序章「pray」
【太陽と月の祈り】
――太陽と月に導かれし八人の物語――
弱い自分を変えたい青年。
自分の無力さを知り嘆く少女。
もう何も失いたくない青年。
自らの生きる意味を探す少女。
大切なものを守ると誓った青年。
大好きな人を助けたいと願う少女。
自分を救ってくれた人の役に立ちたいと思う少年。
天使になることを決意した少女。
――彼らは、旅の中で何を見つけたのだろうか――
序章「pray」
広大な大地に温かな光が降り注ぐ。
青い空は何処までも続き、白い雲は風に流され消えていく。
時の流れは止まらないのだ。そしてその流れは、過去の出来事を砂の城のように変えていく。
脆くも崩れてしまう、その思い出――……。
ヴィラは、赤の城と呼ばれる隠れ里の首長の息子だった。其処はその名の通り【城】であり、ヴィラは王子という身分だった。
背はすらりと高く、艶のある黒髪、海の色にも似たマリンブルーの輝きを持つ瞳、整った顔立ち。ヴィラは世間で言う、美男子だった。
しかし、城に使える女中たちは言う。
「なんかねえ、頼りないのよ」
「そうそう、いっつもボケーっとしていて」
「あのオドオドした姿を見ていたら、なんだか嫌になっちゃうわ」
ヴィラは、彼女たちの言うとおり頼りなく、どこか抜けている情けない男だったのだ。
そんなヴィラには、幼馴染が二人居た。
一人目は、ファールという魔剣士だった。頭にいつも白いターバンを巻いていて、一見、どこかの砂漠の王子のようだった。彼は女とも取られる顔立ちで、彼の少し長めの黒髪が、その間違いを促進させていた。
二人目は、レラという武器師の少女だった。彼女はヴィラに好意を抱き、温かく接してくれている。ヴィラもまた、彼女に惹かれているのだった。
三人はいつも一緒に居た。小さい頃から、今まで。しかし、ヴィラが十六歳の時にファールは赤の城を出た。自分を見つめなおすための旅だという。そして世界中を旅して周り、四年後、赤の城に舞い戻ってきたのである。ヴィラはその間の思いを日記に綴っている。
――ファールの明るい声が聞こえない。レラと二人だけの空間は、なんだかとても広く感じる。いつ戻ってくるのかはわからないけれど、早いことを祈っている。
ヴィラたちの冒険は、ファールが赤の城に帰ってきた日から始まる。
開け放たれた窓から、風が舞い込んできた。柔らかい春の風。夏のように薄くなく、秋のように渦巻かず、冬のように棘がない、滑らかな一枚の絹のような風。それは一つの流れのようで。
レラの茶色い髪がふわりとその風にのる。風が運んできた春の匂いが、レラを優しく包んだ。
「久しぶりね、ファール」
レラが髪をかき上げながら言った。その視線の先には、ファールが。
「本当に。でも、今までの思い出が昨日のことみたいだよ」
ファールは笑った。そして、その隣にいるのはヴィラ。
「四年っていう、長い年月だったけれども、僕たちの友情は変わらなかっただろ?」
三人は顔を見合わせて笑った。久々に見る友の顔、懐かしい声。何度夢見たことか、とヴィラはファールの肩を叩いた。レラがファールと背比べをしながら言う。
「もうっ、すっかり逞しくなっちゃって。此処を出て行ったときは、まだ成長途中だったものねえ」
「まあね。俺も旅の途中で色々なことを学んだし」
ヴィラが「色々なことって?」と聞いた。ファールは「剣術とか、この世界の歴史のこととかさ」と答えた。
ヴィラは、ベッドの傍にある花瓶から花を一輪抜き取った。鮮やかな桃色の花。ヴィラはその花の匂いを嗅ぐように鼻を近づけた。良い香りがした。
「懐かしいでしょ? 僕の部屋も」
