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血まみれの花嫁~聖女の力で義家族と仲良くなります~

掲載日:2026/09/01

「サマラ、そんなに緊張しないで」


 タイラーがアタシの手を強く握りしめ、勇気づけてくれる。

 でも、だからといって、リラックスできるわけじゃない。できるわけがない。


「本当にアタシでいいの? アタシなんてただの孤児なのに。タイラーとは釣り合わない」


 タイラーがアタシの目をまっすぐ見て微笑んでくれる。品が合って、大好きな笑顔。


「サマラはそのままでいいんだ。それに、君はただの孤児じゃない。聖女なんだ。卑屈になってはいけないよ」

「聖女……。落ちこぼれなんだけどね」


「サマラの癒しの力は素晴らしいよ」

「そうかな。そう言ってくれるの、タイラーだけなんだよね」


 孤児あがりで、ちょっとした癒ししかできないアタシは、他の聖女からいない者として扱われていた。子爵のタイラーのちょっとしたケガを治して見初められた時も、誰も祝ってはくれなかった。

 

 ウソでしょう。あんな孤児が? 本当なの? やだっ、もう結婚したの? 結婚式は? ああ、書類上だけ先に結婚したってことね。それでもビックリだけど。あり得ないわー。どうやってだまくらかしたのかしら。きっとあれよ。タイラー様には他に公にはできない秘密の愛があって、あの子は形だけの妻になるのよ。そうよそうよ。でないとあり得ないわ。子爵のタイラー様が、あんなドンクサ聖女と結婚だなんて、ねえ。あの子の癒しスキル、ポンコツだもの。使えない聖女を本気で欲しがる貴族がいるとは思えないわ。


 そんなことを言われていた。聞こえてない、気にしてないフリしてたけど、聞こえてたし、傷ついた。


 孤児院のときは仲間がいたけど、聖女になってから勤めていた神殿では、いつもひとりぼっちだった。だから、アタシはこの幸運になんとしてもしがみつかなきゃならない。タイラーと家族になるんだ。夢の夢だった、家族。


「僕の家族がサマラに会うのを楽しみにしているよ」

「本当? 孤児上がりのポンコツ聖女でも?」


「そんなこと気にする人たちじゃないよ。書類上は先に結婚して、式は領地で上げると連絡したら、喜んでいたよ」

「それならいいんだけど」


 そんなうまくいくかな。どう考えても無茶苦茶なんだよね。家族に会わせる前に書類上とはいえ結婚しちゃうって、普通じゃないと思うんだけど。でも、タイラーは貴族にはよくあることって言ってた。


 ああ、神様。タイラーの家族に気に入ってもらえますように。そのためだったら、なんだってします。お願いしますお願いしますお願いします。


 アタシは馬車の中でずっと祈っていた。


 丘の上に立つお屋敷は孤児院の何百倍も優美で、アタシは今まで以上にタイラーとの出自の差を感じた。


「場違い……」

「ん? なにか言った?」

「いえ、なんでも」


 ここまで来てしまったのだ。すぐに追い出されるかもしれないけど、一生の思い出に目に焼き付けておこう。アタシの中で、家族から叩き出されるのはほぼ決定事項になった。だって、そぐわなさ過ぎるんだもの。


 ビクビクとドキドキで心臓が口から飛び出しそうになりながら、屋敷に足を踏み入れる。


 応接室に入ると、上品なオーラをまとった人たちが歓談している。

 挨拶しようと深呼吸したとき、ハチミツ色の髪をした女性がパッと立ち上がった。


「タイラー遅かったじゃないの」

「エミリー姉さん」


 エミリーさんは、すごい速さでタイラーとアタシの前に立つ。その勢いでシャンデリアと窓ガラスが揺れた。


「あなたがサマラさんね。まああああ、なんてかわいいの。タイラー、よくやったわ。わたくし、ピンク色の髪って大好きよ。瞳はエメラルド色なのね。全てが完璧だわ。サマラさん、仲良くしてね。わたくしのことはエミリーお姉さまって呼んでちょうだい。本物の姉と思ってもらえたら嬉しくてよ」


「エミリーお姉さま……。アタシのことはサマラと呼んでください」


 まさか、早速家族の枠に入れてくれるなんて。アタシは胸が熱くなった。

 ちょっぴりふくよかなエミリーお姉さまは、笑うとえくぼができて親しみやすそう。


「エミリー、サマラがビックリしてるじゃないの。わたくしは長女のルーニーよ。ルーニーお姉さまと呼んでね。長旅で疲れたでしょう。父と母よ。ふたりともお父さま、お母さまと呼ばれたくてうずうずしていてよ」


 ルーニーお姉さまは、エミリーお姉さまと対照的に黒髪でほっそりしている。


「ルーニーお姉さま、お父さま、お母さま。サマラです。お世話になります」

「はああ、かわいい。こんな愛くるしい娘がほしかったのよ」

「うむ」


 これは夢じゃなかろうか。ここまで歓迎されるなんて、どういうこと?? 


