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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第38話

ディオンが村を発つことになったのはその二日後だった。

その二日間にディオンとゼオンが何を話したかはわからないが、二人が会った時のような険悪な雰囲気はもう無い。

ティーナとディオンの衝突のこともどうにか和解できたようだった。

キラ達はディオンの見送りの為に村の出口の所に来ていた。雲一つない快晴で、この天気なら村の周りの森を抜けるのも比較的楽だろう。

サラはあの後何も言わずに行方をくらましてしまったので、代わりにルイーネが森の出口までディオンを案内することになったようだ。

見送りに来たのはキラ、ゼオン、ティーナ、ルルカ、オズの5人だ。出発の準備が整うとディオンはキラ達に言った。


「じゃあ、色々すまなかったな。」


ディオンはサラがいなくなったことを怒っていないようだった。キラは少し心が痛んだ。

そういえば未だにサラが反乱を企んでいることをディオンに言っていない。言い出しづらいことだったがここで言いそびれて手遅れになったら大変だ。


「あの、ディオンさん、私のお姉ちゃんのことですけど……!」


「反乱派とサラ・ルピアの関係ならオズ・カーディガルからの手紙でもう知っている。

 首都に帰ってから陛下と相談しておくよ。」


言いかけたところでディオンがそう言った。

キラは少しだけほっとした。これで国の人たちに情報が伝われば、サラを止める大きな力になるだろう。

それからディオンはオズの方を見た。


「そうだ、あのことだが、陛下に何と返事しておけばいい?」


「あー……それな。まだ考え中や。」


「わかった、急ぐ話ではないらしいから多分大丈夫だろう。」


キラは首を傾げた。何の話か結局詳しく話してはくれなかった。

ゼオンが見送りに来ているメンバーを見て、ティーナとルルカに訊いた。


「そういやセイラがいないな。」


するとルルカが答えた。


「ああ、あの子ちょっと体調崩したらしいわよ。多分宿の部屋で寝てると思うわ。」


するとすぐにゼオンとティーナが言う。


「……あのセイラが?」


「なにそれ、あたしも知らないよ?」


「けど体調崩したのは本当みたいよ? 見たことないくらい青白い顔してたわ。」


それを聞いたティーナが少し俯き、ゼオンは何やら腑に落ちない様子で考えこんでいた。

セイラが具合悪そうに寝ている姿なんて想像がつかないが、ルルカが言うのだからきっと本当なのだろう。最近暑いから夏風邪か何かだろうか。

ディオンがその様子を見て言った。


「セイラって、あの黒髪で黒い服の小さい子か?」


「はい。」


「あの戦闘の時にゼオンが来る前最初に戦ってたのはあの子だからな、その疲れでも出たのかもな……。」


キラはディオンの言葉に頷いた。珍しいこともあるもんだなと思った。

それから、ディオンはゼオンに言った。


「じゃあ、再調査のことで何か進展があったら連絡する。それまで大人しくしとけよ。」


「言われなくても余計なことはしねえよ。兄貴こそ、国王にまでゴキブリ当主とか言われないようにせいぜいマシな働きするんだな。」


ゴキブリ当主の一言に少しキラは笑いそうになった。ゼオンはたまにすごいことを言う。

その一言が結構ショックだったのかディオンが一瞬言葉を失った。


「なんかお前、姉さんに似てきてないか? 前より口が悪いというか、黒いというか……」


「まだまだ、姉貴の境地には達してねえよ。」


「頼むから姉さんが二人居るみたいなことにはならないでくれよ。俺が死ぬ……」


一体ゼオンのお姉さんとはどんな人なのだろうと疑いたくなった。

けれどゼオンがディオンと、まだ言い方に棘があるものの普通に話せているようなのでキラは安心した。

もし次会うことがあっても、もう会っていきなり戦うようなことにはならないだろう。

キラがそう思って笑うと急に誰かに凸ピンされた。おでこを押さえながら凸ピンした人物を見る。先ほどまでディオンと話していたはずのゼオンだった。


「笑うな馬鹿、うざい。」


「ううー…うるさいばかやろー、いきなり凸ピンはないじゃん!」


頬を膨らませて言い返すキラとそれをあっさりスルーするゼオンを見てディオンが笑った。

それから、少し安心したように言った。


「牢獄から逃げ出したお前がそう楽しそうにしてるとは思わなかったよ。

 前と違って、味方になってくれる人もたくさんいるみたいだし、よかったな。」


ゼオンはその言葉を聞くとぷいと顔を背けて黙ってしまった。その癖は今までと変わらないらしい。それからディオンがルイーネに言う。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。道案内を頼む。」


