5 俺と愛息子と…貴方は誰ですか?
混乱した思考が意味のない言葉ばかりを繰り返す中で、フラッシュのように瞬いた映像は
世界一可愛いと自負する愛息子の寝顔。
とても愛らしいんだ。
寝てても時折口をムニムニ動かして、乳を吸ってた頃と同じくこちらを幸せにする安心しきった笑顔を浮かべてくれる。
夜中に目が覚めて俺がいないと気付いては泣き、近くに居ると分かれば側に潜り込む。
暑ければ布団だって蹴飛ばして寒くなっても掛けてやるまで震えながら眠ってる、風邪を引いたら大変なのに。
虎の顔を思い出せば一瞬で頭が冷えた。
生き延びなくてはならない。
逃げ延びなくてはならない。
息子を一人にしてしまう、それだけは断固拒否だ。
使えるものは全て使って、何としてでも虎の所に逃げ帰る。
走馬灯のようにスローで見えていた風景が元に戻り矢と剣が迫る。
矢は蔓と同じだと考えればいい、軌道は変わらないのだから速度に合わせればいいだけだ。
同じ速度で真っ直ぐにしか飛ばせない矢を避けるのに問題はない、問題は避け方だ。大袈裟に避ければ体勢を崩す、男に対処しきれなくなる。
なら最小限に。
出来るだけ動かず足場を確保するんだ。
瞬時に回った思考に従い体を傾け矢の直撃を避けられる体勢を取る。通過しようとする矢は思いの外遅く、降り下ろす剣を止められない男の脇に通り抜け様突き刺せば暗い森に絶叫が響く。
切り返しとか途中で太刀筋を変える技とかあった気がするんだがなぁ、あれはゲームだったか現実だったか。
次に狙うのは弓の男、一撃で終わると思っていたらしく飛び込む俺に慌てて弓を構えている。
その弓は鉄製なのかな?
どう見ても木で出来ているように見える、近接戦で使うことは考慮していないらしい。
木製の弓で刃を受けたらどうなるか考えれば分かるだろうに。
………。
俺、実はゲーム脳なんだろうか?
基本的な考え方がゲームになってる気がする、こんな状況だからだと思いたい。
乾いた音を立てながら弓が刃を受け止めて男は安堵の色を滲ませるが、甘い。胴体や足にはリーチがあって届かないが、その手は今何処に添えられているのか。
刃が弓に当たった瞬間に空いている腕を弓に添って滑らせれば血飛沫と悲鳴が上がる。
骨が邪魔して切断とはいかなかったが十分だ。
気付かなかったか?
俺、今両手に同じナイフ握ってんだよ。
必死で生き延びようと足掻いてる奴が持った武器一つ止めれば安全なんて、何を基準に一瞬でも思ったんだか聞きたいもんだ。
弓に食い込んでいたナイフを力任せに振れば弓は地面へ落ち二つに割れた、案外脆い。それを尻目に駆ける視界に入ったのは足、悩むことなく切りつけて腰の物を拝借し森を目指して突き進む。
ストール野郎が炎を掲げていてくれるお陰でコイツらが同じ物を腰に備えているのを知れた。
これで武器は四つ、当然ながら脇を刺した男の物も頂いている。
何かの証明なのかもしれないが丁度いい、手持ちを増やすことが出来るのだから。
剣など持っても振れやしない。
だがナイフなら非力な俺でも扱える、大振りの包丁感覚だ。
重心が何処にあるのか覚えれば振り回されることもない。バランスを取ることは得手だ、枝を振り回して過ごした山の遊び場には危険な場所が沢山あったんだから。
あと少しというところで横からナイフが迫って来たが同じくナイフを合わせて刃を防ぎ飛びずさる。
やはり邪魔するか、金髪碧眼野郎。
大剣持ちは重量で、ストール野郎は体力的に機動力がない。来るならお前か、もう一人の両手剣野郎だと思ってたよ。
思うにコイツは斥候だ。
水場で遭遇した時には音もなく背後に立っていた、後から来た奴等の足音は微かだが響いていたのに。装備にしても他の奴等と厚みが違い、薄すぎる。
どう考えても速度重視、武器一つとっても俺と同じくナイフとなると力の面では剣を持つ奴等より遥かに劣ると見た。代わりに速度で最も勝る厄介な奴だ、障害物が多い山の中では特に身軽さが活き重宝される。
「だけど、こういうのには慣れてないだろ?」
呟くと同時に速度を上げ金髪碧眼野郎に肉薄する。
速度重視の奴は超近接戦が苦手とみた、俺がそうだから!