ヴィラがその桃色の花をファールに差し出しながら言った。あら、あたしだってヴィラの部屋に入るの久しぶりだわ――とレラが言った。ヴィラがベッドに座り込んだ。そして、その隣にレラが座り込む。
ファールが窓のほうへと歩いていった。舞い込んでくる風を受け、ファールの髪が靡いた。
「帰ってきたんだなぁ……」
ファールは遠くの空を眺めた。薄らと雲がかかる空。その合間から見える、太陽の光。
レラが立ち上がりファールの横から外を眺める。
「そうよ。あんたは帰ってきたの!」
ばん、とレラが勢いよくファールの背中を叩いた。強すぎたのか、ファールは「ウエッ!」と言って背中を押さえた。ヴィラが慌ててベッドから飛び降りた。
「あら、やあねえ。男の子なんだから、もっとしっかり鍛えておきなさいよ」
レラは腕を組んで仁王立ちになった。
床に手をついて背中を押さえるファールと、その傍でどうしていいかわからずオロオロしているヴィラ。ファールは恨めしそうな声を絞り出して言った。
「変わんないなァ、その馬鹿力」
ファールが赤の城に帰省する、一ヶ月前のこと――……。
「……アーク様? 聞いてましたか!?」
聞きなれた少年の声で、アークは我に返った。
「あ、ああ……聞いてたよ」
目の前で眉間に皺を寄せる少年に、アークはどぎまぎと答えた。少年はオレンジ色の髪を撫で付けるように抑えて言った。
「嘘を仰るのはやめてくださいと何回も言ったじゃないですか。僕にはわかりますからね。なんと言ったって、僕はアーク様のお傍に、六年も居るんですから」
アークは「ああ、わかったよ」とだけ言って頭を押さえた。こいつには敵わない、と。
「悪かったよ……。聞いてなかった。もう一度話してくれないか? シャン」
シャンと呼ばれた少年は、口を尖らせて「まぁ、アーク様が聞きたいと思うような話ではなかったですけど」と言った。アークはばつの悪そうな顔をした。
「本当に悪かったと思っているからこそ言ってるんだよ……」
まいった、というような顔をして、アークは溜息をついた。シャンが横目でアークを見る。
「じゃあ、お教えしますよ。もう一度だけ。……今度居眠りしたら、僕が代わっているアーク様の書類の処理、ぜーんぶアーク様にやってもらいますよ。そうなったらアーク様、剣術の稽古も、兵の訓練も、何にも出来なくなっちゃいますけどね」
アークはがっくりと項垂れた。アークは、この広いジアム大陸の約半分を治めている、ディテス国の城に仕える剣士だった。アークは城の兵士たちをまとめる、誇り高い騎士でもあった。アークは、その黒い髪、黒い鎧から、【黒の騎士】と呼ばれ、国民の信頼を集める存在だった。ディテス国王も、アークを心の底から信頼していた。なぜならアークは、ディテス国王に忠実で、腕もたち、リーダーシップのある男だったからである。ディテス国に住まうものたちは皆、アークを尊敬していた。アークの側近であり、城の魔導士であるシャンも、その一人だった。
「あー……それだけは勘弁してくれよ。最近疲れているんだ――言い訳になるかもしれないけれど。頼む」
シャンは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「陛下が、こう仰られたのですよ。『最近、ルダルフ帝国の動きが思わしくない。近頃、魔物という物騒な生き物も姿を現し始めた。魔物は、伝説上の存在ではなかったのだ。魔物には、ルダルフ帝国が絡んでいるのではないか、と私は思っている。誰か、城のものでルダルフ帝国の動きを調べに行くものはいないか』……と、まあこんな感じに。アーク様がこの間、留守にしていらした時ですよ」
「ルダルフ帝国が? 我がディテス国とも同盟を結んでいる、あの……」
アークは動揺を隠し切れないようだった。
