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亡霊(ゼーレ)と白い花  作者: ネジか。
2/3

序章:白い花は遭遇する

スラム街へ単身調査しに足を運んだラースは、今期最大の苦難に直面していた。


「・・・・・・おいヘルメス、マドレーヌを出せ」


 息を乱すこともなく、整備の行き届いていない建物と建物の間に身を潜ませる。人一人が通れるほどの細い通路で、ラースは誰とも面を合わせずに話しだした。眼前に晒されているのは古びた建物の壁であり、直結している広い歩道では逃げ惑う人々の姿が確認できるが、ラースと会話をする者はいない。

 少なくとも、視覚で確認できるものでは。

『お? ラースじゃん。どうしたんだよ?』

 待つこと数秒、ラースの脳内に直接語りかける少年の声が聞こえた。相変わらず頭の悪そうな笑い方をするあたり、軽薄な部分は一生治りそうも無い。ラースは溜め息混じりに、しかし淡々と用件だけ述べる。

「早急にマドレーヌと繋いでくれ。緊急事態だ」

『ええ・・・・・・なんでだよ』

「うるさいさっさとしろ」

 説明せずともお前になら分かるだろ、と口を挟みたくなるのを堪え、ヘルメスとの会話を避けた。ものの数秒で脳内に響く声が少年のものから成熟した女性のものへと変わる。

『はい、こちらマドレーヌ。どうしたの?』

「百四十三番D区でアンチテーゼが発生。過激派が動く前に蹴りをつけたい。至急応援を寄越してくれ」

『了解。けれどあんたも分かっているとおり戦闘部隊全員が出払っている今、それなりの腕を持つ人間は限られている。例え集められたとしても二人が限度よ』

「十分だ。助かる」

 寧ろこの最悪な状態で良く配慮してくれていると思う。青友会の上に立つ穏健派で現在本部に居るのはマドレーヌだけだ。彼女が敢えて本部に残っているおかげで過激派の動きを封じることができている。死亡、負傷共に民衆に被害が広がっているのは確実だ。過激派が気づき、状況を更に悪化させるだろう方法を取ることは火を見るより明らかである。だからこそラースもどうにかして仕留めなければならないのだが。

『ところであんた、無線機はどうしたの? その地点からだと通じるはずだけど』

『どうせ餓鬼どもに絡まれて壊しちまったんだろぉ? 本当、変なとこで弱ぇよなお前』

「うるせぇ毟るぞ」

 マドレーヌとの会話に突如笑い声を上げたヘルメスを軽く罵る。元々この区間の人々と顔見知りだったこともあるのだが、何故かラースは子どもに好かれやすかった。今日も調査がてら餓鬼の相手をしていた途中、はずみで小型無線機を壊してしまい、このようにヘルメスを通じて連絡を取らざるを得ない状態になってしまった。要するに、ヘルメスの言っていることは事実であり、図星でもある。

 ラースはコートの釦を外し、黒の軍手をはめ直して気持ちを切り替えた。腰周りにあるワイヤー装置は今のところ安全に機能する。頑丈な革のコートで隠されていたレッグホルスターが空気に晒された。右腿にはS式1911、左腿にはコルト式ウッズマンが静かに収められている。他の装備品としてはコートの裏に備えられたレミントン式M1858、ワイヤー装置の内側に隠されてあるナイフ、腰に提げた刃渡り五十センチの剣の位置を確認すると、左のホルスターからウッズマンを引き抜いた。スライドを引き装填し終えると構えの姿勢を取り大通りへ視線を向ける。首を伸ばし対象を確認するとすぐに体勢を戻し、身を隠した。


 怪物と呼ばれる人間の成れの果て、アンチテーゼ


 自分の能力に体が耐えられず、身体又は精神に異常をきたした者を青友会はそう呼称している。未だに原理は解明されていないが、アンチテーゼは人その他あらゆる生物へ危害を加え、破壊する行動を取るらしい。実際、ラースが経験上見てきたアンチテーゼは大方殺人衝動や破壊衝動を持ち、尚且つ自我を失っていた。稀に正気を保ったまま能力の暴発を起こした者もいるが、意識がある分相手どるのに苦労した覚えがある。今回のケースはいつもどおりの「虚無型」で、自我が存在せず、ただ衝動に任せ動いている状態だ。

