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1 絶景ですね、洗濯物が良く乾きますし本日も息子が可愛らしいです。

振り返れば、そこは絶景だった。


遥か遠くに霞んで見える山脈、雲海を突き破り朗々と佇む岩山、見渡す限り緑生い茂る木々。

空は蒼く澄み渡り雲ひとつなく燦々と照りつける太陽が眩しい。

今日もいい天気だ、洗濯物がよく乾きそうだー。














…て…いやいや、ない。

ないって。

なんなんだよ、これは。


「…かあしゃん」


しかも息子を伴ってとか、マジでないだろ…。


ぎゅっと左手を握るのは世界でたった一人の愛息子(まなむすこ)、途方にくれながら臨む景色はこれまで生きてきた場所と全く違うものだと認めざるをえないものだった。


だってアスファルトないもん。

ロープとか立て札とかさ、あるじゃん?

人が通った跡すらない。

いくら山奥って言ったって俺んちも山奥だったけど、ちゃんとあったぞ?


今朝も常と変わらないものだった。

眠い目を擦りつつ息子と自分の弁当と朝食を作って息子を起こし支度させて、バタバタしながら幼稚園まで車で送って手を繋いで門をくぐったとこだったんだ。

全然いつもと変わらないはずだったのに門閉めて振り返ったら目の前に広がってたのが見慣れた園庭じゃなく絶景って、どうよ?

いや、誰に聞いてるか自分でもわかんないんだけどさ…。


くんっ、と手を引っ張られる感覚に今朝の出来事を反芻している場合じゃないと我に反った。


まずは不安げな息子を安心させてやらねば。

他の事は後々考えよう、と得意の問題の先送りを試みる。

まあ、先送りしなくても今出来ることは僅かしかないのだが。


ひとつ頭を撫でてから周囲を見渡してみる。


十数歩先は切り立った崖のようだ、景色が切り取られ眼下に森が広がっている。

背後には雑木林、空は青いから暫く雨の心配はないだろう。

周りに門や路上駐車したはずの車はおろか人影すら見当たらない…これは覚悟を決めた方がいいだろうな。

来た時と同様にすぐ戻れるとか戻る方法を探すとかの観念に固執していると何もしないまま死んでしまいそうだ、まずは現状の説明から始めよっかな?と息子を見下ろす、本日も実に可愛らしい。


「虎、どうやら母ちゃん達は遭難したようだ。」

「そうなんって、なぁに?」


うむ分からないか、当然だな!

長い睫毛に縁取られたクリクリの大きな瞳を真っ直ぐに向け、素直に疑問を口にする息子に頬が弛む。

とてつもなく愛らしい息子は5歳にしては破格の読書量を誇る自慢の子だが絵本での話だからな、言葉が難し過ぎたか。


「迷子は分かるよな?」

「うん」

「迷子は家に帰れるが遭難は家に帰れないかもしれない、迷子のもっと大変版だ」


キョトンとした顔も大変可愛らしいな、息子よ!

返答を吟味したであろう息子は暫く視線を宙にさ迷わせ、やがて首を一つ二つ頷かせる。


「大変なんだね~」

「動じないな。流石だ、愛息子よ」


実にのんびりとしたものだった、全く危機を感じていないようだ。

まあ実際俺達の家の周囲も数件の家はあったが過疎化が進み無人ばかり、人の住む隣家に向かおうと思えば1kmは歩かなくてはならず、昼間のみ活動する年寄りばかりで夜くらいしか家にいない俺達が会うこともなく似たような環境だし慣れているかと問われれば慣れてると言える、俺もそうだし。

むしろこんな状況、一人でなくて良かったと言えるだろう。

息子一人で放り出されたら訳もわからずさ迷って終わり、俺が放り出されても残された息子は同じ運命を辿ることになる。

俺も俺で息子がいなかったらパニックになってただろうし帰ることに固執していたかもしれない。

二人一緒だったのは運が良かった、うん。

息子がいればここが何処だろうと生きていくのに不都合など何もないしな、手を繋ぐのが当たり前と教えといてホント良かった。


「さて息子よ」

「なぁに、かぁちゃん」

「まずは持ち物の確認といこうか」

「僕幼稚園鞄と水筒持ってるよ~」

「流石は虎、仕事が早いな!」


既に確認済みとは母ちゃん出遅れましたよ!!

両肩にかけていた荷物を下ろし中身をチェックしようとして鞄の隣に光る石が落ちているのに気が付いた。


なんぞ、これ?