 何度も腕の内側をつねってみたけど、目は覚めない。混乱しながらも、出されたお茶を飲み、クッキーを食べる。矢継ぎ早に繰り出される質問にひとつずつ答えていると、タイラーが「さて」と言いながら腰を浮かせた。


「みんながサマラを受け入れてくれて安心した。とはいえ、そろそろふたりだけの時間も欲しいな。庭園を散歩してくる」


「んまあ、ずるいわタイラー。あなたは今までずっとサマラをひとりじめしてたくせに」


「エミリー、落ち着きなさい。サマラはこれから一週間ここにいるのよ。いくらでも仲良くできる時間はあるではないの」


 ルーニーお姉さまがたしなめると、エミリーお姉さまはブーッと頬をふくらませる。


「じゃあ、後ほど。さあ、サマラ、行こうか」

「は、はい」


 気が引けながらも、質問攻めから逃げられてホッとする。

 庭に出てから、はあああと深いため息を吐いてしまった。


「ごめんね。みんなサマラに夢中だから」

「あ、ため息なんて、失礼だった。ごめんなさい」

「いや、わかるよ。義理の家族と会うのは疲れるだろう」


 うんうんとタイラーが頷いている。

 こんな理解のある人が夫なんだわ。しかも家族がみんな優しいわ。神様、ありがとうございます。


 空に向かって祈っていると、何かが頭の横をかすめた。ドサッガチャッと音がして、足元で花瓶が割れている。


「ヒッ」

「サマラ、大丈夫か!?」


 タイラーがアタシを抱きしめてくれる。タイラーが上に向かって「誰だ、花瓶が落ちて来たぞ」と叫ぶ。でも、屋敷の窓は閉まっているし、人影も見えない。


「なんということだ。メイドの誰かだろう。犯人を探し出してクビにする」

「ダメ、ダメよ。きっとうっかりして落ちちゃったのよ。クビになんてしないで」


 子爵家での仕事をクビになったら、その人が困ってしまうだろう。仕事探しの大変さは、孤児院でさんざん聞かされたからよく知っている。


「サマラは優しいな。まさに聖女だ」


 卑屈になるなって何度も言われたから、あいまいに微笑んでうつむく。


「庭は明日にしよう。また花瓶が降ってきたら僕がメイド全員をクビにしてしまうからね。さあ、屋敷内を案内する」


 そうね、それが安全。もしかしたら、ひょっとしたら、孤児がタイラーの妻になったことが許せないメイドがいるのかもしれない。ありそう。だって、勤め先にこんな素敵な美形がいたら、好きになってしまうと思うもの。憧れのご主人様が、よりにもよって孤児と結婚したら花瓶のひとつやふたつ、落としたくなるわよね。


 ため息を漏らさないよう、深呼吸して体の中にのみこむ。タイラーに心配をかけたくない。

 アタシがメイドに嫌われてるって、気づかれたくない。タイラーに後悔されるきっかけを作りたくない。


 これからは、何が起こってもタイラーに知られないようにしなきゃ。


「ここがアートの部屋。色んな画家の絵が飾ってある。好きなのがあったら教えて。僕たちの新居に飾ろう」


「う、うん。ギャッ。ごほっごほごほ。ちょっとホコリっぽいかも?」


 誰かの肖像画の目がギョロッと動いたかと思ったら、そこから吹き矢が飛んで来た。

 あっぶなー。耳をかすったけど、すぐに癒しをかけてなにもなかった風を装った。


「絵はあんまり興味ないかなー。次の部屋に行こうよ」


 タイラーを引っ張って部屋から出る。


「ここが書庫」

「うわー、こんなにたくさんの本、初めて見た」


 興奮して色んな棚を見て回る。うきうきして歩いていたら、タイラーとはぐれた。


「タイラー、どこー?」

「入口近くだよ」

「はーい」


 入口の方に向かおうとしたら、本棚が倒れてくる。たくさんの本が落ちてきた。


「あいた、いたた、あわわ」


 渾身の力で本棚を押し返し、落ちた本を適当に棚に詰め込む。


「サマラ?」

「あ、あはは。うっかり本を落としちゃった」


 髪を直し、額の汗を拭きながら本が当たったところに癒しをかける。気づかれてない、よね? うん、大丈夫そう。タイラーは育ちがよい貴族のお坊ちゃまだから、疑い深くないんだ。タイラーのそういうのほほんとしたところは一緒にいると心が穏やかになって、いい。