問題は、対象の能力とラースの実力がほぼ見合っていないことにあった。

対象はどうやら自らの筋肉、骨格に何かしらの作用を与える能力の持ち主であったのだろう。能力の暴走により背丈は凡そ三メータに増大し、筋肉は盛り上がり肉団子のようになっている。硬度はどの程度増しているのか予測できないが、拳一つで歩道が使えなくなっているのを見ると相当の腕力を持っているようだ。元の容姿がなくなってしまうほど膨れ上がった身体は、走る体勢を維持できないものの普通の人より何倍もの脚力と歩幅を持つ。

それに比べ、ラースの戦闘能力は他の隊員よりも劣っていた。

射的精度は申し分ないと自負しているが、生かすための身体能力は最小限度のものである。細い腕に華奢な体幹は、どんなに鍛錬を積んでも逞しくはならなかった。元々筋肉のつきにくい体質だったのだろうが、体躯だけみると女と間違えられても仕方が無い。否、それより最悪なのかもしれない。女はもっと肉付きがよく、必要な機能を備え付けている。愛想が無く、声がしゃがれていることが唯一の救いか。

「マドレーヌ、何分持ちこたえればいい」

『そうね・・・・・・多く見積もって五分かしら。できれば仕留めてもらいたいのだけれど』

「残念だがそれは専門外だ」

 まずは肉体の硬度を検証する必要がある。手持ちの中でも威力が低いウッズマンでまずは様子見といったところか。身体の力を抜き、大通りに身を躍らせようとした。しかし素っ頓狂なヘルメスの声に、足を固めてしまう。

『あっ、待てよラース!』

「うるさいお前に構っている暇は無い」

 苛立ちを抑えきれず喉を絞り、舌打ちした。ヘルメスは珍しく慌てたように、だが相変わらずのひょうきんな調子で告げる。

『まあまあ落ち着いて聞けって。実は俺、今本部に帰ってるとこなんだ』

「本部に? お前も遠征組だろ?」

 素直に驚いた。

 ヘルメスは会長直属の隊員である。全ての情報と嘘を司るとされている神の力を持つ『伝説』そのものだ。無線機の役割さえ果たす彼の力はその為に重宝され、それと同時に忌み嫌われる存在でもある。遠征等の理由で穏健派主力部隊が本部から離れる場合は彼を通じて連絡をとっているのだ。今回も例に漏れず最後まで会長達と行動するものだとばかり思っていたが、違ったのか。

『ちょっとした任務でね。遠征組からは今は離れている。面白い獲物、見つけてきたぜ』

「面白い獲物?」

『ああ。お前が好きそうな奴連れてきた』

「長ったらしい話は後でいい。回線は繋いだままにしておけ」

『え? あっ待てよラース!』


 最後まで話聞けよ! という叫び声を振りほどき、大通りに身を滑らせ対象に銃口を向けた。

 スラム街は元々整備が疎かで、薄汚く、全く持って「成っていない」のだが、それでも生きるために生まれてきた人がいることを知っている。それらの足を掴み、地に叩きつけ、頭を割り、原形を無くそうとしている相手を放っておくわけにはいかない。否、本当はそんな正義感等持ち合わせていないのだが、青友会の隊員としての基本的な任務に組み込まれているのだから仕方が無い。本音を言ってしまえば書庫に閉じこもって文献を読んだり、「伝説」に関する土地を調査したりしていたい。切実に。

