出会い
敵組織ディヴァイアンに入った初日、俺はマスクの内側で盛大にため息をついた。
「おい新人、これ装備して前線出ろ。すぐ吹き飛ばされるけど死なねえから安心しろ」
支給されたのはヨレた戦闘スーツと、やたら視界の悪いマスク。
しかも、両方とも使用済みの中古品だ。
「コード365番、行くぞ!」
番号で呼ばれるのか……。
俺はコード番号365番、本名は吉川 トオル。とはいえ名乗る必要もないし、こんなバイトには求められていない。
そもそもこの仕事を選んだのも、ただ“楽そうだった”からだ。
求人誌に載っていた「初心者歓迎・戦闘訓練不要・日払いOK・高時給」の文字。
他に応募者いなかったのか、応募した当日に電話が来て、翌日に面接。
「健康体ならOK」という雑すぎる選考の末、その場で即採用。
「ヒーローに吹き飛ばされても死ななきゃいいから!」と、笑って言い切った担当者の言葉を、俺は忘れない。
内容をよく読めば「悪の組織での実働あり」「多少の肉体的衝撃あり」なんて書いてあったが、まぁ地味な全身真っ黒スーツ着て戦うだけだろ、くらいに思っていた。
だが、実際に配属されたディヴァイアンの戦闘員バイトは、想像以上にテキトーだった。
制服も配給制でボロボロ、マスクは曇るし息苦しいし、先輩の指示も雑。
給与やこのゆるさに不満はないのでまぁいいかと淡々と出陣の準備を始め、支給された武器(プラスチック製の棒)を持ち、戦闘員の列に加わった。
*
舞台はショッピングモール前の広場。戦闘が始まった。
主婦やサラリーマンたちの悲鳴が響く中、俺たち戦闘員は無言で並んだ。
そこに現れる、ヒーロー戦隊――ゼットレンジャー。
「悪を許さぬ、正義の力! ゼットレッド!」
「鋼の理性! ゼットブルー!」
「風を斬る知性! ゼットグリーン!」
(……うわ、ほんとに出てきた)
派手なポーズと爆発エフェクト。テレビでしか見たことなかったが、実物は想像以上にうるさい。
だが、俺は特に何も感じない。どうせ俺みたいな雑魚モブなんか、数秒で吹き飛ばされるだけだ。
この仕事はそういうものだし、そこに文句を言うつもりもない。
……少なくとも、この時点では。
(……ん?)
妙な視線の気配を察知し、視線の元を辿るとそこにはゼットグリーン。
気のせいかとも思ったがあきらかに、俺を“見ている”ような気が...。
列の端、背景にすらなっていないような俺を。
顔はマスクで隠れてるし、喋ってもいない。動きだって他の戦闘員と同じはずだ。
気のせいだろうか...?
「……綺麗だ」
グリーンの小さな呟きは、誰にも届かなかった。
彼はゆっくりと、戦場を横切ってこちらに歩いてくる。
他の戦闘員を華麗に蹴散らしながらも、まったくこちらから目を離さない。
(……なんでこっち来てんだよ)
俺は一歩、無意識に後ずさった。
だが次の瞬間、彼はすぐ目の前まで来て、穏やかに、満面の笑みで言った。
「こんにちは。今日が初出勤ですね。初めまして、ゼットグリーンです」
「ど、どうも...」
いや、そうなんだけどなんで知ってんの...?
「そのマスク……貸与品ですね。あなたに他人が使ったものなど身につけてほしくないのですが...。もしよろしければ私が差し上げましょうか。ちゃんとフィット感も調整しますよ」
「い…いらねぇ、です」
戦場の中心、正義と悪がぶつかり合う中で、なぜか俺とこのヒーローだけが奇妙な空間を形成していた。
(なにこれ。めちゃくちゃ面倒くさい予感しかしない……)
だが、その違和感はすぐに現実になった。
それ以降、俺が出勤するたびに、なぜかグリーンが必ず戦場に現れた。
毎回俺を即座に見つけ、にこやかに「お疲れさまです」と声をかけてくる。
マスクの形を変えても、立ち位置を変えても、出撃時間をずらしても無駄だった。
どうやら完全に覚えられているらしい。
モブはみんな同じ格好で背格好だってそう変わるもんじゃないのになんで分かるんだ...。
(……バイト辞めてぇなぁ)




