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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第37話

「ご苦労、ルイーネ。もうええで。」


オズがそう言うとルイーネはセイラとの通信を切った。ホロはスルリとどこかへ消え去り、今草原に居るのはオズとルイーネの二人だけとなった。

足元の草が揺れる音と共に追い風が吹く。辺りを見回すと草が黒く焼け焦げた箇所や地面が抉れた跡が目についた。

激しい戦いの舞台となった場所に残ったオズはルイーネに指示して、サラを待ち伏せしていたセイラの様子を探っていたところだった。

欲しいものは手に入った。オズは楽しそうに笑うと、用は済んだので村へと戻り始めた。

するとルイーネが困惑した様子で尋ねた。


「あのー性悪謎女が連中と敵対……ってどういうことですか? 連中って何ですか?」


「お前が知る必要は無い。忘れろ忘れろ。」


「むぅ……これだけ私をこき使っておいてそれはないですよ。」


「しゃーないやろ、だって……」


オズの目が急に何か忌まわしいものでも見るように鋭くなる。


「お前の『役目』を考えると……なぁ? ちょいと信用ならへんしなあ?」


それはルイーネにとって拒絶同然の言葉だった。オズもそうわかっていて言っていた。ルイーネの表情が凍りつく。そして少し傷ついたように俯いた。

そしてまた背を向けて歩く。ルイーネには悪いがこう言うのが一番話をそらすには手っ取り早くて確実だった。

サラのバックにいる人々、そしてセイラが今置かれている状況もようやくわかった。あとは相手の出方を見ながらうまく駒を動かし対応して打ち崩していけばいい。

ルイーネや他の人々にオズやセイラが関わってきた「連中」のことを話す必要なんてない。話したくはなかった。

そもそも話したところできっと誰も信用しないしわからないからだ。


ルイーネから少し離れてオズは歩き続けていたが、突如足を止めた。

僅かだが何者かの気配を感じた。だがここはだだっ広い草原。人が隠れられる場所はどこにもなかった。

だが確かに人が居る。同時に何らかの魔法が動いているともわかった。オズはこの気配は初対面の奴ではないなと感じた。


「なあ、隠れてないで出てきたらどうや? なんやったっけ、前に図書館に来てたな。 たしかお前は……ショコラ・ブラック。違うか?」


静かな声が誰もいない草原によく響く。

すると急に空の一部が割れ、その裂け目からすらっとした背の高い天使の少女が現れた。

空にできた不気味な裂け目は少女が地上に降り立つと共に塞がっていく。

短い鮮やかな赤い髪に金の瞳、右耳にだけルビーのイヤリング。手に薔薇の飾りが着いた細身の剣を持った少女……ショコラ・ブラックだ。

今の奇妙な魔法は瞬間移動の魔法に似ていたが違った。おそらく空間を裂いて別の場所と繋いで移動してきたのだろう。そのような魔法は初めて見たなとオズは思った。

オズの目つきは普段ブラックと話す時の目と違った。他人と話す時の作り笑いの目ではない、敵を見る目だった。


「こそこそ隠れて何の用や?」


「いいや、別に。騒がしいなと思ってね、ただの様子見。」


「様子見……か。」


ショコラ・ブラックは一見気だるそうに目の前に立ち尽くしているだけのように見えたが、もう彼女がただの少女ではないことは明らかだった。

悪趣味な様子見だとオズは思った。つまり、先ほどの激しい戦いを観客席から傍観していたというわけだ。

ただの、とは言うが下手すれば村が焼かれて負傷者が出るかもしれないあの時のキラをわざわざ見るためだけに来る人なんているわけがない。普通逃げるか止めるかどちらかだ。何かがあるとオズは思った。