「帝国……青の城が……」
ルダルフ帝国は、ディテス国のあるジアム大陸とは反対側の大陸、ドゥール大陸にあった。ルダルフ帝国は、皇帝ルダルフが治める場所で、軍事力は世界最大と言われている。帝国は、表では(金持ちや、ディテス国などの大きな勢力を持つものに対して)よく接しているが、一方、貧困の激しい村などでは罪無き人々を捕まえ、奴隷として働かせているのである。そして、帝国は世界を統一し、その頂点に立つことを夢見ているのだ。(これはディテス王が皇帝を尋ねたとき、皇帝が大臣に話しているのを聞いてしまったのである)これは帝国側がばれない様に慎重に事を運んでいるので、殆どの人はそのことを知らないのだ。
帝国は、城壁を全て青色にしてあるので、いつからか【赤の城】に対し、【青の城】と呼ばれるようになったのである。(赤の城は、別に赤くもなんともない。普通の城である)帝国は、赤の城とは正反対の方向にあり、忍者たちの住まう赤の城とは違い、色々な軍事兵器を持っていたので、そういうところからも赤の城とは対立していた。(永遠の好敵手のようなものである)
「陛下は、反乱軍を立ち上げようと考えております」
「バカな!」
アークが机の上にあった書類を薙ぎ払った。シャンはぎょっとして一歩後ずさりした。
「青の城は世界一の軍事国家。我が国だけで、立ち向かえるはずが無い!」
拳をきつく握り締めるアーク。
シャンがぼそりと言った。
「勿論……陛下も、我が国だけでは立ち向かうことなど無謀だとわかっていらっしゃるでしょう。でも、僕は帝国のやり方に反対するものたちが、このディテス国以外にもいると思うのです」
弱弱しい声だった。アークは横目でシャンを見た。
「……陛下に話がある。シャン、お前もだ」
「はい、わかりました」
シャンはぺこりとお辞儀をすると、部屋を出て行くアークの後ろをつけていった。
「陛下、お話があって参りました」
「うむ、入るがよい」
威厳のある声がした。アークは「はっ」と答え、(シャンは、お辞儀だけした)ディテス王の前にすっと進んだ。
ディテス王は、アークとシャンの顔を交互に見て、それからアークのほうに向き直った。
「我が国一の剣士アーク。私に何用なのか」
「はい。ルダルフ帝国の件で参りました」
シャンはちらりとディテス王の顔を見た。王の口がぎゅっとひもを結んだように一直線になったのに、シャンは気がついた。
「私の側近、シャンから話を聞きました。ルダルフ帝国の動きのことを……。そして、陛下が反乱軍を立ち上げようとなさっていることを」
アークは顔をあげようとはしなかった。(それが礼儀だと知っていたのである)
「ほう……それで、私に話すこととは?」
アークは静かに頷いた。アークはいつもどおり冷静だった。一方シャンは、王様の前に出ることなど初めてのことだったので、とても緊張していた。足は小刻みに震えていた。シャンはそれを何とか抑えていた。
「はい。レジスタンス活動を、私に任せていただけないでしょうか」
ディテス王は驚き、立ち上がった。
「何と!?」
「……陛下。今此処で陛下が反乱軍を立ち上げ、指揮し始めてしまえば、帝国の知るところとなります。そうなってしまえば、反乱軍はおしまいです。ですから、表では帝国と同盟を結んでいる国と見せかけ、裏では私が内密にレジスタンス活動をする……どうでしょうか」
ディテス王は唸った。
「確かに、そなたの言うとおりかもしれん。しかし、何もそなたが指揮をとらなくとも」
「陛下!」
王の傍に居る兵士も、ずっと顔を下に向けていたアークも、アークのほうを見ていたディテス王も、一斉にシャンを見つめた。
シャンは顔を上げ、真っ直ぐにディテス王の瞳を見ていた。
