ彩香、何人の男性と経験したことある? 変な質問だけどごめんね」


 彩香とは、達也のここでの偽名である。


「……」


「私ね、大学の時に二人の彼氏と付き合っていて、就職してからは前の彼氏だけ」


「……」


 彼女は彩香のことを聞きたいのではなく、自分のことをしゃべりたいのだと思った。


「でもさ、私って不感症なのかな。気持イイって感じたことが無いの。彩香はある?」


「……」


「体が溶けて行くようなとか、もう何だか分からないとか経験した人は言うけど、私そんなこと感じたことがないから教えて欲しいの」


 達也は一昨夜、前のホテルのベッドで一人で慰めた時のことを思い出しながら言った。


「体から力が抜けてくるの」


 達也は、自分が女の子になった気持ちでそう言った。


「そうなの? 私いつも強張っちゃうのよ。彼が入って来る時」


 その場面を自分に置き換えようとしたが、よく分からない。


「彼に体を預けてしまえばいいのよ」


 達也は適当に、想像だけで彼女にアドバイスをする。


「どんな感じで?」


 彼女は体を達也に密着させ、達也の右手を掴み、自身のスカートの中に導く。達也が湿り気を帯びた薄い生地の上をそっとさすると、彼女は「フッ」と甘い溜息を漏らす。


 達也は右腕を肩に回して手を胸元に差し込み、そっと胸を掴むと、彼女の体から力が抜けていく。それとは逆に自身はスカートの中を固くする。


「こんな感じ」


 それ以上続ければ収拾が付かなくなってしまうかもしれない。達也は無理やり手を引っ込めた。


 彼女は頬を達也の胸に押しつけた。


「私男なんてもう信じない」


 彼女は泣き始めた。


 達也は彼女の髪を撫でながら「男なんてそんなものよ」と、訳が分かったようなことを言う。


 彼女はその言葉に頷いて、ようやく涙を拭いて座り直した。


「私明日東京に帰るんだけど、あなたはいつまでいるの?」


「明後日までの予定なの」


「そう、残念ね。もし良かったらメールのアドレス教えてくれない。レストランでボーイさんに撮ってもらった写メ送るから」


「え、ありがとう。でも携帯を家に置いてきちゃって、自分のアドレス忘れちゃって分からないの」


 彼女は少し不満そうな表情を見せたが、


「この旅行には携帯持って来たくないってことね、分かるわ」

と勝手に納得してくれた。


「じゃあ私のアドレス教えておくから、気が向いたらメール頂戴ね」


 彼女は机の上にあるメモ用紙にアドレスを書いて達也に差し出した。


 自分の部屋に戻ってから彼女の胸の感触を思い出し、ムラムラとした気持ちになる。


「いけない、いけない」


 しかし、「女の子どうし」の疲れが一挙に噴き出して、寝間着に着替えると、達也はすぐに眠ってしまった。


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