第四話 バザーにて
ロッテの予想した通り、魔力の移動はライセン市付近で停止した。魔結晶の補充で時間を取られた俺たちは、結局、街にたどりつくまでに魔力の発生源を捕らえることができなかった。魔力の発生源に一時間ほど遅れて、俺たちはライセン市の市街地へと到着する。
「でっかい街だな……」
丸みを帯びた未来的なフォルムのビル。それが視界いっぱいに立ち並び、その合間を曲がりくねったハイウェイが走っている。俺たちはそのハイウェイの下を走っているが、横に並ぶビルのせいで広いはずの空が少し狭く見えた。道の脇の歩道は通行人でいっぱいで、ざっと見ただけでも数十単位で人が居る。
「人口七百万人の大都会だからねえ。千年前にはこんな街なかったでしょ?」
俺の方を見ながら、どうだと言わんばかりに胸を張るロッテ。グレープフルーツほどの膨らみがぽよんッと弾む。ちょっとばかり眼福だ。
「王都でも十万ぐらいだったからなあ。比べ物になんないや。元の世界だと、これぐらいの街もあったけど」
「そういえば、勇者殿は異世界の出身だったな」
ユキノが思い出したように口を開いた。俺は云々と頷く。
「ああ。今のこの世界によく似た感じのとこだな」
「へえ、だから千年前の人なのに適応がやたら早かったのね」
ロッテが納得したようにポンっと手をつく。そりゃ、モノホンの中世人ならこんな世界にあっさり適応できないよな。俺が普通に車とか探査機とかを理解しているのは、日本での生活があってこそである。
「まあ、それでもわかんないところとかあるだろうから、街に居る間は私がついてくわ」
「ありがと、助かる」
「お金とかのこともあるしね。よろしく」
しばらく市内を進んでいくと、やがてビル街を抜けて緑地の多い地区へと差しかかった。建物と建物の間が広くなり、その隙間を緑が埋めている。その緑地の一角にあった小さな駐車場に車を止めると、俺たちは魔探を手に外へ出る。
「もう少し行くとバザー会場だけど、ここからは手分けしましょう。ユキノ、一人で大丈夫?」
「もちろん、タカハシのことを頼む」
「任せて。それじゃタカハシ、一緒にいきましょうか」
「ああ」
先を行くロッテが手をぎゅっと握りしめてきた。いつか握った姫巫女の手よりもずっと柔らかい気がする。姫巫女に比べて、鍛えてないからだろうか。俺はその感触に何とも言えぬ心地よさを感じながらも、彼女に連れられて街へと繰り出したのであった。
◇ ◇ ◇
車を止めた場所から五分ほど西へ行くと、そこには広大な空き地が広がっていた。その端が見えないほど広い敷地に恐ろしいほどの数の露店が立ち並び、シートの上に商品をずらりと並べている。その露店と露店の間を数え切れないほどの人が行き交い、あたりは混沌とした様相を呈していた。日本で言うところのコミケとかそんな物に近い雰囲気だ。
「すっげー人だな。こりゃ、探し出すのに骨が折れるぞ」
「だから来たくなかったのよ。タカハシ、離れないように気をつけてね」
「そういえば、俺の名前って『タカハシ』でいいのか?」
俺は周囲の人間に聞きとられないように、そっとロッテに耳打ちした。これでも俺は、この大陸を救った勇者だ。身分がばれるといろいろとまずい。
するとロッテは、ああっと軽い調子で頷いた。そしてポケットから一枚の紙を取り出す。
「それなら大丈夫、タカハシって人間は大陸中に百万人ぐらいいるから。それに今は小さくなってるし」
「そうは言ってもな、あんまりに過ぎてると……」
「大丈夫大丈夫、これ見てよ」
「どれ……う、うわァ……!」
ロッテから渡された紙はお札だった。左上と右下に額面が書かれており、中心には楕円型の透かしが入っている。そのお札の左側にある肖像画が、なんと俺だった。聖鎧に身を包み、聖剣を高々と掲げている俺の姿がはっきりと描かれている。
しかし、お札に描かれている俺の姿はかなり実物とかけ離れていた。プリクラか何かで、補正をフルにかけたような感じだろうか。実物より目が一回り以上大きくなり、キラキラと輝いている。鼻も高く通っていて、大きめの口も小さく補正されていた。かろうじて俺の原形をとどめているが、もしこれを証明写真とかで使ったら詐欺だと言われることだろう。それぐらいには違う。
