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7日目 ~おわるせかい~②






 楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうと言うが、しかし今日ばかりはお日様も気を利かせてくれたのか、それとも最後の空中散歩を楽しんでいるのか、その動きはいつもよりもちょっとのんびりだった。




「店長、次はあっちをお願いしますね!」

「オーケー、わかった」




 俺がガシガシとトラクターで耕した場所に、衣留とミズミカミさまと子供たちが、よってたかって花を植えてゆく。やはり人間の手の力というものはすごいもので、少しずつ、しかし確実に花畑は大きくなっていた。



「こりゃ、冗談無しに一面の花畑になるな」



 額を流れる汗を拭いながら、俺は改めて泉の周りを見渡した。


 それは、ため息しか出てこないような光景だった。カラフリーな花たちが、太陽の光を全身で受け止めながら咲き誇っている。読んで字のごとく、自分の美しさを『誇って』いるかのようだ。すぐ側に目を向ければ、大きなハイビスカスが主役顔で俺を見つめている。



 ん? ハイビスカス?



「ちょっと待てよ……」


 このハイビスカス、どこかで見覚えが……




「お前まさか、ウチの温室にあったやつか?」



 ハイビスカスに向かって問いかける。

 返答は背後から聞こえてきた。






「その通りです。今まで気付かないとは…………この巨乳至上主義者め」






「誰が至上主義者だ、誰が」



 振り返る。

 アンジェロイドのオネーサンが、いつものように無表情で立っていた。


 つか、あんたはこんな登場しか出来ないのか、スミレさん?




「いえ、出来ないのではなく、単にしないだけです。神出鬼没はこの島の住人の必須スキルですので」

「いや、スキルって……」

「お気になさらずに」



 スミレさんはきっちりスルーしつつ、マイペースに御辞儀をした。



「良い終焉です」

「ある意味、この島で一番マイペースなのはアナタっすね」



 いつでもどこでも変わらないというか、なんというか……



「別に変わらないわけではありません。草弥様が気付かないところで、ワタクシは刻々と変わっているのです」

「例えば?」

「はい。例えば昨日より、ワタクシは『スミレ2800』から『スミレ1400』に変わりました」

「は? 1400?」



 確かアンジェロイドの名前の後ろに付いた数字は、そのアンジェロイドの時給を現しているはずだから……2800円から1400円に減額したって事か?




「つーか、半額だな」

「はい、半額です。実はミズミカミさまに値切られまして」

「値切られた?」




 スミレさんによれば、この花畑の造成にはアンジェロイドのオネーサンたちまで関わっているらしかった。なんでもミズミカミさまがスミレさんのところまでレンタル交渉に来て、丁々発止の壮絶なる値切り合戦の結果、ほぼ全員のアンジェロイドを半額以下の値段で買い占めたそうだ。


 この一面の花畑を作る裏で、まさかそんなやりとりがあったとは。




「くやしいことですが、50%オフまでやられました」




 そう言いつつ、しかしスミレさんの顔は全く悔しそうではなく、むしろ満足そうなものだった。


「良かったのか、安売りなんてして?」


 スミレさんたちアンジェロイドの時給というのは、彼女たちの価値を示すもののはずだ。それを安くすることは、自分たちの価値を下げることではないか?


 そう質問した俺に、スミレさんはやれやれと肩をすくめながらこう答えた。





「天使の価値、プライスレスです」





 いや、意味不明なんだが。




「そもそも、価値とはなんなのでしょうか」



 スミレ1400さんは語る。



「確かにワタクシたちアンジェロイドは、生まれながらに存在の値段が決められております。しかしだからといって、値段と価値がイコールになるかというと、そう言うわけではありません」