「陛下、アーク様を心から信頼なさっているなら、アーク様にお任せすることはできないのですか? 僕は、アーク様を心から慕っております。この国のことを考え、いつでも陛下に忠実だったアーク様……。アーク様ならきっとやってくれると、僕は信じて疑いません。決して!」
シャンは叫んだ。力いっぱい。アークはシャンがそんなことを言うとは思って居なかったので、呆気に取られていた。
ディテス王はじっとシャンの青い瞳を見つめた後、静かに頷いた。
「よかろう。反乱軍のことは、全てアークに任せるとする」
ぱっとシャンの顔が明るくなった。頬に差す赤み。
「本当ですか!」
アークも目を見開き、ディテス王の顔を確りと見た。
ディテス王は玉座に座りなおした。
「私たちのほかにも、帝国のやり方に反対する者たちが居る。そのものたちとの結束を強め、どうかこの世界を救ってほしい」
アークは確りとその言葉一つ一つを心に刻み込んだ。そして言う。
「はい! 必ずや、帝国の野望を打ち砕いて見せます!」
これは、この世界全てを混沌とさせる悪夢の始まりでしかなかったのである。
――最初に行く場所は、決まっている。
アークとシャンはその後、城を後にした。
「あら? お客さんがきたみたいよ、ヴィラ」
レラが窓の外を見て言った。ヴィラがベッドから飛び起きた。
「ええ? 父さんは……」
ヴィラがしゅんと肩を落とした。
「王様なんて居ないて知らなけりゃ、出かけてても来るでしょ。王様と同じような役割のヴィラが居るんだから、別にどうってことないよ」
ファールが肩をすくめて言った。レラが「そうね」と言って苦笑した。
ヴィラが口を尖らせた。
「あーあ、じゃあ僕が対応しなくちゃいけないじゃないか」
まあ、とレラが腕を組んだ。
「将来の王様が何言ってるのよ。王様になったら、色々なところを回って挨拶したりするのよ!」
ヴィラはレラに背中を押され、部屋の扉のところまで来てしまった。ファールが「俺もついて行こうか?」と心配そうに言った。
「甘やかしちゃだめよ!」レラが言う。
そんな時、部屋に一人の兵士が飛び込んできた。三人は驚いてその場に固まる。兵士はなんなんだろう、とでも言うような表情を浮かべた後、言った。
「王子、お客様です。ディテス国から、剣士と魔導士が」
ヴィラは顔を顰めた。ディテス国といえば、赤の城とは大分違う。ディテス国には、腕のいい剣士が居れば、頭の良い学者も居る。沢山の魔導士も居るし、彼らが発明したものは数知れない。そんな国の剣士と魔導士が、何故こんな辺境の国へ?
「今すぐ通せ、さあ、早く!」
門の前には二人の異邦人が立っていた。一人は黒髪に緑の瞳で、黒い鎧を身に着けている。剣士のようだった。もう一人はオレンジ色の髪に青い瞳、クリーム色のローブを纏っていた。(前が開いていて、中に着ている服と穿いているズボンが見えるようなローブだった)
二人は兵士に「確認を取ってくるので、少々お待ちください」と言われたまま、この門の前に突っ立っていたのだ。
「遅いな……」
「遅いですね……」
二人がそう呟いたのも束の間、門が開き、先程の兵士がやってきた。
「王子に確認を取りました。どうぞこちらへ」
兵士の後についていこうとすると、向こうから三人の男女がやってきたので、二人は立ち止まった。三人は、紛れもなくヴィラとファールとレラだった。ヴィラが一歩進み出た。
「赤の城の王子、ヴィラです」
ヴィラはがちがちと言った。その声からは、緊張していることがよく分かった。
剣士は深く礼をした。その後について、魔導士。
「ディテス国の剣士、アークです。此方は、私の付人の魔導士シャンです」
「な、何のご用件でしょう?」
