王者の懸念
「…知り合いではないようだな」
「そのようです」
二人の獣人が子供を抱えて走り去る様子を兵士に紛れて観察する二つの影。
顔色を変えて仲間のエルフの名を怒鳴った時には怪しんだが、単に子供が死にかけているという事態に仲間に助けを求めただけと会話から知れた。
姿が見えなくなると次は兵士の間に残された人族の男へと目を移すが奴には動揺がない、既に諦めているのだろう。
「結局何者かも分からずじまいか」
「申し訳ございません」
恭しく下げた頭に「良い」と手を振り踵を返した男に金髪の男は従い城へと足を踏み入れた。
男の行く先は数十人が横に並んで歩こうと、袖すら触れあうことはない広さを有した通路。天井は小型の竜が入ろうが頭を打つことなく飛び回れるほどの高さ、磨き抜かれた白亜の壁に控えめながら繊細な細工が多数彫り込まれた柱。赤銅色の絨毯には汚れ一つなく彼等の足音を吸収し、この城に相応しい静寂を保つ。
互いに口を利くこともなく進む通路の先で待っていたのは獣人の前に姿を消した宰相、その背後の壁面に整列するのは近衛兵。皆恭しく頭を垂れて彼が戻るのを待っていた。
「ご苦労だった」
主の労いに更に深く頭を下げ、通り過ぎた主の後ろに控える金髪の男と共に歩き出す。同時に壁面を飾っていた近衛兵も背後に整列し歩みだした。
王者の行進。
この国の頂点に立つ王は全てを把握し従える。
何者も前を歩むことを許さず立ちはだかることも許されない、並ぶもの無しと誇る国ならではのものだ。
その王が兵士に紛れて事の行方を見守っていた。
宰相は反対していたのだが彼の王は黒髪の子供に非常に高い関心を示していた。
人とは思えない配色を持った人族にしか見えない子供。金髪の男に話を聞き、その現れ方も実に興味深いと己の意見を押し通して獣人と人族の男の反応を見ていたのだ。
曲がりくねった通路の先で各所に散りばめられた兵士が王の訪れを告げ、扉の左右を護る屈強な兵士が己の身長の三倍はあろう扉を開き礼をとる。
この国では両膝をついて頭を垂れるのが礼、上に立つ者に反逆の意思はないと態度で示す形が最高の礼儀とされる。
首を差し出すように、また即座に攻撃が出来ないよう両膝を付き左手を胸に添え右腕を床へとつけ、全ては見下ろす者の意思に任すという意味を持つ。
城の頂点に立つ者の武器携帯は当然の権利、気に入らねばその場で首を落とすこともこの国では罪とされない。
扉を開いた兵を道端の小石のように無視し、王は中へと進んでゆく。
その片手には小石。
弄ぶように手のひらで転がし、また放り投げては受け取る行為を繰り返しながら進むのは玉座への階段。
宰相と金髪の男が階段の真下に膝を付き、玉座の間に控える者に言葉をかけることなく王は玉座へと至る階段を昇っていく。
身を翻し無造作に腰掛けた玉座は国の富を象徴するように巨大で、金銀財宝で飾り立てられていた。
「女を殺したのは早計だったな」
開口一番、王の口から零れ出た言葉に身を竦ませた男が一人。
炎を得手とする城所属の魔術師の一人であり今回輝石の捜索を任せた者の内の一人でもある。それに薄く笑ったのは玉座の真下に跪く金髪の男、彼もまた捜索の一員だった。
森で見つけた女に魔法を放ち止めを刺した魔術師を非難し、見つけた子供を連れ帰ったのは彼。彼は斥候を主に努めているが王の幼馴染でもあり腹心として王宮で重要視されている。その彼の指示を仰がず殺害を実行した魔術師に非難の目が向いていた。
今回輝石の捜索に同行した者は近衛の隊長格が一名、小隊長格が二名、中隊長格が二名に魔術師、そして王の腹心とも言える幼馴染の男を加えた者達。一人は残念ながら戦闘により失ったが通常であれば輝石を見つけ出し帰還すれば良し、不測の事態が起きれば腹心たる彼に指示を仰ぎ従うこととされていた。