「わかりました。」


そしてディオンはキラ達の方をもう一度見る。


「じゃあな、また今度。そいつのこと頼むよ。」


そうしてディオンはルイーネについていき、森の中に消えていった。

キラはディオンの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。

また今度会う時は、きっと敵じゃなくて最初から味方だろう。そしてきっとその時は、サラとの対決の直前じゃないかと、なんとなくそんな気がした。

ゼオンはディオンが歩いていった道をしばらく何も言わずに見つめていた。

そして呟いた。


「『頼む』って、全くあのクソ兄貴……何様のつもりだ。」


「何様って、ゼオンのお兄さんでしょ?」


「ったく……。」


ゼオンは森の奥から目を離さなかった。ディオンが去ってしばらく。

キラもゼオンも名残を惜しむようにそこから立ち去らなかった。

ディオンが来る前と同じ、よく晴れた空だった。夏が来た。目が眩むくらい眩しい青の中を一筋の白がゆっくりと流れていった。

ティーナがゼオンに言った。


「ゼーオーン、そろそろ戻ろうよ、ね?」


「……そうだな。」


ゼオンはやけにあっさりと森に背を向けてキラ達を置いて歩き出した。


「ほらっ、キラも帰ろ!」


ティーナの言葉にキラは笑って頷いた。そしてキラもゼオンも、ティーナとルルカも一緒に村へ戻っていった。

つかの間の平穏とはわかっているけれど、今この時が楽しくて、キラは笑顔を絶やすことなく歩いていった。

逃亡者三人と出会って、最初はどうなるかと思った。けれど今はこんな日常も悪くないと思う。

どうかこのまま平和な時が続きますようにと。叶わないとわかっているけど願わずにはいられない。

キラ、ゼオン、ティーナ、ルルカ。森に背を向けて帰っていった。
















オズだけは別だった。キラ達は村へと戻っていったが、オズは村の出口から離れなかった。

熱くも冷たくもない、生きた気のしない瞳で森ではなく足元をずっと見つめていた。

いつも笑顔の仮面に本性を隠す道化が背負っているものをキラはまだ知らない。そして10年前のもう一つの真実も。

村に戻ることもせず、ずっとその場に立ち尽くしたまま、空だけが動いていった。

その時だった。


「あー、居た、オズさん! ちょっといいですか?」


声の主はショコラ・ホワイトだった。振り返ると村の方から息を切らしながら、けれど楽しそうにこちらに走ってくるホワイトの姿があった。オズは言う。


「何や、どないしたん?」


するとホワイトはいつにも増して楽しそうに言った。


「7月ですよ、もうすぐ夏休みです、夏休みですよ!」


「はぁ……確かに夏休みやな。で、何やねん。」


「旅行行きましょう旅行!

 私、夏休みにクローディアさんのところに行く予定なんです。オズさんもどうです?」


オズは少し考えこんでから返事をした。


「ああ、じゃあ俺も行こかな。あいつに直接訊きたいこともあるし……」


「それで、キラちゃんやゼオン君も連れて行きませんか?」


「あいつらを?」


オズは首を傾げる。ホワイトは更ににっこり笑った。


「私、ディオンさんに訊いたんですよ。そしたら、とっても面白いことがわかっちゃったんです!」


そしてホワイトは周りに聞こえないようにその「面白いこと」を話した。

オズは初めは乗り気ではない様子だったが、話を聞き終わると急にニヤリと笑い出した。

そして先ほどの憂鬱な様子はどこへ行ったのやら、急に明るく笑いだした。


「へぇ、やっぱそうなん?」


「そうですよそうですよ、ディオンさん言ってました!」


「なるほど、確かにそいつはおもろいなあ!」


そしてオズは口元でニヤリと笑い、森に背を向けて村に戻り始めた。やたら楽しげに話しながら。


「よっしゃ決まりや、旅行や旅行ー!」


「旅行ですー!」


「行き先はヴィオレ! 国境越えるからゼオン達のことはまた裏工作せなあかんなー。」


「裏で工作……? 木材とトンカチがいりますかー?」


「ようわかっとるやないかー。」


「いいですねー、楽しそうです! ところでミカンとバナナはおやつに含みますかー?」


「俺が嫌いやからあかん!」


「えーケチですよー!」


オズのやかましい笑い声は草原中に響き渡り、危機の終わりと愉快な夏休みの始まりを同時に告げた。

またオズに振り回されることになるなんて、この時はキラもゼオンもまだちっとも気づいていなかった。



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