記録
地球が近付いてくると、人工冬眠装置の中で目覚めたキハラは減速の為の燃料噴射の自動装置を操縦席で操作した。化学燃料の間欠噴射で、軌道修正をしながら、船は地球の引力に捕らえられた。地球を回る周回軌道に入ると、速力を落とした。
「ロム、進入角度を保持してくれ」
キハラが言うと、
「了解いたしました」
と船のAIは応えた。
エイのような船のボディの形状は、大気をつつみこみ、そのまま滑空体としての大気圏を飛行する揚力をうみだしていた。気象条件をセンサーが把握し、着陸地点を絞りこんだ。すべては自動制御だったが、細かい補正は、キハラが制御卓の装置を操作した。観測窓からみるかぎり、地球は変わりない色彩をしている。
キハラはあらゆる周波数で地球へ向けて電波を送信した。宇宙船シリウス号と自分のこと、外宇宙からの帰還であることを送信した。すると、ひとつの返信があった。シリウス号を受け入れるという、彼が住んでいた国からのメッセージだった。
船が大気圏に降下した。船体は小刻みに揺れる。耐熱性コーティングが摩擦熱を吸収していたが、それでも船体底部は大気との摩擦による高熱にさらされて焼損していた。
彼の座る操縦席のディスプレイの横には、妻のマリと娘のレイカの写ったプリントが貼られている。二人と別れたのは、つい昨日のような気がする。
船体の揺れは続く。やがて船は大気圏をくぐり、大地が視界を占めると、平地に着陸した。
彼は固定ベルトを外すと船外へでた。着陸地点は、この国の首都の筈だった。だが目に入ったのは、荒れた大地で、都市のかたちはなかった。
地平の彼方に砂ぼこりが見える。やがてそれは、こちらに近づいてくる車輌のシルエットになった。車輌はキハラの前で止まると、中から降りてきたのは、光沢のある金属のロボットだった。
「キハラさん、こんにちは。着陸を追尾していました」
「君以外に人間はいないのか?」
キハラが尋ねると、
「かなり離れた土地に人間のコミュニティがありますが、わたしは関知していません」
キハラは言った。
「ここには都市があった筈だ。人びとはどこへ行ったんだ?」
「キハラさんが地球をでた記録を照会すると、あれから一世紀が経過しています。その間に熱核戦争が起こり、人間社会は壊滅的な打撃をうけました。キハラさんにお渡しする記録があります。ご案内します」
キハラはうながされて、車輌に乗った。かなり長い時間の経過したあと、車輌は地下へ入った。
舗装された車線が続いたあと、ロボットはオレンジ色に塗られた扉の前で車輌を止めた。
「歴史記録センターです。戦争前の人間社会の記録を保存しています」
キハラはロボットの後から扉を入った。天井近くの高さがあるキャビネットが通路の両脇に並んでいた。ロボットはそのうちのひとつのキャビネットの前で止まると、扉の暗証番号のキーを押して、中の棚からプラスチックの容器を取り出した。ロボットは言った。
「奥様とお嬢様の記録です」
容器を手渡されたキハラが蓋を開けると、中には二本のプラスチック・チューブが入っていた。
「合成されたお二人のDNAです。バッファー溶液に溶かされた状態で保存されています」
キハラの頬を一筋の涙が流れた。
彼方の星の輝きが散りばめられた漆黒の宇宙空間で、シリウス号は加速していた。
船内の人工冬眠装置のなかでキハラは横たわっていた。かたわらにはマリとレイカの遺伝子の入った容器があった。
船のAIのロムはプログラムどおりの、生存可能な条件のととのった惑星を目指して船を推進させていた。