常ならば輝石を回収し戻るところが、有り得ない場所で見たこともない女に遭遇し反撃を受けたところで大国の弊害か、経験のない隊長格と魔術師が激高した。
腹心の彼としては捕えたいところ、実力と人数から考えれば確実に捕えられると判断したにもかかわらず強行に殺害を実行したのだ。重大な命令違反と言える。
「そ、そのことについては大変申し訳なく…」
「控えよ。王の御前である!」
己の犯した愚を知っていながら青い顔を上げ弁明を試みた魔術師に近衛隊長の叱責が飛ぶ。
王の許しなく意見を述べることは許されず、弁明の機会すら失った魔術師は身を縮こませるしかない。いまだ王は小石を弄んでいる。
「…ルーク、再度述べてみろ」
「畏まりました」
玉座の下で深く頭を垂れた男こそ王の幼馴染であり斥候を務めていた男。
全ては彼の身分が魔術師より下であった為に起こった。
「我ら王命に従い魔樹の森を探索中見慣れぬ女を発見。女は素早く身軽で追跡したところ抵抗を続け逃走を謀る為、やむなく手傷を加え捕えることとし攻撃を加えました。半ばまで成功し私の短剣を受け捕縛まであと一歩というところで魔術師殿が暴走し追撃。女は炎弾にあえなく消滅し、野営地に戻ったところ泣く子供に遭遇。連れ帰った次第にございます」
「ふむ。実に完結、明瞭だな。異論があれば述べよ」
王の促しに答えられる者は誰もおらず、深い溜め息を隠すことなく王は手のひらの石を跪く者にかざす。
その手のひらに乗った石は淡く輝いたまま点滅を繰り返していた。
輝石が満ちる時、優れたる者現れる。
国の上層部にのみ伝わる神話のような伝承。
今や王城に勤め王に直接関わる者、全てが知る事実である。
いかなる輝石にも必ず一つ色が有り、その輝石に魔力が満ちた時、光と共に現れるのだ。
これが国が、先代の王が実証した神話であった。
先代より前には神話としてしか残されておらず誰もが物語としてしか考えていなかった輝石が起こす召喚を、先代の王は証明したのだ。戦力増強の一環として。
神話に残る一文はかくの如く語る。
輝石が召喚せし者は我らが生きとし生ける者の枠を超越し力を体現する者。
あらゆる魔術の域を超え奇跡を体現し操る者、と。
実際、先代が輝石を用いて初めて召喚した者は凄まじい力の持ち主だった。
城の魔術師全てが魔力を注ぎ無理矢理満たした輝石によって召喚したのは伝説に謳われし竜人族。
何が起こったのか全く知らず、此方の紡ぐ言葉に一切の疑問を抱かず、ただ喜んでいた。
王が言うことを盲目的に信じ、当時敵対していた国に過剰なまでの攻撃を加えて滅ぼした。手心を一切加えず、自らは何も考えないままで。
当時は思わぬ大勝に国中が沸いたが問題は後に起こった。
属国化した国に彼女を伴って訪れた時に、国民の一人が非難したのだ。彼女に直接、命を懸けて。
「人殺し!」
「何故父さんと母さんを殺したの!?」
「知らなかった…?何も知りもせず考えもしないで平気で人を殺せるなんて…貴女は悪魔よ!人殺し!人殺し‼殺してやるから、必ず殺して父さんと母さんの敵を取ってやる‼ 」
止める間もなく交わされた応答に、輝石より召喚された者は
壊れた。
己が殺した者に対する覚悟を一切持ち合わせて居なかった。
ただ王に言われたから殺したのだと泣き喚きながら責め、それで気が晴れなければ街を壊し国を危機に陥れる。
民は無残に殺され、王が自分を召喚したせいだと罵る竜女を宥める為に心を砕き、身を粉にして尽くした王の想いを知ろうともせず、彼女は王を責めに責めた。
全てお前のせい。
お前が私を召喚したから私は殺した、殺すしかなかった!
