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ある魔女のための鎮魂歌【第1部】  作者: ワルツ
第5章:ある魔法使いの後奏曲
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第5章:第34話

目を覚ました時、最初に見えたものは青くて広い空だった。風の音と鳥の声がする。

何だか急にどっと疲れてしまった。けれど不快には思わなかった。

もうおかしな声もしないし、体も思い通り動く。

帰ってきた。キラは少し笑って手をついて起き上がった。その時左手の傷が痛み、思わず手を抑えた。

その時、あの根暗の声がした。


「案外起きるの早かったな。馬鹿はもう少しよく寝るもんかと思った。」


ゼオンだ。キラの横に傷だらけのまま座っていた。両手でも数え切れないくらいの傷、火傷。脚と左腕が特に酷かった。

自分の意志ではなかったとはいえ、全てキラがつけた傷だ。キラはにっこり笑ってゼオンを見て、その後少し俯いて言った。


「なんか…ごめん。あんたを助けるつもりだったのに、なんかまた助けられちゃったね。」


「阿呆か。俺は一度もお前を助けようとした覚えなんてねえよ。

 ……自分の過去にけりつけに来ただけだ。勘違いするな馬鹿女。」


ゼオンはそう言って顔を背けた。キラはきょとんとしてゼオンを見る。

相変わらず素直じゃないな、と見ていてなんだかおかしく感じた。

キラは笑いながら冗談でゼオンをぽかぽか殴った。


「全く、相変わらずひねくれ者なんだから! やいやいっ、ばかやろー!」


「痛……痛い、傷開くから止めろ。いたっ。」


今日は脚の怪我のせいでゼオンはキラがぽかぽか殴っても避けなかった。

いつもより大人しい……というより生意気さのないゼオンがなんだかおかしくてまた笑った。

その時、今度はあの二人の声がした。


「やっほうゼオーンお疲れ様ぁー、愛してるぅーっ!」


「……だそうよ。両手に花で、ご苦労様ね。」


ティーナとルルカだ。ルルカの言葉にゼオンはムッとしながら言った。


「……どの辺が花でどの辺が両手なんだ?」


ゼオンの近くに花は咲いていないけどなとキラは不思議に思って聞いていたが、ルルカはなぜかすごく呆れた顔をしていた。

ルルカも相変わらずルルカだし、ティーナは相変わらずティーナで、ゼオンにキャーキャー言っていた。

キラはまた笑った。またこうして話して、笑えて本当によかったと思う。

こうして日常を取り戻せたのもゼオンがあの時、魔法で杖を弾き飛ばしたおかげだ。その時、ふと疑問に思っていった。


「そういえば、あんたどうして剣無しで魔法が使えたの?」


「それは多分……」


ゼオンが言いかけた時、誰かがまたキラ達の前に現れた。…オズとルイーネとリーゼだった。


「へー……、それ多分、ゼオンが吸血鬼とのクォーターだからやろ。」


「魔術師や天使や悪魔は媒体無しで魔法は使えないけど、吸血鬼だけは媒体無しで魔法が使える種族だから……。」


リーゼがそう説明した。キラは素直に感心した。

もともと吸血鬼はキラにとってあまり馴染みのない種族だし、吸血鬼の知り合いはいないのでそのことは知らなかった。

するとティーナとルルカは少し意外そうな顔をした。


「クォーター? ゼオンが?」


「初耳ね。」


「あれ、そっち? 二人とも知らなかったの?」


「しょうがないじゃん、ゼオンってば自分のこと何にも話してくれないんだもん。

 ゼオン、後であたし達にもどういうことか教えてくれない?」


ティーナが少しふてくされたような顔をして、ゼオンはなだめるように「わかった」と一言だけ言った。


「やっぱり、だからあの時魔法が使えたのか……」


ゼオンが自分の手を見ながら呟いた。だが急にハッとしたような顔をすると急にゼオンはオズを見た。キラは首を傾げる。

そしてゼオンが何か言い出そうとしたした時、急にルイーネがそれを遮るように言った。


「ところでお二人共、怪我は大丈夫なんですか?」


「そーだよ! やいっ、このゲス詐欺師! こんなこと企んだのあんたなんだし、さっさと責任とって治癒術使いなさいっ!」


ティーナが思い出したように怒ってわあわあ騒いでオズを睨みつけた。するとオズは少し困ったような顔をして言った。


「あー……、治癒術だけは俺使えへんねん。悪いな。」


「…あ、それなら私がやろうか?」


リーゼがそう言ってキラとゼオンのところに行った。そして薄めの魔術書のような本を取り出して呪文を唱えだした。

そして魔法が発動すると、あれほど酷かったゼオンの怪我もキラの手の傷も一瞬で塞がり、ほぼ完治した。

