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俺と愛息子の生存報告的な何か。  作者: 無名
第一章
8/21

1 皆様おはようございます。爽やかとは言い難い朝ですね。

ピコン、と微かな音を聴いたような気がした。



…くわぁー、気持ちいい…。



この目覚め前の微睡みの時間、最っ高。

ふゅふゅ浮かんでるような堕ちてくような感覚が堪らん、あと三時間は寝れると断言しよう。

だがしかし、そうするにはまずラブリー息子の御機嫌をとって抱き締めつつほっぺを堪能せねば…!

ふわふわ頬っぺたの感触を思いだし溢れる涎を啜りつつ、己の横へと腕を伸ばす、が。


触れられない。


反対側かともう一方へと腕を伸ばしても暖かい感触は得られなかった。

寝起きの良い愛息子はいつも通り母ちゃんを置いてきぼりにして起きてしまったらしいと寂しく思いながらも目を開く。

ああ、せめてもう一時間は布団に籠りたかった…。


「!?」


瞳を開いた瞬間に目へと流れ込んで来た液体に驚きもがく。

腕を前へと突き出せば纏うようにつられて動く水流を感じて更に驚く。

溺れる溺れる、と暫くバタバタもがいていたが指先ですべらかな感触に触れただけで何一つ掴めるものはない。


驚きと混乱で液体の中にいても苦しくないのだと理解出来るまで時間が必要だったが何とかかんとか落ち着いて、恐る恐る口元へと手をやる。

鼻から顎へ覆うように何かが付いていて、それが下へと伸びているのは辿って分かった。液体は濁っていて何処に繋がっているのかまでは分からない。


辛うじて爪先は着いているが濃度が高いのか体が浮いている。

液体自体も半透明、何かに隔てられて液体に沈められているのは理解できたが何故こうなったかがサッパリ分からなかった。

はて、何があったっけ……?


「!」


虎!!

あれ、俺死んでないじゃん?

あの金髪碧眼野郎、ぶっ殺す!


状況を把握する為、記憶を掘り起こすと同時に沸き上がるのは胸を埋め尽くすほどの心配と疑念と怒り。

三種類混合という複雑極まるものだったが、確認しなくてはならないことは即座に浮かぶ。


息子の無事を確かめなくては。


まず、ここは何処だろうか。

まさか日に二度も同じ問いをすることになるとは思わなかった、と若干荒みつつ指先に触れた境を求めて水を掻く。液体中を僅かに移動することが出来て、触れた境目は何の凹凸もないものだった。口を覆うものの範囲は決まっているらしく直ぐに元の位置に戻されてしまうが、何度も挑戦すれば濁る半透明の液体内でも朧気に外の様子は判別出来た。


境の外には何もないようだ。

動いても光が陰ることもないし境に近づくものもない。

どうやら液体内であれば行動は自由のようだ、この口元の管を外さなければ呼吸も出来るらしい。

プカプカと浮かびながらも次に考えるのは脱出の手立てだ。

なんせ外のことが朧気でも分かるくらいだ、確実に陽が昇っている。事態を理解した瞬間に液体内で見えはしないが冷や汗を流し始める。


まさかの朝帰り!?

虎を一人にして夜を明かしてしまったのか、俺は‼


液体内で頭を抱え悶絶する。

なんという失態。責められても反論すらできない事態だ!とにかく早く帰らないと‼

ぬぉぉぉぉ!と水を掻くが引っかかる突起物すらない境に近づけず何度も戻されてしまう。


駄目だ、なんか引っかける物を見つけないと!


だがしかし、引っ張れるのは口元を覆う管だけ。これは生命線だ、確保しなくては帰ることすら出来なくなる可能性が高い。

では他に何があるかと探れどベルトに角は刺さっていない、そういえば使ったんだった。

ポケットを探っても飴の感触があるのみで他には何もなく、胸元のポケットにあったカッターも散々転げまわったせいで落としてしまったらしい。

あるのは体に減り込んだ木くずのみ…使えない‼

己の不甲斐なさに身悶えつつ何かないかと頭を巡らせてから上を仰いだ。


…これしかないのか…。


まさにこの一言に尽きる。

しかし背に腹は代えられない。可愛らしい息子の朝の照れ挨拶を受けるためならば俺は…


耐えきって、みせる‼


クワッと目を見開き、手の平に触れた品を握り込む。

ソレは金髪碧眼野郎が放った小剣。

己の肩に食い込んだままの小剣を力任せに引き抜くのは、かなりの勇気が必要だが息子の笑顔には代えられない。

引き抜いた瞬間に走る芯を抉るような痛み。


「…っ!」


それでも引き抜く、引き抜く。刃が体から抜け出るまで。

少しずつ引き抜くのは返って痛みを長引かせるだけだと悟って一気に引き抜けば、視界を覆っていた半透明の液体が薄赤く染まる。体中を駆け巡る痛みに声にならない悲鳴を上げながらも引き抜く手は止めない。