拾い上げてじっくり観察してみる。

手のひらに収まる石は半透明で薄ぼんやりと輝き熱くはない。

俺達が立っていた丁度真下に転がっていた?

なんか、怪しい…。

とは思うものの何か分かるはずもなく持ち物に加えておく。


「えっとー弁当、水筒2本ー、財布にスマホと携帯とー…」


水分は買わずに持ち歩く、貧乏だからね!!が信条、1日分の水分は確保だ。

キャンペーンで機種代無料になるからと2台持ちにした携帯も圏外、スマホは常にオンラインで要請が来たら即叩けるようにしていたゲーム画面が開いたまま。

そう言えば園直前に通知が来てたな。

宛名は運営からだったし戦友からの要請だと思うが無事倒せただろうか?て、そんな状況じゃないか。

電池式充電器もあるし暫くはライトがわりに使えるな、電源切っとこ節約節約。


他にも出るわ出るわ細々とした物品、伊達に常日頃から重い思いして持ち歩いてはいない…シャレじゃねぇよ?

ホント重いんだからな!?

今日は会社で親睦用に小袋お菓子配ろうとしてたんだった、三袋もある!

食い物は少し安心出来るな。

ノート数冊やペン類、煙草にライター…火もつけられるじゃん?

不経済だから禁煙しようと思ってたけど今回ばかりは誉めてやるぞ、俺!

強制禁煙決定だがな!!

ハンカチ、ティッシュにガムテープとお尻拭き、息子の着替え一式とお昼寝布団に…無駄に荷物多いな、俺。

何考えて入れてたのか不思議だが俺の事だからどうせ出すのが面倒でそのままポイポイ入れてたんだろう、反省&もし家に帰れたら次回からはトートバッグじゃなくハンドバックくらいにしとこうと無駄かもしれんが心に決める。

パタパタと制服を探ればズボンには息子用おやつ飴の小袋が数個、ベストにはメモ帳とペンと大振りのカッターナイフ。

配達も兼ねた現場と事務の混合職で良かったと心底思う。

身を守る物が有るのと無いのとでは心の持ちようが格段に違うからな。

他にもあるが目ぼしい物は以上か?

出来ればロープとか欲しかったが流石にズボラな俺でも入れていなかったようだ、残念。


ズルリとナップサックを取り出して荷物を移動させていく。

両手は空いた方がいい、何があるか分からないし息子を抱えて走ることも想定しておいた方がいいだろうな。

このナップサック?

買い物時のエコバックは息子の食生活を守る者としては必須ですよ?

袋、有料なんだもん、ちくしょうめ!!


以前買い物でうっかり袋を忘れ袋代数円を支払った記憶を思い出し若干苛立ちを抱きつつ詰め終え、きちんと息子と手を繋ぎなおして改めて周囲を見回した。

周りに生活できるような場所はない。

小屋があればいずれ人も来るだろうから万々歳だったんだが洞窟や洞穴もない。

何より水場がないから、この場には留まれないな。


次に確認するのは眼下に広がる森。

随分広い森らしいが遥か先には草原があるようだ、あそこまで出られれば人に会えるかもしれない。

てか人家と思しき建物すら影も形も見当たらないって、どうなってんだよ。

森の一部に数本、線のように木々が分かれている部分がある。

あれは川かな?

あそこまで出れば水は確保できるな。

あとはソコまで下るルートを確保出来れば何とかなりそうだと息子と共に崖の近くをウロチョロし、時折息子を待たせて崖近くの木に掴まりながら真下を覗き込んだ。

すると崖の真下あたりから僅かに煙が上がっているではないか。


おお…ついてるかもしれない。

下に人がいる可能性がある、ひょっとしたら炭田層による自然災害の前兆かもしれないが可能性は0じゃなくなった。

居るうちに着けるとは全く思っちゃいないが人が火を起こしたなら近くに集落があるはず。

最悪無くても人が通った跡くらいはある、草木を分けた跡とかさ。

雑草生い茂る中を進むのは雪原並に体力を消耗するし蛇とか有毒生物を避けようにも視界が効かない、それだけでも大いに助かるってもんだ。

炭田層だったら即水場に逃げなきゃならないし確認しといた方がいい。


「よし、虎。まずはこの崖の真下を目指すぞ」

「あい、かぁちゃん」


ビシッと敬礼の真似っこをして見せる息子、ラブリー。

本日も癒されました!


と彼女は口許を綻ばせた。

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