ヴィラは自分の足が小刻みに震えていることに気がつくと、視線を右から左へと移した。それに気づいたレラが「しっかりしなさい!」と小声で言った。
「実は――……」
アークが話し始めたその時、甲高い声が響いた。
「きゃああああああああっ!」
ぎくっとしてアークとシャン、そしてヴィラとレラ、案内人の兵士が固まった。皆の視線が一点に集まる。その先には、「私は乙女よ」とでも言うように両手を合わせ、キラキラと目を輝かせているファールが居た。
ファールがアークに近づき、言った。
「かぁっ! ……こいー! この人こそ、【俺】の運命の王子様だぁぁぁぁぁ」
ファールはそう叫ぶと、アークにがばっと抱きついた。アークは驚きのあまり、目を見開いて固まっている。隣にいるシャンは既に青ざめた顔で、今にも倒れそうだった。
ヴィラがわなわなと手をファールの方に差し伸べた。
「ふぁ、ファール?」
ファールはそんなヴィラの声など聞こえないかのように、真っ直ぐにアークを見つめていた。
「ああ……この艶のある黒髪、深い緑色の瞳。逞しい体……まさに夢で見た、白馬に乗った王子様ぁ!! 大好きだぁー!」
レラが口を押さえて一歩引いた。
「あ、あんた正気なの? その人、男の人じゃない!」
ファールはぎゅうっとアークにきつく抱きついた。アークはまだ放心している。
シャンが口をぱくぱくさせていた。そして、何とかものを言えるようになったのか、叫んだ。
「あ、アーク様に何を! 下がれ! この方は、ディテス国一の剣士、アーク様だぞ!」
そんなことは関係ない――とでも言うように、ファールはアークから離れなかった。
シャンの叫び声でようやく我に返ったのか、アークはファールの肩に手を置き、静かに言った。
「すまない。私は、あなたの気持ちに答えることはできない。恋愛など、剣士には必要ないからな。今は、そこのヴィラ殿に話しがある。すまないが、どいてくれまいか」
アークは優しい笑顔で、きっぱり断ったつもりだった。これが常識だ、と。相手を傷つけないようにするには――相手に悲しい思いをさせないようにするには、優しく、それでいてきっぱりと断るしかない。アークは誰かを好きになったことなどないのに(告白などしたことが無い)、何故かこんな考えを持っていた。
ファールはささっとアークから離れると、にっこりと笑いながらアークを見つめていた。
その様子を見ていたレラが呟いた。
「もしかして……あの人、ファールが男だってこと気づいてないんじゃないかしら」
それを運悪く聞いてしまったシャンが小声でレラに話しかけた。
「えっ? 女の方じゃないんですか?」
その会話を耳に挟んだヴィラが、ひょいと二人の間に入って言った。
「男だよ、ファールは。それにさっき、【俺】って言ったでしょ?」
はっとし、シャンは先程のファールの言葉を思い出した。
――かぁっ! ……こいー! この人こそ、【俺】の運命の王子様だぁぁぁぁぁ。
シャンは親指の爪を噛んだ。――アーク様は、ディテス国でも女中たちに人気があったけれど……男の人にも受ける顔立ちなのでしょうか……。全く、頭が痛くなるなァ。
「ヴィラ殿、私が参った理由は――……」
「ちょっと、やめてよ!」
次にアークの言葉を遮ったのは、ヴィラだった。ヴィラは顔の前で両手を振っていた。
「ヴィラ殿だなんて。そういう改まったの、僕嫌なんだ。それに、君――アークっていっつも【ワタクシ】って言ってるの? 改まって言ってるなら、やめてよ」
シャンがヴィラの耳元で囁いた。
「すみませんが……おいくつですか?」
「二十歳だけど」
「アーク様は、二十三ですよ」
ヴィラがぎくりとして肩を震わせた。
「げっ……年上?」
「そういうことになりますね」