 スミレさんは、おもむろに花畑の方に目を向けると、



「ご覧下さい。この花畑には、高価なハイビスカスもあれば、安価なアサガオも植わっています。しかし花の美しさというものは、果たして値段で決まるのでしょうか?」


「…………」



 俺はグルリと花たちを見回し、そしてぶんぶんと首を横に振った。

 どの花も、みんなキレイだった。




「値段がどうであろうが、それで花の価値が決まるわけではありません。それはきっと、ワタクシたち天使にも、そして草弥様たち人間にも当てはまることなのです」




 スミレさんは、まさにスミレのような清楚な笑みを浮かべ、俺に言った。




「花の価値とは、ただ花であること――つまるところ、そういうものなのです」


「そういうものっすか」

「そういうものです」




 命の匂いのする風が、ゆったりと過ぎ去ってゆく。きっとこの風も、キレイな花たちを眺めているに違いない。高いか安いかなど関係なく、全ての花を愛でているのだろう。


 俺はそんなふうに思った。





「そう言えば一つ言い忘れていましたが」



 スミレさんは、ふと付け足すように、



「この花畑の造成に、もうひとかた、尽力下さった方がおります」

「もう一人?」

「はい。まもなく来られるかと」



 そうこうしているうちに、山道の方からやたらとコブシの効いた演歌が聞こえてくる。

 バーベキューセットやらタンスやらテントやらクーラーボックスやらを満載したリアカーと共に現れたのは、テンガロンハットの似合う喫茶店のマスターだった。



「ニューマンさん!」

「ノーノー。違うでござーるよ、草弥殿。今の拙者の名前は、マンハッタン次郎でござる」

「あ……」



 俺はふと、元の世界で出会ったもう一人のニューマンさんとのやりとりを思い起こした。

 なるほど……そういうことか……



「名前、お兄さんに返したんですね?」

「ブラザーに取り上げられたでござるよ。おかげで拙者、単なるマンハッタン次郎に逆戻りでござる。まあ、身軽になったといえば身軽になったでござるがね」



 イタズラっぽい、しかし心底嬉しそうな表情を浮かべるマンハッタン次郎さん。


 それはそうと……



「マンハッタン次郎さん、その大荷物は?」



 なんというか、まるで夜逃げしてきたような荷物なんですが……?



「実は拙者、喫茶『暗黒の木曜日』をたたむことにしたでござる」

「お店、止めちゃうんですか?」

「ノーノー。たたんだのは喫茶店の部分だけでござる。これからは、このリアカーで勝手気ままに営業をするつもりでござるよ。色んな場所で特製バーガーを売り歩いて、大好きな歌を歌って……マイブラザーに負けるわけにはいかないでござるからね」

「なるほど……」



 なんというか、ステキな生き方だと俺は思った。



「みんな、草弥殿のおかげでござるよ」



 すべて知っている、というような笑顔を浮かべ、俺に右手を差し出してくるマンハッタン次郎さん。

 こちらも手を差し出し、がっしりとシェイク・ハンズした。



「Thank you, Boy」

「いえ、どういたしまして」




 俺は改めて思う。


 確かに今俺と握手をしているマンハッタン次郎さんは、一年も前に死んだ人なのかもしれない。もしかしたらブーツの中の足は透けているのかもしれないし、テンガロンハットの下には天使の輪っかがみたいのがあるのかもしれない。マンハッタン次郎さんという存在は、もうすでに枯れ果てているのかもしれない。


 しかし枯れ果てていようが、花が花であることに変わりはない。生きる意味がどんなものであろうが、存在の値段がハウマッチだろうが、フツーに生きて、そしてフツーに生き抜いたということは変わらない。


 つまりはそういうことなのだと、俺は思った。




「そうそう、忘れていたでござる、草弥殿」




 ふとマンハッタン次郎さんが、リアカーから大きな保温ボックスを取り出した。



「餞別でござる。どうか、みんなでおいしく食べて欲しいでござるよ」

「…………うわお」



 保温ボックスの中をのぞき込み、俺は思わずつばをゴクリと飲み込んだ。


 ふわりと香るコクと旨味。そこにぎっしりと、しかし卵を扱うように優しく詰め込まれていたのは、ニューマンさん自慢の特製バーガーだった。


 やばい、腹が鳴りそうだ。



「うまそうですね」

「当然でござる。拙者の愛と歌が込めてあるでござるからね」

「歌、ですか?」

「隠し味でござるよ」

「なるほど」



 それは美味いはずだ、と俺は思った。愛だけも十分だというのに、隠し味に歌まで込められているとは。


 まさに脱帽だった。




「ではさらばでござる。――God Bless you!」




 コブシの効いた演歌を熱唱しながら、山を後にするマンハッタン次郎さん。


 その後ろ姿を見送ったところで、ふいに背後から衣留の大声が津波のように襲いかかってきた。





「あー、店長! なにさぼってるんですか!」




 衣留は腰に手を当て、プンスカプンスカと頬を膨らませながら、



「手が空いてるなら、こっち手伝ってください! 時間は貴重品なんですから、ハリーハリーです!」



 まったく、騒がしい娘さんだ。



「オーケー、今行く」



 俺は衣留に向かって片手を上げると、次いでスミレさんに向き直り、



「よかったら、スミレさんも手伝ってくれないか?」

「それはつまり、このワタクシを雇うということですか?」



 いや、別にそういう意味じゃあ……



「冗談です」



 スミレさんは淡々とした様子で、しかし口元に隠せぬ笑みを浮かべながら、



「しかしまさか、高級型アンジェロイドであったワタクシがただ働きとは……これでは『スミレ1400』から、ただの『スミレ』へと改名しなければなりませんね」

「ショックなのか?」

「いいえ、むしろ望むところです」



 どこからともなく軍手を取り出し、両手に装着するスミレさん。いつの間にかその手には、園芸用のスコップまで握られていた。



「用意いいっすね」

「当然です」





 タダより高いものはない。





 そんな言葉がぴったりするような高級な微笑を浮かべ、スミレさんは頭上の輪っかを指先でチョンとつついた。





「金色に輝く天使の輪は、伊達ではないのです」





 意味はよく分からなかったが、気合いだけはよーく分かった。









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