抜けた瞬間、痛みに伴って湧き上がった怒りに任せて小剣を境へと突き立てれば境はあっさりと破れ、液体共々流されてかえって慌てることになった。


「すべ…滑るってどういうことだぁぁぁぁ!」


流されても精々1、2メートルだろうとふんでいたのに予想以上に滑る液体だったようで、境が破れた瞬間に重力に引かれて液体共々下に落ちる。液体の上に尻餅をついた直後、バランスとれずに横転したまま勢いよく進んでいるのだ。つまり、滑ってる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ…ぶへっ!?」


己の意思に関係なく十数メートル滑って顔面からぶち当たり、ようやく止まる。何処のコントだと突っ込みを入れる間もなく上からぶちまけられた液体に目を白黒させた途端、何かに体当たりされ衝撃で液体の上を更に数メートル戻されてしまった。

俺、アイスホッケーのパックじゃありません。


ようやく止まり、ぐったりと疲れて投げ出された屍のような状態からノロノロと頭だけを起こして周囲を伺う。

薄暗い。

けど何処かから光が漏れているのか、なんとか様子は伺える。

人の声はしない、足音もない。

薄く光を反射する柱のような物体がいくつもあるが人影とおぼしきものはないようで安堵した。

金髪碧眼野郎とその仲間達に捕まったんじゃないかと少し思っていたのだ。こんな山奥で野郎どもに捕まってたら女として詰む気がする、欲求不満になれば美醜関係なく穴があればいいって野郎は多いからな。


身の周りの確認が出来たところで体を起こす…正確には起こそうとした。

が、立てない。

片腕は使えないから無事な腕で上半身は起こせたのに足がついてこないのだ。

不思議に思って見下ろせば、そこにあったのはおかしな方向へネジ曲がりまくった両足があった。


「うわあぁぁぁぁぁ!!」


余りの状態に怯えて声をあげ、逃げようとしても体は微動だにしない。

当たり前だ、自分の足なのだから逃げられないし動けない。


「なんだよ、これ!何だ何だ何なんだよ‼」


叫んでも怒鳴ってもどうにもならないことは分かっているが言わずにはいられない。

思わず上げた叫びに反応するものは幸いにもおらず薄明りの中で足から目を逸らし怯え、暫く経って…ようやく思考が回り始めた。


落ち、落ち着け。

痛みはないんだ。

驚いただけで痛みはない。

どうして痛みがないんだ?

こんな大怪我したら痛みで死んだり、のたうち回ってもおかしくないのに。


恐る恐る両足を見れば砕けた骨に突き破られた皮膚、肉に埋もれるように白い色を覗かせる骨、衝撃に弾けたと思われる筋肉や筋など、液体に浸されていたせいで重力によって整えられたのか辛うじて人の足としての形は保っていたが、己の足の状態を理解した瞬間に血の気が引いた。

崖から落ちた最後の記憶、あれで砕けたのだと直ぐに分かった。

散々足掻いたからか、足から墜落したのだろう。

この状態で頭も打たず生きているのだから僥倖と言えるのだろうが、あんまりだ。今は痛みがないからいいものの、これで痛覚があったら死ぬより酷いに違いない。


なんで、痛みがない…?


引き抜く時には凄まじく痛かった肩も今はあまり痛みがない。

感覚はあるのだ。足先にあたる液体の冷たさは感じる。

幸いと言うべきか否か判断に迷うが神経は繋がっているらしい。

半身不随状態なのかもしれないと足として唯一形を成して残った大腿部を恐る恐る動かしてみれば僅かに動いた、完全に治れば不格好でも立つことは出来そうだ。


ならば他の部分に怪我を負って痛覚が麻痺したのかと頭を触るが、じっとりと濡れた感触はあるが触れた手を目の前にかざしても血らしき赤は見当たらない。額、瞳、頬と順に確認して口元に違和感があった。

口全体に痺れるような感覚と共に気道を押し広げられていたような違和感。

そういえば口に何かついてたっけ、と納得する。滑ると同時に抜けたのだろう。


次に確認するのは首だが触れた途端に気が付いた。

なんか、付いてる。

ゆっくりと付いているものを持ち上げると首から肩にかけて垂れ下がる管があった。覚悟を決めて一気に引き抜く。


「…痛った…」


抜く瞬間に痛みを感じたが直ぐになくなり、手元に残った管を見る。薄明り過ぎて近くに寄せないと仔細まで分からないが薄い緑色をした管はトロリとした液体を滴らせている。


なんで首に刺さってた?


刺さっていた箇所を撫で擦り他に違和感はと確かめていると手の平で垂れていた管がビクリ、と震えた気がした。

動いた?いやまさか…。

しかし、気のせいではないようだ。なんせ垂れていた管の片方が首元目掛けて急激に伸びてきたのだから。


バシン。


…あれだ、思わずというか条件反射というか…。

黒く艶やかな体が特徴の台所でお馴染みの昆虫に対する反応をしてしまっただけだ。つい同じように叩き付け、床に広がる液体の中でモゾモゾと動き続ける管を凝視してしまう。


あれが体の中に入ってた…?