「うわぁ……年上に向かって偉そうなこと言っちゃったなァ、僕」
ヴィラが呻いた。
アークが顔を顰めた。
「シャン、何を言ったんだ?」
シャンはしれっとして答えた。
「ヴィラさんの年齢をお聞きして、アーク様の年齢をお教えしただけですよ」
アークは頭を掻いた。
「あのなァ、シャン……。お前……」
「何がしたいんだ? とでも言いたいんですか?」
アークがぎょっとして一歩後ずさった。
「どうやら、その通りだったようですね」
ふふん、とシャンが腕を組んで笑った。ヴィラが呻いた。
「あのさぁー。そういう話は後でいいから。何でアークが来たのか説明してくれる? あー、君、もう下がってて」
ヴィラが後ろに居た兵士に命令した。兵士は「はい」と言って城の中へと消えていった。
今まで散々邪魔してきたくせに――とアークは眉間に皺を寄せた。全く、赤の城の王子はなんという人なのだろう、とアークは思った。アークが今まで会ってきた王族は皆、礼儀正しく、このようなチャラチャラしたものではなかったからだった。(実際、ヴィラはチャラチャラというよりなよなよであるが)シャンが口パクで「話したらどうですか?」と伝えた。アークは腕を組んだ。
「じゃあ、あんたの言うとおりにするぞ、ヴィラさんよ。俺とシャンが、此処【赤の城】に来たのは、陛下の命令を受けてなんだ」
シャン以外全員がごくりと唾を飲み込んだ。
「俺が受けた命令、いや、正確には俺が志願したんだが――ルダルフ帝国は知っているな? 赤の城に対し、青の城と呼ばれている。この世界で最強の国だ。……最近、その帝国の動きが思わしくない。近頃現れ始めた魔物も、帝国が魔界と呼ばれる場所から呼んだのだと、城の学者、魔術師たちは言う。ディテス国も、その帝国の動きに警戒を強めている。そこで、だ」
アークがちらりとヴィラを見た。ヴィラはぎょっとして飛びのいた。
「俺は、陛下に頼んだ。レジスタンス活動――つまり、反乱軍を指揮させてくださいと。陛下は了承してくださった。でも、ディテス国だけで帝国に立ち向かえるはずが無い。ということで、俺は仲間を――反乱軍側に着く人を集めることにした。そこで、俺が最初に着目したのは――わかるよな? 青の城に対する、そう、【赤の城】を味方につけること。それであんたを訪ねてきたんだが――……」
どうだ? とアークは眼でヴィラに聞いた。ヴィラは決断に迷っているらしく、視線を右に移したり左に移したりしていた。そんなヴィラを見かねてか、レラが背中を突付き、小声で言った。
「ちょっと! 早く返事しなさいよ……」
ヴィラは指を唇に当てた。震えているのがわかる。今、自分はとても重大な判断を任されているのだ――……。
――此処で断れば、赤の城は青の城に加担したと見られるかもしれない。そうなれば、やられる。赤の城は落ちること間違いなしだ。でも、此処で反乱軍に入ったら……それが青の城にばれたら……。でも……。
ヴィラは肩を震わせた。ファールが心配そうにヴィラの顔を覗きこむ。「大丈夫か?」
ヴィラは震えながらも頷く。
「返事はどうなんだ? 王子サマ」
「アーク様、そんなに急かさなくとも」
「だーめだ。俺たちはこれから色んなところを回んなきゃいけないの!」
「……はあい」
ヴィラはふっ、と生前の父の言葉を思い出した。
――お前の好きなようにやりなさい……。
優しい笑み、そして言葉。自分を思い、そして逝った父。その父の代わりになれない自分を悔やむ。
「決めた」
レラがびくりと肩を震わせた。手を胸に押し当て、静かに呼吸を整えた。
ヴィラがアークを指差した。その青い瞳は、確かにアークの碧玉の瞳を捉えていた。
「僕と勝負して? それで、君が勝ったら、赤の城も反乱軍に参加しよう」