 色んな部屋を見せてもらい、最後にアタシ用の寝室に着いた。


「ここがサマラの部屋。僕の部屋は廊下の向こう側だからね。一緒の部屋で寝るのは、結婚式が終わってからのお楽しみということで。僕も我慢する」


 タイラーの言葉に頬が赤くなったのが分かった。


「ちょっと着替えてくる。サマラもくつろいでいて」

「うん」


 扉を閉めて、衣装棚を開けると、矢が飛んで来た。


「これは、痛い」


 肩に刺さった矢を震える手で抜く。血がドクドクと流れた。すぐに癒しをかける。痛みは消えたけど、ショックはそのままだ。


「さすがにやりすぎじゃね」


 孤児で聖女だからって、反撃しないと思ってんじゃね。


「なめられすぎるのもよくないから、今までの仕返しをしておこうかな」


 血まみれの服を脱ぎ、窓を開けるとすぐに、ハチが飛んで来た。聖女の血は格別だからね。


「はい、アタシの血、あげる。その代わり、アタシに色々やった人にチクッとしてくれる? 息の根を止めてはダメよ。アタシは聖女だからね。命は奪えないの。ちょっとだけ刺すぐらいでいいから」


 ハチたちはアタシの血をたっぷり楽しんだ後、ブンブンと飛んで行った。

 屋敷の色んなところから叫び声が聞こえた。少しだけ、胸がスッとした。


 その後、衣装棚にかかっていた水色のワンピースに着替えたら、チクリとした。針が仕込まれていた。


 すぐに「キャー、ハチに刺されたー」という誰かの声が聞こえた。ハチの守りはしばらく続くはずだ。


 晩餐の席につくと、給仕係の大半が頬や額が赤く腫れている。


 ほーん、この人たちがアタシにあんなことやこんなことをしたのねえ。しっかり顔を覚えておきましょう。


 食事や飲み物にも毒が仕込まれていたけれど、いちいち癒しをかける。そして、どこからともなくハチが入ってきて、メイドや料理人が刺されていた。


「キャッ、ハチが」

「なんとかしろ」


 新しい家族が大騒ぎしている中、アタシはゆっくりとごはんを食べた。こんな豪華な食事、食べ残したら後悔する。


 色んなことがあって疲れたので、晩餐が終わったらすぐに部屋に戻らせてもらった。


「おやすみ、サマラ。また明日」

「はい、おやすみなさい、タイラー」


 ああ、おなかいっぱい、あー疲れたとベッドに飛び乗ったら、なんだかイヤな予感。

 ミシミシと音がするのでベッドから転がり落ちる。アタシが寝ていた場所に、ベッドの天蓋が落ちている。


「キャー、ハチー」という悲鳴がどこかから聞こえた。


 あいつら、どんだけ仕掛けとるんじゃーい。イラッとしたけど、ひとりずつ尋問するわけにもいかないので、仕方なくソファーに寝ころぶ。


 馬車での長旅のあとなのに、あんまりだ。

 でも、子爵家のフカフカソファーは孤児院の石のようなベッドとは雲泥の差。


 気が付いたら朝になっていた。


「神様、おはようございます。今日は命を狙われませんように」


 トントンとドアを叩く音。


「は、はーい。ちょっと待ってー」


 ベッドの上の無残な天蓋をシーツで隠した。

 ドアを開けると、満面の笑みのエミリーお姉さまがいた。


「着替え、手伝ってあげる。メイドたちがハチに刺されて熱出しているのよ」

「まあ、そんな。アタシ、自分ひとりで着替えられます」


「お願い。わたくし、妹の着替えを手伝うことに憧れてたの。ほら、ルーニーお姉さまはそういうのやらせてくれるタイプじゃないから」


「そういうことでしたら、お願いします」


 エミリーお姉さまにブラシで髪を解かれ、結い上げられ、薄化粧までされてしまった。


「はあーん、サマラってばかわいい。美少女でお人形遊びって最高ね」


 エミリーお姉さまが体をくねくねさせながら衣装棚をあさる。


「あら、なんで衣装棚にクロスボウがあるのかしら?」

「さ、さあ。置き場所がなかったのかも?」


「メイドに注意しておくわね。あの子たちったら、タイラーが結婚したって手紙が来てからおかしくなってるのよ。まさか、サマラにいやがらせなんてしてないわよね?」


「ないですないです。手厚くお世話されてます」


 ウソだけど。我ながらウソがすいすい出てくるのに驚くわー。


 エミリーお姉さまが衣装棚から真っ白なレースのワンピースを出してくる。


「これがいいわ。あなた色に染まりますって意味があるんだって。くふふふ」


 エミリーお姉さまはなんだか鼻息が荒い。


「コルセットを締めてあげるわね。しっかりベッドの柱を持ってよ」