ぞっとして慌てて体中をまさぐればあるわあるわ、何故今まで気づかなかったのかと思うほどだ。

腕といい腹といい服の隙間から入り込み人には絶対に口に出して言えない部分にまで管は入り込んでいた。痛覚がないと異常にも気付けないらしい。

必死で抜いて床へと叩き付ければ管は暫く蠢き、やがて動かなくなった。


ローションに塗れた上に管攻めとか誰得だ、この野郎っ!

そういうのはピチピチでプリプリした可愛らしい女の子にしてやって下さい、同意の上でね!?

俺はその方面は引退だから対象にすんな!って、どんな変態だ!?

そんな経験皆無だ、バカヤロウ‼


混乱のあまり脳内で多重突っ込みを入れつつも鼻息荒く全ての管を引き抜いて仰向けに倒れこむ。背中を覆う濡れた感触も今更気にすることもない、なんせ全身ローション塗れだ。

引き抜いているうちに何となく分かった。


この管、あれだ。

ロープがわりに取ってた蔓だ。

この痺れる感覚に覚えがある。


モルヒネと同じなのだろうか、鎮痛成分が含まれているのかもしれない。これが入ってた…おかげで?…痛覚が麻痺して感覚はあれど痛みを感じずに済んでいるのだろう、麻酔と同じか。

麻薬としての常用性がなければいいのだが、少しでも疼くか痛むかした場合には汁を啜るようにしたほうがいいか…と仕方なく近くに叩き落した蔓へと手を伸ばして手繰り寄せる。


さて、これからどうしようか。


こんな状態では即虎の元へと戻るのは到底無理。

これだけ騒いでも来ないのだから、ここには襲うような動物や人間が居ないことは確かだ。

なんとか場所を把握して近くにいれば虎を呼び寄せて、ここで治るまで過ごすか。

近い場所でなければ汁を摂取しつつ患部を固定して何とか移動し、虎の元へと戻り移動させなくてはならない。


幸い食料は少しだが確保できている。

虎一人が食べるには暫くなら問題ないだけの量があるはずだ。

こんな体で今後を考えれば頭が痛いことばかりだが、ひとまずは虎の無事と安全を確保するのが先決だ。


「よし」


気合を入れる為、出した声が空間に響く。

諦めることや絶望することはいつでもできる、その場で生きるのをやめればいいだけだ。

生きることが辛く厳しいのは嫌というほど知っている。

死にさえしなければいいのだ。

虎が立派に独り立ちするまで生きて育てる、と俺は己に課したのだから。


まずは、この役に立たなくなった両足の固定だ。


固定するための布はある、服を切ればいい。

切るための道具もある、俺をこんな状況に追い込んだ実に憎らしい短剣だが滑っていても握って居られた。

あとは枝でも探せばいい。

骨が真っ直ぐ繋ぐように固定すれば時間はかかるだろうが骨は形成される。医者じゃないから完全に治すことは出来ないが、立って歩くことは無理でも支えがあれば移動できるくらいになればいい。ずれないようにしっかり固定すれば多少の無理は利くはず、と周囲を見回す。


しかし薄暗い。

出口を探すのに苦労しそうだと溜め息を付きながらも出来るだけ手を伸ばして周囲を探れば、手の平に触れる物があった。

手までの距離でも判別が難しく、蔓の残骸と共に両腕で這って近くへと身を寄せるが持ち上げることは出来ない。


これは何だろう。

しっとりと濡れてはいるが布状の物。

その奥にあるモノは固く、しっかりとした感触がある。


眉を潜めながら身を折り曲げて手にしたモノを確認する。

今は痛みが麻痺しているから両手が使える、全体を触りながら顔を近づければソレはかなり大きな物だと分かった。

硬くもなく柔らかくもなく、ひんやりと冷たい感触のする濡れた何かは五つに分かれていて、内一つはベタッとした物に覆われていて。


これ、人間じゃないか?


自分自身が境に区切られて液体の中に居たのだ、同じように浸された人間が居たって不思議じゃない。


「…おーい、生きてるか?」


恐る恐るかけた声に応えはない。


「おーい…」


この体格、恐らく男だろう。

動けない状態で男を起こすなど自殺行為に等しいが、今は身の安全よりも移動して息子の側に辿り着くことのほうが大事だ。

揺さ振りながら濡れた髪と思われる方へと顔を近づける。


「…」


こりゃあ、駄目だな。

だって息してないもん。


手の平に広がる冷たい感触と近づけた顔に全くかからない呼吸にグッタリと疲れながら薄暗がりの中、一人またゴロン…と寝転がったのだった。

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