 左手で銃を支え、姿勢を保ちトリガーを引く。発砲する際の基本的操作だ。ラースは基本と呼ばれる所作を隙無く行うことに優れていた。発砲音の後、対象は苦しげに呻き、ぐぐぐ、と喉から汚らしい声を吐き出す。右肩に命中したようだ。銃弾は分厚い皮膚に食い込み、血管には達しなかったが痛覚は持ち合わせているようだ。助かった。仕留めることは不可能だが、気をこちら側に逸らすことはできそうだ。

「お前ら! 建物に入れ!」

 立ち竦み、泣き喚いている女子どもを怒鳴りつける。腰を抜かした老人やこの騒動で負傷した住人を目にして自分の舌を噛み千切ってしまいたかった。だから早急にと言っただろうが。あの糞ちび。

 血管の切れそうな苛立ちの中、背後から声がかかる。

「俺がみんなを連れていく」

 この声の持ち主をラースは知っていた。スラム街で子ども達と絡むとき、毎回端のほうでこちらの様子を伺っていた少年だ。名は確か といったか。年齢の割に落ち着いた物腰と哀愁に揺れた双眸が印象的な人物だった。

 足取りのしっかりした少年が視界の端で住人を誘導しているのを確認し、前へと足を運ぶ。距離を多少なりとも縮めるつもりだったのだ。まさかそこで自分に向かって突進してくるとは。一か八かで姿勢を低くしそのまま前進した。相手の股間の下を掻い潜る。対象は建物と衝突する前に動きを止めた。そこを見図った後一発放つ。二発目はどうやら背中の中部に当たったようだ。息が漏れた。最悪だ。予想はしていたが、こんな肉弾戦は本当の本当に専門外だ。

 う、う、と、犬の鳴き声のような発声をし、ラースに肉で膨れた顔を向けた。銃で致命傷を負わせられないとなると、刺突用の武器で心臓を一突きするのが有効か。しかし、残っている隊員の中でそのようなことが可能な人間はいるのだろうか。少なくとも自分の知る限りではいない。やはり能力の使用が一番確実性の高い方法か。幸運なことに、対象は直線的な運動で力を発揮するが、振り向く等の動作の転換は苦手らしく緩慢だった。慣れた手つきでウッズマンを収め、代わりにレミントン式M1858を手にとり装填し終わるまでの時間を所有できる程度には。

 突進してくる直前に一発顔面に放った。弾は頬を抉ったが、構わずラースに向かってくる。足には自信があったが、この速度についていけるほどラースは人外では無い。コートを脱ぎ取り、宙へ離し後退した。風の向きと強さを踏まえた結果の行動だった。天へ放った黒のコートは案の上風に煽られ、対象の顔面に覆い被さった。単純な行動しか取らない相手だからこそ通じる目くらましだ。初めからコートは捨て去る予定だった。その分身軽になり、ワイヤー装置も扱えるようになる。勿論、戦闘部隊のように殺人器具として使うことなどできはしないが。

 相手がコートを剥ぎ取ろうともがいている間に、住民達が逃げ込んだ方向とは反対のほうへ駆け抜け、比較的階数のある建物の近くへ退避する。建物と建物の間、対象が入るほどの通路の前に立ち、再び銃を構える。頑丈なコートを引き裂いた瞬間発砲した。予想通りこちらへ向かって前進してくる。ラースは通路へ身を翻し、行き止まりまで走りぬいた。膝を使い停止ざまに振り返ると、建物にぶつかりながらも向かっているのが見えた。距離は凡そ五メーテ。ここぞとばかりにワイヤー装置の操作を行い、上空へワイヤーを伸ばす。三階の窓付近に突き刺さった杭を確認せず、地面を蹴った。空中浮遊をしたその勢いで窓を割り、侵入する。この建物は確か誰も住んでいないはずだ。自慢の腕力で登り始めた対象を卑下の色を濃くした目で見下ろした後、駆け足で階段を探す。たとえ対象が登りきったとしても、あの窓からの侵入は難しいだろう。建物を壊そうと躍起になる可能性がある。このスラム街の建物は特に老朽化が進んでおり、非常に脆い。崩れる危険性もある。なるべく迅速に行動する必要があった。