お前が召喚さえしなければ。
お前が私を呼び出しさえしなければ。
私は普通に、平和に、幸せに暮らせたのに‼
そう竜女は王を責め、王は国に害を成し訳も分からぬ弁を用いて己を責める女を殺し、国を保つことを選んだ。
王として立ち責を背負う彼は、ただ国の為に重責伴う選択を繰り返す。英断を繰り返してきた王は代を譲り、今代の王は今また手のひらで転がる石を弄びながら選んだ。
「…監視を続けよ」
「はっ」
「常の者とは違う、警戒し覚醒した時点で城に戻せ。庇護者の生死は問わぬ、良いな」
王の言葉に従い玉座の間に居合わせた者達は静かに頭を垂れた。
彼等は知らず、王のみ知っていることがある。
先代は宝物庫に納められていた石に実験的に魔力を込めて貯め使うことが出来ないかを試していただけだった。
限界を知らず吸収する石に日々魔力を注がせても満ちず、込めた魔力は取り出せず、使えないと諦めかけたところで竜女は召喚された。
満ちる光の中で現れたのは黒髪の女。
人が突然現れたことだけでも驚きだったが王は更に驚愕した。
光が徐々に収まるにつれ逆に女は光を吸収したかのように淡く輝き、足元から姿形を変え始めたのだから。
これまでの姿が偽りだと言うように肌は鱗を刷いた艶やかな真珠色に。
漆黒の髪は形を変え長さを変え、色を変えた。
着ていた衣服も粉々に解け、光を纏うように一新し正に降臨と言っても過言ではないだろう。
そうして現れた竜女の代わりに、満たされた輝石は光を失い透明の石へと変わったのだ。
一人を召喚し、輝石は石となる。
石になった輝石にいくら魔力を込めようと光と色を取り戻すことはない。
一つにつき一人、これが大原則。
この事実に先代、今代の王は輝石の収集に当たった。
竜女が力を示したことで、それはさらに加速を極め国中にあった大小、明暗様々な輝石を徴収し王城に収めさせた。国内の輝石を全て集め終わると王は他国へと手を伸ばし輝石の価値を知らぬ者からも買い集めることを始め、更には原石の収集にも当たる。
これにより輝石に対する研究が盛んに行われ輝石が召喚に当たり必要な魔力にも多少の差があること、召喚された者にも強者・弱者の差があることが判明した。
他にも召喚された者はほぼ黒髪黒目を持ち世界を渡ると同時に本来の姿形をとること。
彼等は召喚という術自体知らず、直後であれば何も分からず無知であり無抵抗であること。
本来の姿に付随した装飾、武器防具の類は持ち主でなくても扱うことが可能なことなどが判明し、召喚後にことごとく没収し国庫に納めることができた。
たまに反抗的な者がいて手痛い反撃に合い取り逃がすこともあったが、それでも彼等が身に着けて現れる品は国を富ませ潤わせる。多少の犠牲など問題にならないほどの利があった。
輝石の研究と共に彼等を従属させる為の研究も急務として行われ、元々この世界に居ない彼等に繋がるものとして輝石の再利用も始まった。
輝石は己に宿るたった一人の者を呼ぶ。
その特性が拷雷の呪に使えるのでは、と考えたのだ。
その仮説は当たり、今では召喚する前に必ず首輪を用意し有無を言わさず隷属させることが可能となった。
本来ならば成人を迎えた者に使用する呪だが、厄介な点が一つだけある。本人の体の一部であったり長年所有している品を媒介にしなくては発動しない呪なのである。
召喚された者は世界に現れた瞬間に姿形を変える為か、長年親しんだ体ではないと判別されるのか呪が発動しないことは直ぐに判明した。身に着ける品についても同様、召喚直後の品は全て消え去ってしまう為に奪う暇すらない。
だが輝石だけは彼等の手元に残るのだ、色と輝きを失い装飾品としての価値しかなくなった石が。
これを呪の媒介とし多くの者を隷属させた今、用のなくなった石は王城の奥深くに山のように積まれている。
だが今、王が手の平で弄ぶ石は。
王は弄ぶのを止め、石を掲げて観察する。
色は既にない、これは召喚後を現していると知っている。
だが輝きを失っていない。
何かを訴えるように時折点滅し、暫し沈黙するように鈍く、または明るく光を放ったままだ。
これは初めての事例。
召喚されたと思しき子供は黒目黒髪、召喚直後の者達と一致するのに姿形が変わらぬまま。
そして母を求めて泣いていたと言う。
未だ光を失わない輝石、本来の姿に戻らぬ子供、逃走を謀り反撃した女。これは何を意味するのか。
呪はかかっている、子供が反抗すれば間違いなく拷雷は発動するだろう。
だが一抹の不安は拭えない。
よって同類の元へと放り込んだのだ。
感化され姿形を変えた後、呪を掛け直せば他の者と同じ。貴重な元の姿を保った子供は今後の研究の為にも実験に使いたかったが身に付けて現れる品は貴重な物、国力を高め国庫を潤す為にも使えない。
本来の姿に戻り剥いだ後なら問題ないのだ。
使えるのなら使い、必要なければ希少な例として研究に回せば良いと王は視線を石から外し、無造作に広い肘掛けへと転がす。
傅く者達の視線にさらされながら転がった輝石は、扱いを批判するかのように淡く点滅を繰り返していた。