近すぎれば速度が活かせない、相手の攻撃範囲に居座るのは肝が冷えるだろう?
通常なら己に有利な条件で戦いたいから距離をとって懐に入れない、俺ならそうする。近づくことさえさせずに距離を取ることが出来るだけの力を持っているからだ。
だが相手が自分と似たような速度を誇るのならどうだ?
そんな奴は滅多にいないはずだ。
俺の短い人生でも俺と同じように野で駆けまわり山の木々を飛び回れる奴はいなかった、自分で言うのも何だが特殊な状況や環境、訓練が必要な技術なんだよ。
俺より若そうなお前なら尚更経験ないだろうしな‼
飛び込み様左腕で振り上げたナイフは同じナイフに防がれる。
しかし防いだ奴の顔は苦しげだ、やはり慣れていない。視界の隅に両手剣を駆けて来る男が目に入る、時間はない。
最優先事項は生きること、逃げ延びること。
コイツが居ることで苦しいのは俺も同じだ。動ける状態のままで居られてはどこまで逃げても追ってくる、逃げ切れない。
悪いがお前だけは動けない状態にさせてもらうぞ!
ナイフ同士の鍔競り合いを唐突に引き、碧眼野郎がよろけた隙に腹目掛けて右腕にあるナイフを突き上げる。
迫る刃が見えたのか碧眼野郎が目を見開いた瞬間に淡く光り、信じられないほど速度を上げて距離を取られた。完全に避けられた俺は呆気にとられるしかない。
完璧に決まると思っていたのだ。
肉に刺さる感触や血飛沫を覚悟していたというのに、なんだそれ反則臭い…俺にも教えろ!
まるで魔法だ。
ゲームで経験した覚えがある。
速度や防御力、攻撃や回避力を上げるヤツやステータス全体を始め属性抵抗を底上げするヤツがかかったような反応。時間をかけて上げたレベルや苦労して作った自慢の武器の攻撃力を呪文一つで上回る、なんて理不尽。そう思ったことが何度かある。
俺が嵌まっていたゲームのボス戦では戦友を皮切りにギルドメンバーやレギオン全ての支援魔法が飛び交い最大までステータスの底上げを行う。
その時にさっきの斥候野郎のように体が淡く光るんだ、効果を得たと視角で分かる仕様になってた。
予めピンじゃ絶対攻略不可だろと思うボスに多数決で決定した面子のみで削り倒す鬼畜ルールを独自で決め、仲間の支援魔法を受けてから挑む。そりゃもうフルボッコと言わんばかりの叩きよう、どっちがボスだか分からないくらい悦に入り笑い声を上げながら叩きのめす馬鹿な奴等だった。
始めにバフ掛けまくって高みの見物決め込む戦友達の方が更に輪をかけた馬鹿だと断言しとくが。
その中で仲間の支援魔法を受けつつ削るのが多数決なのに何故か常に押し付けられる俺の仕事で、HPを気にしつつ技能とアイテムを駆使しし職人の如く削って削って削り抜き最も火力のある奴に止めを託すのが役目。
コツコツと今の自分に出来る全力で地道に削る仕事が仲間の役に立っているように思う俺の大好きな時間だった、少々納得いかないモノもあったが。
皆は今頃どうしてるだろ。
呼んでいるのにinしないと怒ってたりして。
帰ってinした瞬間、怒鳴られて強制レベルアップツアーに連れてかれたりしたらどうしよう…怖すぎる。
「よくも好き勝手にやってくれたな、小娘…」