 近くの部屋で、老婆と年端もいかない少女の影を見るまでは。

 息が、詰まった。

「・・・・・・おい、何故ここにいる」

 寝台で上半身だけ起こしている老婆は、少女を守るかのように腕で抱きしめていた。

 ラースの調査では、この建物に人は住んでいなかった。実際に足を運んで確認したのだ。だからこそ、この状況をすぐに飲み込むことはできなかった。そういえばこの部屋のドアは開かなかった。立て付けが悪いのだとばかり思っていた。まさか鍵穴が機能していたとは。

 毛布から見える老婆の足の状態は芳しくないものであった。足が悪いのだろう。ここで自らが背負い、安全な場所まで避難させる方法もあるが、ラースは既に自分のことだけで手一杯であった。まだ辛くはないが息も少々上がっている。この状態で老婆を担げば対象を後に相手取ることができるのか不安があった。自分が下の階につくまでの時間、ここが持つのかさえ分からない。

 ――嗚呼、今日は厄日だ。

 ラースは考えることを放棄し、腰から剣を抜く。ハンガーと呼ばれるこの獲物は主に断ち切り用として使われるが、刺突剣としても扱える便利な代物だ。戦闘ではなく狩り等日常生活で効果を発揮するものだが、その扱いやすさが気に入っている。これをまた使い物にならなくするのかと感慨も無く思いながら駆け出した。侵入した窓へ向かい、窓縁に足をかけワイヤーも使わずに勢いよく飛び降りる。

 建物にしがみついていた対象の顔面を踏みつけ、両手で剣を握り左頬に突き刺した。

「っ、ああああああああああああああああああっ!」

 自らの声とは思えない咆哮を上げ、全体重をかける。皮膚は分厚く、その硬さに剣を持つ手が異様なほど震えていたが、銃弾より深い傷を負わせられたようだ。血が傷口と剣の隙間から噴出している。頬骨に刃があたり、ごりごりと骨の削れる感触がじかに伝わってくるが、それに怯む余裕は無かった。

 失敗した。

 予定では額に差し込むはずだった。これでは脳を傷つけられない。致命傷を負わせられなかった自分は死んでしまうだろう。地を這う蟻が踏みつけられるように、完膚無きまでに潰されて、死んでしまうのだろう。

 視界が揺れた。対象が激痛に堪え切れず、頭を激しく回し始めたのだ。腕力も握力も無いラースは、その遠心力に負けた。剣の柄から手を離され、細身の身体は空中に飛ばされる。大通り側に飛ばされたのは不幸中の幸いか。この速度と高度では受身を取る前に骨が折れてしまう。それでも相手に向かわざるを得ないラースは歯を食い縛り覚悟を決めた。地に衝突する寸前でも目を閉じることはしなかった。


 だからこそ、黒い亡霊を見逃さなかった。


「・・・・・・!?」

 背中に何か接触したと思うと、途端に堰が止まらなくなった。気管が詰まった。衝撃による反射だ。筋肉質な腕がラースの身体を支えている。どうやら吹っ飛ばされた自分を受け止めたようだ。静かに下ろされた足は思いの外酷く震えている。肩を抱きこまれ、瞳を覗かれた。

「大丈夫?」

 どこかで見たことのある顔だった。黒檀の髪は伸ばし放題にしているため瞳は見えなかったが、よく知っている色だ。金の、手の届かないほど上空にある太陽の眼。何故知っているのかは分からない。人の温もりを感じさせない顔立ちは美しいようで歪んでいて、捻くれているようで綺麗だった。俺は知っている。この男を知っている。だが大事な記憶に靄がかかっていてよく見通せない。帰る故郷など無い癖に、望郷の念と寂寥感と・・・・・・そして確かに、温度を保った情がこみ上げてくるのを感じた。それは安堵を通り越した苦痛でもあった。

 性を感じさせないその中性的な人物は一瞬目を見張ったが、すぐさま不器用に微笑んでみせる。背丈がラースよりも幾分かあるため若干見上げなければならない。空に映える笑みだ。