ディオンが来てからのことを考えてみると、一つ気になる点があった。


「ゼオンが村長の家にいることをペルシア達に伝えたのって……お前か?」


ゼオンが村長の家を抜け出した直後、ホロを通して通信した時、オズはそこにペルシア達がいるとは予想していなかった。

ついでに言うとあのリーゼという少女がここにやって来ることもだ。

これが偶然とは思えなかった。


「そうかもね。感謝してよ、結果あんたのやりたいようになったでしょ。」


「悪いなあ、俺はひねくれ者なんや。そんなことする奴には必ず裏がある……って考えてしまうねん。」


「裏……ね。ここで言っちゃったら裏でも何でもなくなるんじゃない?」


「確かに。その通りやな。」


やはり素直に答える気はないようだ。そのまま何事も無かったかのようにブラックは村へ戻っていこうとした。

捕らえて『裏』について洗いざらい吐かせようかとも思ったが、まずはこちらも様子見といくことにした。

相手の正体も裏に誰が居るのかも知らずに手を出すのは得策ではない。

不気味に笑う紅の瞳がブラックの後ろ姿を捉えていた。すると急にブラックが立ち止まった。


「少し忠告しといてあげる。スカーレスタ条約の改正、受け入れない方がいいよ。」


オズの表情が凍りつき、燃え上がって怒りの表情となる。

スカーレスタ条約の改正の話をなぜブラックが知っているのだろう。あれは表向き公表されるはずのない機密の話なのだ。

条約の存在だけならともかく、改正の話はディオンが来て初めて出てきた情報だ。


「……まあ、あんたが是非とも殺されたいって言うのなら好きにすればいいと思うけど。」


ブラックはオズに対して「殺す」という言葉を堂々と口にした。ただの女子学生ではない、幾多の修羅をくぐり抜けた者しか持てない空気をブラックは持っていた。

今までホワイトの同級生としか思っていなかったが、このショコラ・ブラックという人ただ者ではないと感じた。

ホワイトの妙な戦闘能力の高さといい、ホワイトとブラック、この二人のショコラが一体何者なのか少し気に留めておく必要がありそうだった。

それからブラックは言った。


「それとショコラ・ホワイトのことだけど、あんまあいつ戦わせないでくれない?」


「へぇ、何でや?」


「あんたほどじゃないけれど、あいつもそこそこの爆弾だってことだよ。」


その言葉にはどこか重みがあった。


「じゃあねオズさん。あたし眠いからもう帰るよ。」


ブラックはそう言うと剣で虚空を切り裂いた。

すると突然空間が裂け始める。そしてブラックはそのまま空間の裂け目に入っていき、ブラックを完全にしまいこむと裂け目は閉じていってしまった。残されたのはオズとルイーネ二人だけだ。

急に風が強くなり始めた。嘲笑うように周りを渦巻いてはどこかへ消えていく。

またややこしい奴が増えたなとため息をついた。


「帰ろうか、ルイーネ。スカーレスタ条約についての返答もまだしてへんし……。」


どことなく表情が暗いオズの後ろをルイーネは口を閉ざしてついていった。



◇ ◇ ◇



静かな夕暮れだった。誰かが話す声もない空間。窓からワイン色の光が射し込みカラスの声がした。

リディは椅子に腰掛け、古いテーブルの上へ目をやった。そこには一つのチェス盤。白と黒のマス目にいくつもの駒が並んでいる。

駒はほぼ全て揃っていた。欠けているのはあと白のナイトだけだ。

白と黒の戦いはまだ始まったばかり。黒のナイトとクイーンはなんとか白のルークを退けたようだった。


「ゼオンを追い出すことはできなかったようね、メディ?」


すると目の前にリディと瓜二つのの顔の少女が現れた。だが瞳の色とドレスの色だけはリディと違っていた。

紅の瞳、黒いドレス。背中には黒と赤の水晶と真珠を組み合わせたような機会仕掛けの羽がついている。

少女は薄笑いを浮かべて少し上の方からリディを見下ろしていた。

リディと同じ顔の意識体、リディにしか見えない少女、メディ。

誰もが見惚れそうな綺麗な顔で残虐な笑みを浮かべるその少女はリディと切っても切り離せない存在だった。

メディは楽しげに笑った。


「確かに。ディオンとゼオンは和解したし、もう首都に連行されることもないでしょうね。

 それどころか、下手したらあいつらと国側が手を組むかもね。」


目の前の壁は取り除くことができた。リディは少しほっとしてチェス盤を見つめる。

だが、それを見たメディが馬鹿にしたように笑い出した。



「あら、何安心してるの、馬鹿じゃなぁい?

 確かにゼオンとティーナは追い出せなかったけど、私の一番の目的は果たしたわよ?」


「……どういうこと?」


リディは蒼い目でメディを睨む。

手が震え出す。何を犠牲にしても守りたい宝に、何か恐ろしいものが手を伸ばしているような予感がした。

切り裂くような紅い目が蒼い目を見据える。

メディの笑い声が消えた。眉間にしわが寄り、強い憎しみの色が顔に浮かび上がっていた。


「白々しいことを言うわね。あなた気づいていたはずよ。」


「何を、するつもり……?」


「……これだから嫌だわ、この狸女。まあいいわ。

 スカーレスタ条約の改正案の提示。私はそれさえできればよかったのよ。

 私はあなたが一番嫌いよ。けどあなたと同じくらい嫌いな奴がもう一人いる……私の狙いが誰だか、わかっているでしょ?」


そう言ってメディは再びクスクス笑いだす。スカーレスタ条約とはウィゼート内戦終結時の条約。

改正案というのは、その条約の中の公表されていない密約の部分。密約をなかったことにしようということだ。

密約が無くなった時、何が起こるか。リディは簡単に予想できた。

リディは唇を噛んで俯いた。チェス盤上の争いはまだ始まったばかりだった。

けれど白は確実に黒のキングを狙ってきている。


「ねぇ、抵抗は止めておいた方がいいわよ?

 さっさと私の要求を受け入れなさい。……あなたが一番大切な人を失いたくないならね。」


笑い声が消えない。耳を塞いでも聞こえる。目を閉じてもメディは確かにそこに居る。

少しずつ少しずつ、黒のキングを狙って駒を動かしていく。追い詰めていく。

そしてキングが自ら懐に入ってくるのをメディは待っているのだろう。


「さあ……次の手を打たなきゃね。」


そうしてメディはまたどこかへ消えていった。

けれどどうしてだろう。あの不気味な笑い声は消えてくれなかった。ずっと耳に残り、何度も繰り返して再生された。

メディの声が耳を支配するのと同時に脳裏に一人の姿が浮かび上がる。

その人の姿を思い浮かべるだけで胸が苦しくて鼓動が速くなる。

そしてその人が血に染まる時がやがて訪れるのかと思うと震えが止まらなかった。

このままではあの人が消されてしまう。ミラやイクスと同じように。


「どうか無事でいて。オズ……!」


夕暮れの向こう側、迫り来る夜の闇を見つめて願った。


挿絵(By みてみん)


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