「全然違うでしょ? だからあんたがタカハシって呼ばれたところで誰も勇者だなんて思わないわよ」
「……確かに思わないだろうけど、正直、こんなお札使ってほしくねーわ」
「…………気持ちは察するわ。さてと、気を取り直していきましょ」
ロッテは強引に話題を切り替えると、俺をその場から連れ出した。俺たちは真理の書を発見するべく、魔探の反応に従って露店を探していく。真理の書はその名の通り本なので、本を扱っているところを中心にしらみつぶしに店を回って行った。
そうして数時間があっという間に経過し、日が傾いてきた。だがいっこうに真理の書らしきものは見つかっていない。それどころか、それらしき本を見たという人間すら見かけなかった。ここまで来ておいて、手掛かりほぼゼロである。
「まずいわね……」
「もう少し、魔探の精度は上げられないのか?」
「できないことはないけど、それをやると他の小さい魔力まで感知したりしていろいろ厄介なのよ」
肩を落とし、駄目だとばかりに手を上げるロッテ。俺たちはほうっとため息を漏らすと、夕暮れのバザー会場をゆっくりと元来た方へ戻っていく。するとここで、視界の端に見慣れたポニーテイルが見えた。何故か和服を着ているが、どこに居てもはっきりわかるそのふくらみは間違いなくユキノだ。
「ユキノ! こっちこっち!」
「今行く!」
袴を翻しながら、こちらへと走ってくるユキノ。着慣れているのか、緋色の着物をまとい腰に刀を差したその様子はとても様になっていた。しかし一方で、ロッテは彼女に訝しげな視線をぶつける。
「ねえ、ユキノ? あんたそんな着物持ってなかったでしょ」
「いや、限定ものだからつい衝動買いしてしまってな。凄いんだぞこれ、胸元の部分に伸縮素材が採用されていて――」
自慢げに語り始めるユキノ。その長さにあきれたのか、途中でうんざりしたようにロッテはため息をついた。するとユキノの方も語りすぎたと悟ったのか、話を切り替える。
「あー、すまなかった。つい、話過ぎてしまった」
「別にいいわよ。はあ……それで、何かしら成果はあったんでしょうね?」
「ああ、ばっちりだ!」
ユキノは腰に手を当てると、思いっきりいい笑顔をしながら親指を上げた。しかし、その自信満々すぎる態度を怪しく思ったのか、ロッテは眉を寄せる。
「それ本当? いまいち信用ならないわね」
「もちろん本当だ。せっかくの着物をくしゃくしゃにしたくなかったから、人の少ない場所を選んで歩いていたらゴロツキどもに絡まれてな。逆にそいつらを締め上げて、情報を聞き出したんだ。どうやら、おかしな本を持ったエルフの奴隷がこの町に来たらしい」
「奴隷? 奴隷制度なんてもんがあるのか?」
俺は驚いて、声を上げずにはいられなかった。この世界に奴隷制度なんてものなかったはずなのに。発展したら逆に奴隷制度ができちまったのか?
俺が驚いたような顔をしていると、ユキノは苦笑した。彼女は顔を赤らめて興奮してしまっていた俺に、少しおどけるような口調で言う。
「もちろんそんなもの表向きはないさ。けど、取り扱う奴らはいるんだよ。世の中何でも商売になるってことだ」
「ちッ……胸糞悪いな」
「そんなことより、その奴隷はどこへ行ったの? ちゃんと聞きだしたわよね?」
「もちろん。すべてちゃんと聞きだしたさ。だがその行き先が、少し厄介でな」
ユキノは少し言葉を濁した。なにやら、厄介事があるような気配だ。しかし、ロッテはそれに構うことなく彼女にさらなる情報を催促する。
「どこなの? 場所によってはすぐに準備にかからないと」
「……闇バザーだ。しかも、最悪の連中が管理してる」
「誰よそれ? ヤクザ、マフィア? それともテロリスト?」
「ヤクザだ。この町の人間なら、名前を聞いただけで腰を抜かすほど恐ろしい連中らしい。名を…………ひまわり組という」
「はッ?」
「へッ?」
俺とロッテは、揃って腰を抜かしたのだった。違う意味で。