「俺が行こう」

 発されたのは確かに男のものであったが、女性の柔らかさを内に秘めた声だった。ラースを支えていた腕を静かに離し、剣が刺さったまま歩みを進める相手に対峙する。禄に手入れもしていないだろう長髪を靡かせ、飄々とした出で立ちで歩み寄った。黒い亡霊と見間違えたのはあの無造作な髪のせいか。

 決して良いとはいえない品質のマントから見えた腕は筋肉がついていたが、生白く、華奢だ。到底相手を打ち負かすなど出来そうにもない。それでもその後ろ姿は怖じず、背を伸ばしていた。

「手慣らしにはちょうどいいかな」

 対象が再び突進を始めた。あの様子だと前よりは体力の消耗が目立っているが、ラース自身の力はまだ及びそうもない。そのために、不思議な人物がとった行動に驚きが隠せなかった。

 駆け出したのだ。真っ直ぐ、迷わずに。

 先ほど運任せに正面を切ったラースとは違う。明らかな意図を持って、その華奢な足は前へ進んだ。対象と接触する直前で人間業とは思えない跳躍をし、首を足で締め上げる。肉の塊である顔が更に拉げた。息ができず、もがいている。どれほどの力で締めているのかは理解できた。ただでさえ体力的に諦めたくなる相手だったのだ。あの皮膚の内側にどう傷をつけるか苦労した。だからこそあの人物の身体技と馬鹿力には目を見張るものがある。光景を呆然と眺めていたラースの隣に、一人の小柄な影が並んだ。

「だから人の話は最後まで聞けって言っただろ?」

 白い羽のついた帽子と靴を着用しているヘルメスが不敵に笑う。一見十三から十四の成長期にある少年に見えるが、その実際は不老である『伝説』の一人だ。ラースよりもずっと先を見通した考え方のできる先輩である。愉快そうな仕草をする少年らしさとは対称的に、狡猾の光を宿した目は何を映しているのか知ることなどできない。それでもラースは長年行動を共にしている彼を信頼し、尊敬している。

「あいつを保護する任務にずっとついていた。こっちに来ないかって暫く交渉を続けていたんだが、この前やっと返事をくれたんだ。なんとかってところだな」

「珍しいな。あんたがそこまで苦労するのは。交渉やらなんやらは得意なんじゃなかったのか?」

「いや・・・・・・まあ、いろいろあってだな・・・・・・」

 俺の力が及ばない奴だっているさと、悔しげに呟いているところをみると相当梃子摺っていたようだ。となるとあの人物は『伝説』である可能性が高い。これが興味深い案件であることは確かだ。そして自分が今まで感じてきた以上に惹かれているのも事実だった。

 目の前で人間離れした身体能力を持つその人物は、自分の体を捻り潰せる手を翳した相手の首から足を離し、音を立てずに着地する。動き全てに重力がかかっていないような軽さだ。対象は空中を掴んだ右手をそのままそちらへ振り下ろす。必要最小限の動作で避けると、街道に埋まった手に飛び乗り腕を伝った。速い。肩辺りで跳躍し、その反動で対象の頬を足で蹴る。まるで羽のような軽さだ。確かにそう捉えられるのに、星と星がぶつかる音が聴こえた。首の骨が折れた音だった。本当にただの肉の塊と化してしまった存在が崩れ去るより早く地に足をつけると、何事も無さそうな素振りで此方に振り返る。自分の力で倒したというのに、誇示せず淡々とした表情をしていた。ラースとの視線が合った瞬間、瞳を歪ませたのは錯覚だろうか。望郷の念に駆られた顔つきだった。

「・・・・・・な? お前の好きそうな奴って言っただろ?」

「・・・・・・ああ」


 返事をする声が上擦った。これほどまでに高揚し、――形容し難い感覚に囚われたのはいつ以来だっただろうか。




「・・・・・・非常に、面白い」





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