血を這うような低温に我に返る。
いかん、また現実逃避してしまった。
ストール野郎が呟く言葉はまるで熱湯が煮凝りを起こしたように凝り固まっていた。
怨嗟、そう言って差し支えない。
もう現実なんて枠に捕らわれず素直に認めよう、その方が早い。
コイツは魔術師だ。
俺が知っているゲームの括りに限るが、その中でコイツは魔術師に当てはまる。結構レアな支援魔法が使えるとは驚きだが俺が出会った中では性質が悪い類に入る奴だ。
一撃で殺せる火力があるのにわざと威力を落としてなぶる、そんなプレイヤーがいた。コイツは同類に違いない。ニヤニヤしてるし仲間の怪我にも動じてないしな、次にとる行動はアレだろ。
相手するのはヤバそうだ、とっとと逃げよう。
「全く、お前ら訓練が足りてないな。こんな小娘に」
「仰りたいことは分かりますが待って頂きたい」
「なんだ。俺の言葉を遮るなど」
「女が逃げてます」
あ、気付かれた。
斥候野郎、余計な指摘しやがって!
ああいう傲岸そうなヤツは人に失敗あげつらって貶めるのが大好きなんだ、語らせてやってくれよ。その間に逃げるからさ!!
しかし上手く事は運ばない。
大剣野郎と両手剣持ちにまで追い付かれ振るわれる剣を避けるのに必死で森までたどり着けない。
あと少しなのにいいぃぃっ!!
「よくもやってくれたな、女あぁぁ!」
うわ、怖。
ブチ切れじゃないすか、大剣野郎さん。
力任せに振り回す大剣は柄を含めれば俺の身長と同じくらいで攻撃範囲が広い広い。逃げるにも飛びずさらなきゃ間に合わない、引っかけられれば骨ごと持っていかれそうだ。
両手剣2号も迂闊に近寄れず同時に斬りかかって来ないのが救いだが、避けるたびに移動を余儀なくされる。斥候野郎が森への進路を塞ぐせいで少しずつ森から離れてしまっているし、このまま避け続けるにしても体力がもたない。
俺はしがない事務職なんです!
息子の遊び相手すら青息吐息の女です、どんだけ運動させる気だゴラァァ!!
もうホント涙目。
荒い息を整えながら集中し過ぎて霞む視界をこじ開けつつ、剣を避けては奴等のいない方向へと身を移す。
けれど回り込んだ2号野郎の追撃を受けて舌打ちしつつ斥候野郎のいない方へと逃げれば大剣野郎が待っている、その繰り返し。
何このエンドレス。
俺はレイドボスじゃない!
荒い息を整えて剣の行方を追っていると耳が音を拾い内心で首を傾げる。
何処かで聞いた声だ。
つい最近森の中で聞いたような気がする。
「…やべっ」
朗々と響く歌のような祝詞のような言葉、あれ呪文なのか!
大慌てで距離を取ろうとしたところで肩に鋭い痛みが走る。痛みで動きが止まれば2号が剣を降り下ろし、避けきれずナイフで受けるはめになるが凌げるはずもなく、軌道だけは逸らせたが刃は途中で折れて最早使えない。
肩に痛みを与えたのは短剣。
斥候野郎は機会を狙っていたのだ、切り札と言える品なのだろう。
斥候が持つ切り札なんて最悪な効果が付いているとしか思えない。
薬か毒かの二択。
魔法って可能性もある。
遅効性なのか即効性なのか…痛い、痛い痛い痛い!
一番厄介なのはやっぱりお前だったか、斥候野郎おおおぉぉっ!!
