エピローグ
結局、俺が那乃夏島で学んだのは、極々当たり前のことだった。
空は、いつも俺たちの上に広がっているということ。時間は、止まることなく流れ続けているということ。美味しいものを食べれば幸せになって、悲しくても嬉しくても涙は流れてしまうということ。俺たちは普通に生きていて、そしていつか普通に終わるときがやって来るということ。
そんな当たり前すぎて、もし他人に教えてあげても全然感心してもらえないようなことを、俺は那乃夏島という不思議な世界で教えられた。
別に俺は、先生ぶってそのことを言いふらそうとは思っていない。
そもそも俺が教えられたことなど、ほんの少しの切っ掛けさえあれば、誰だって思い出すことの出来ることだからだ。
そう、みんな、本当は知っているはずなのだ。
――自分たちの真上を飛んでいる、ナイーブなクジラの姿を。
――ちょっぴりエロい三毛猫の持つ、懐中時計の音を。
――毒舌な天使のオネーサンの頭上にある、天使の輪っかの輝きを。
――魂をそっと撫でてくれる女神さまの、小さな手のぬくもりを。
そしてみんな、きっと思い出せるはずなのだ。
――自分が、今、生きているということを。
それさえ思い出せれば、きっと毎日が今まで以上にキラキラしたものになるだろう。
那乃夏島でなくても、世界は優しいのだから。
俺はそう思う。
あまり長々と話しても仕方がないので、最後に一つ話をして終わろうと思う。
イノチノシズクについてだ。
世界で一番綺麗だというイノチノシズクだが、それがどんな花なのか、確か俺は一度も説明していなかったはずだ。もしかしたら気になっている人もいるかもしれないので、最後にイノチノシズクがどんな姿をしているか説明して、俺の話を終わろうと思う。
とはいえ、ホントのことを言うと、わざわざ説明するまでもないのだが。
実はイノチノシズクは、割と見慣れた花なのだ。
誰だって一度以上見たことがあるはずだし、もしかしたら一日に何度も見ている人だっているかもしれない。
もし心当たりがないという人がいたら、暇なときにでも俺の言うようにしてみて欲しい。
まず大きく深呼吸し、世界の優しさに身を委ねる。
太陽のまぶしさとか、風のくすぐったさとかを感じたら、自分の胸に手を置き、チクタクという鼓動の音に耳を傾ける。そして最後に目を閉じる。
どうだろうか?
たぶん、きっと見ることができるはずだ。
あなたの中で咲き誇る、世界で一番キレイな花を――――
―― end ――