「は、はい」


 コルセット、好きじゃないから普段はつけないんだけど。

 ここで断ったらエミリーお姉さまをがっかりさせてしまう。耐えるのよ、アタシ。


「いくわよ。ふぬぅぅぅぅぅ」

「ぎええええええ」


 思っていたよりエミリーお姉さまの締め付ける力が強い。

 コルセットってこんなに締め上げるものなの? アタシ、そこまで細いウェストは、求めてな……。


「やったわ、やってやったわ。サマラの体はわたくしのものよ。むははははは」


 薄らぐ意識の中で、エミリーお姉さまの高笑いが聞こえる。


「処女の聖女の花嫁。むはははは。命を奪った者がその体に乗り移れるのよ。ね、邪神様」


 じゃしんさまって、邪神様ー!? 乗り移るってどういうことー? アタシのこと、かわいい妹と思ってくれてるんじゃなかったの?? う、ひどすぎる。これはダメ、許せない。


 癒しの力でコルセットを引きちぎり、エミリーお姉さまを突き飛ばす。


「アタ、アタシのこと、かわいい妹だって、言ってくれたのに」


「待って待って。かわいいわよ。かわいい妹よ。こんな顔と体に産まれたかったのよ。わたくしってほら、食べたら食べた分だけ太るのよね」


「それは当たり前では」


「うっ。ともかく、サマラの見た目は大好きよ?」

「中身は?」


「中身? 中身はそうねえ、どうでもいいっていうかなんというか」

「ひどい。アタシの気持ちをもてあそんだのね」


「待って、ちょっと待って、落ち着いて。冗談。冗談よー。かわいい妹じゃないの。折れそうなウェストだから、ちょっとだけ試したかったのよ。どこまで細くなるのかしらーって」


「ああ、そうだったんですか……ってなるかーい」


 ちょうどいいことに、鼻血が出てきた。鼻血を指で拭い、その血をエミリーお姉さまの額から鼻、口、アゴ、首筋からずずーっと伸ばしておへそまで赤い道をつける。


「アタシの大切なエミリーお姉さま。あなたの望みを叶えてあげます」

「えっ」


「食べたら食べただけ出て行き、コルセットいらずのウェストになれますよ。ほら」


 ぐーごろごろごろごろ。雷のような音が鳴り響いた。エミリーお姉さまの目がお腹に行く。


「さあ、急いでくださいな。この部屋で粗相はちょっとねえ。淑女ですものねえ」


「いやーん」


 エミリーお姉さまはお腹とお尻を抑えながらくねくねと出て行った。


「あー、やれやれ」


 鼻血をキレイに拭い、コルセットなしで白ワンピースを着ると、声がかかった。


「サマラ? さっきエミリーが来なかった?」

 

 振り向くと、ルーニーお姉さまだ。


「エミリーお姉さまは、つい先ほどまでアタシの身支度を手伝ってくださいました。お腹が痛くなって急いで出て行かれました」


 ウソは言ってない。言わなかったことが色々あるだけだ。


「そうなの。朝食まで時間があるから、音楽室に行かない?」

「いいですね」


 これも罠だろうか。きっとそう。

 こぼれ落ちそうな涙をまつげで弾き飛ばす。


 音楽室にはピアノが二台並んでいる。


「連弾しましょう」

「連弾……」


 ピアノは弾けないのだけど、これが罠ならかかってあげなくてはいけないだろう。家族だもの。


「いつでも好きなときに入ってきてね」


 ルーニーお姉さまは指を鍵盤に走らせる。物悲しい、秋風のような曲。


 アタシも鍵盤に指を置く。うっ、ぬるっとするー。毒だなこれ。手に癒しをかける。


 メランコリックな曲に、アタシが適当な轟音で応える。ルーニーお姉さまの顔にだんだん焦りの色が見えてきた。


 タラリララン、タラタラリン。ゴーン。

 タンタララン、タリらリラーン。ゴーン


「あっ、痛っ」


 バチッと音がして、ピアノの弦が切れ、アタシの胸を貫く。


「やった、やったわ。この体はわたくしのもの」


 やっぱり。お前もかー。目に火花が走り、命が飛んでいきそうになるのを、強引に癒しの力で引き戻す。


「ルーニーお姉さまああああああ。よくもよくもよくもおおおおおお」


「うわっ、いや、やめて」


 胸元の血をたっぷりと手でふき取り、ルーニーお姉さまの両手にこすりつける。


「アタシたち、家族ですもの。これからも連弾しましょうねえええええ」

「き、きああああああ。指が、指があああああ」


 ルーニーお姉さんの指が十本ずつに増えた。ニ十本の指があれば超絶技巧のピアノ曲だって楽勝だろう。


 泣きわめいているルーニーお姉さんを置いて、食堂に向かう。

 