肉に深々と食い込んだ短剣を取ろうともがくが触れるだけ激痛が走り、痛みと怒りに泣き叫ぶ。
こんな怪我、したことがない。
骨だって折ったことないのに。
初めての大怪我に痛みから逃れることに意識が集中し魔法が完成したことにも気づかず。
目の前に炎の塊が迫っていた。
迫る熱に本能で恐怖を感じ動く体は直撃を避けるが余波までは避けられず爆風に晒されて転げ回る。
体から零れ出し草を濡らす液体に気付く間もなく新たな炎弾が襲い更に飛ばされ転がされるがダメージが多すぎて最早まともな思考は残っていない。
這いつくばった体は小刻みに震えるばかり。
寒い、目が霞む、身体中が痛い。
ザアザアと煩い音がする、何で?
俺、今何してるんだっけ…?
「散々手こずらせてくれたが終わりだ、小娘」
辛うじて聞き取れた声に僅かに視線を上げると嘲笑う男が掲げる枝から一際大きな炎が放たれる。迫る脅威に対して身をかわすのは何度も繰り返された条件反射か本能か。
けれど幸運は何度も続かず、避けた先に足をつける地は存在しなかった。
落ちる。
朦朧とした意識の一部が足掻き壁面に両手の爪を突き立てるが、自重に耐えられる筈もなく立てた爪は壁面に刺さったまま指から剥がれていく。
手が壁面を擦るが赤々と濡れる跡を残し、もがいても突起に手を掛けることも出来ず赤く彩るのみ。
急激に速くなる落下を止めようとベルトの角を渾身の力で突き立てても、岩肌に長い長い線を描きながら徐々に砕けて…残るのは僅かな塊。
死ねないのに。
戻らなくちゃならないのに。
一人残したままで俺は終わるのか?
まだ小さいのに、独りで生きていけないのに、こんなところで!!
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁぁぁっっ!!」
絶叫の数瞬後、全身に広がる衝撃と同時に視界は闇に包まれた。
かぁちゃん、いない。
肌寒さに目を覚ますと何時もなら隣で涎を垂らして寝ている母の姿はなかった。
暖かくて柔らかくて良い匂いがして面白くて大好きなかぁちゃん。
母が居なければ胸の奥がきゅうって痛くて、あまりの寂しさに涙が零れる。
「…かぁちゃーん」
ボタボタと落ちる涙を拭いながら外を覗けば、お月様の光だけが地面を照らす暗い森。
「かぁちゃん、かぁちゃーん…」
真っ暗な森は怖くて母が渡してくれた光る珍しい石を両手で握りしめながら呼びかける声は涙声。
それでも控えめに呼ぶのは、何時もなら直ぐ戻って来てくれるから。
ひょっこりと戸の隙間から顔を出して「泣いてたのか?母ちゃん声が聞こえるトコにいるから大丈夫だって」と頭を撫でてくれるから。
何処でだって同じはず、かぁちゃんは呼べばちゃんと応えてくれるもの。
「うぇぇ…、かぁちゃぁーん」
必死で涙を堪えつつ何度も呼べば、森の奥でガサリと葉が擦れる音がした。
音がした方向をキョロキョロ伺うが母らしい姿はない。
何かがおかしい。
ひょっとしたらビックリさせよう思ってるのかもしれない、かぁちゃんは面白いことが好きだもの。
じーっと音がした方向を眺めていると次は後ろで砂利を踏む音がする。
やっぱりそうだ、かぁちゃんはいたずらっ子だなぁ。
「かぁちゃん!」
嬉しくなって笑いながら振り返れば。
十二の瞳が彼を睨み付けていた。
……………。
承認が得られませんでした。
プレイヤーは速やかに確認し、承認を行ってください。
……………Error。
承認が確認出来ません。
アップデートの必要性があります。
プレイヤーは速やかに通知を確認し、承認を行ってください。
Error。
承認を確認出来ません。
プレイヤーの承認が得られない為、更新データの蓄積と最適化を行います。
一定時間内に確認と承認が行われない場合、システムを移行します。
プレイヤーの権限に関わります、速やかに現在の通知を確認し承認を行ってください。
Error。
繰り返します、速やかに確認と承認を行ってください。
Error。
Error。
Error。
Error。
Error。
Error。
Error。
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