 食卓には青ざめたお父さまとお母さま。お父さまは長槍、お母さまはクロスボウを持っている。


「あの子たち、失敗したのね」


 お母さまの言葉に、アタシはコクリと頷いた。


「仕方がないわ。あなたの体に興味はないけれど、孤児を我が家に迎えるわけにはいかないのよ」


「そうなのか」


 お父さまがなんだか残念そう。ひょっとして、お父さまはアタシのこと本当に娘だと思ってくれていた?


 期待したとき、お母さまが氷のような声を出す。


「あなた、わたくしの老いた体には飽きたということですか? それとも、まさかあなたがあの体に入りたいとか」


「女に、女の体になってみるのもおもしろいかと一瞬よぎっただけだ。気の迷いだ」


 き、きもー。おえー。どっちも最低だな。


「悪いわね」


 お母さまがあっさりとボウガンを引く。


 これは死ぬかも。


 そう思ったとき、ドンッと突き飛ばされた。


「あいたたた」


 床に全身を打ち付けて、頭もズキズキする。


「タイラー」

「なんということだ」


 悲痛な声で我に返る。見ると、タイラーが床に転がっている。タイラーの周りに広がる血。


「タイラー」


 よろよろとタイラーに這い寄ると、タイラーの胸に弓が刺さっている。


「タイラー、アタシをかばってくれたの?」

「サ、サマラ。あい…して、る」


「い、いやー」


 タイラーは、本当にアタシを愛してくれていたんだ。タイラーの命の火が消えそうになっている。


「ダメー、かみさまー」


 アタシの癒しの力が暴走する。タイラーが、お父さまとお母さまが、部屋全体が光に包まれた。



***


 それから一年後。

 アタシは毎日の日課をこなしている。


「ほーら、ごはんですよー」


 四匹のブタに残飯を与えながら、どれがどれだっけかと考える。


「君がエミリー姉さまだ。いや、違った、お父さま?」


 さっぱり分からない。まあ、いいか。


「サマラ」

「タイラー、ここに来ても平気なの?」


「う、うーん。平気、ではないけど。複雑な心境。乗り越えつつあると思う」

「無理しないで」


 タイラーの手を握って、家族になり損ねた元義家族を眺める。


 あの日、タイラーを助けたくて出たアタシの全力は、タイラーを全快させた。

 そして、なぜかお父さま、お母さま、ルーニーお姉さま、エミリーお姉さまはブタになった。


 やるのはダメだけど、許せないという気持ちがこういう結果を生んだのだと思う。


 屋敷の地下に、邪神を祭っていたらしい祭壇があったけど、粉々になっていた。

 多分、アタシの力で追い払ったんだと思う。

 あの人たちがなぜ、いつから邪神信じていたかは、もはや分からない。


 タイラーは、家族が邪神の力でアタシを好き勝手しようとしていたことに苦しみ、ブタになった家族に涙していた。でも、立ち直ってきていると思う。


 アタシにひどいことした使用人は全員叩きだしてくれた。アタシみたいに温情をかけたりせずバッサリ解雇していた。


「サマラに何かしたヤツと同じ屋根の下で過ごせるわけがないだろう」


 呆れた顔で言ってたっけ。


 屋敷は広いけど、タイラーとアタシだけだから、使用人はそんなにいらないんだ。

 アタシだって働けるしね。


「そろそろ部屋に戻ろう。壁紙の色を決めなきゃ」

「そうだね。どっちか分からないから、どっちでも大丈夫な色にしたらいいんじゃないかな」


「それって緑とか?」

「そうね。緑とか、水色とかかな」


 タイラーがアタシのお腹に手を当てる。


「家族が増えるね」

「そうだ。減ったけど、増える」


 タイラーが少しだけ痛そうな顔になる。でもお腹の子が元気出せよと蹴り飛ばしたので、タイラーはすぐ笑顔になった。


 この家族を、アタシは全力で守ってみせるんだ。



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この義家族の中だとタイラーのが異端。
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