これにはキラだけでなくてティーナやルルカやオズも感心したようだった。キラ以外の人から見てもとても完成度の高い治癒魔法だったようだ。ティーナが声をあげた。


「へー、クルクルちゃんすごいねぇ。」


「そ、そんなことないよ。あ、そうだ二人とも。」


リーゼは二本の杖を取り出した。片方はキラの黄色い宝石の杖、もう片方はゼオンの赤い宝石の杖。どうやらゼオンの手から離れたので剣は杖に戻っていたようだった。

リーゼは優しく笑って杖を手渡した。キラは少しだけ杖を手にとるのを躊躇った。


「もう、大丈夫なのかな?」


「大丈夫だと思うよ? ほら、今、私が触れても大丈夫だし。

 もう何も起きないと思うから。はい、どうぞ。」


キラとゼオンは杖を受け取った。もう頭痛もおかしな声もしない。ただの杖だった。ゼオンの怪我も治ったし、何もかも無事元通りだった。

するとルルカが言った。


「まあ、一件落着ってところかしら。こいつの筋書き通りってところが気に食わないけど。」


ルルカとティーナがオズを睨みつけたがオズはへらへら笑うだけだった。

そこでやっとキラは最初はセイラが止めきれなければオズがキラを止めるはずだったことを思い出した。

なぜゼオン達が来たのか尋ねようとしたがルルカ達の様子を見ていると言い出せる空気ではなかったので、結局キラは「まあいいか」と流してしまった。


「……そうだ、俺はまだ……。」


ゼオンの顔が険しくなった。そして顔を上げ、オズの向こう側を見る。

キラもそちらを見て、納得した。そこにいたのはショコラ・ホワイトとディオンだった。

ゼオンの目がディオンを見る。まだ一件落着までには一つ壁があった。

ゼオンとディオンが和解できなければ、本当に事が解決したとは言えない。

ディオンは複雑そうな顔をしてキラとゼオンのところまでやってきた。

そしてまずキラに言った。


「大丈夫か?かなり激しい戦いだったが…」


「あ、大丈夫ですっ。怪我したけどリーゼが治してくれたし。」


「そうか、よかった。……で、お前は大丈夫なのか?」


ディオンはそう言ってゼオンを見た。心配しているのかそうでないのか、目を見ただけではよくわからない。

再び緊張感が漂い始め、皆がゼオンの方を見る。ゼオンは急にそっぽを向いて言った。


「今更何だ、このクソ兄貴。お前に心配される筋合いはねぇ。」


キラとリーゼがため息をつき、オズがすごく楽しそうに笑った。キラは説教でもするように言った。


「あのね、どうしてあんたはそんなこと言うかなあ! 人の苦労を何だと思って……」


「一番苦労したのは俺だ。」


「あう……確かに。」


まさにその通りでカクンとキラは俯いた。


そしてゼオンはディオンを半ば睨むように見た。キラは焦った。また険悪な空気になりそうで怖い。

また初めてディオンと会ったときのようなことになってほしくはない。

するとディオンがため息をついた。


「……そう言われても仕方がないよな。」


「随分急にしおらしくなったな。……あの事件のこと、もう言わないのかよ。」


後悔でもしているのだろうか。それともまだゼオンへの怒りは収まっていないのだろうか。どちらのようにも見える。

するとディオンの目がつり上がり、口調が少し荒くなる。


「そりゃ、あの事件のことは許せない。血まみれの死体と焼け落ちる屋敷……今でも忘れられないさ。お前のことはもちろん恨んでいた。

 けど……『犯人』がお前じゃないのなら、もう責めようがないじゃないか。」


ディオンの悲しげな表情が印象に残った。見えてきた感情は怒りではなかった。

ディオンはゼオンが一族から虐げられる状況を作った張本人。それだけでも後悔していたようなのに。

本当の『犯人』にディオンはようやく気づいたようだった。そしてキラを見た。


「お前の目が紅くなった時、俺は七年前の犯人にもう一度会ったような気がした。

 俺はようやく『犯人』はゼオンじゃないって気づいたよ。ゼオンの目とあの時の『犯人』の目は別物だった…。」


ディオンは俯いた。

キラにはディオンに同情はできても共感はできない。それができるのは…案外サラなのかなとふと思ったりした。

そしてディオンは辛そうな顔で言った。


「薄々気づいていたような気はするんだ。でもあの時のショックと、その後の状況への不満でつい感情的になってしまった…。悪いのは全部お前だと思いこんでいた。

 …違ったんだな。結局、お前は『犯人』に利用されただけ。そんなお前を犯人に仕立て上げてしまったのは紛れもなく俺だ…。ただでさえ、俺はお前をきつい立場に追い込んだっていうのにな。

 結局…悪かったのは全部俺の方だったってことか。」


ディオンは平然を装うように無理に笑い、そして黙った。

そしてゼオンに手を差し伸べて言った。


「無理かもしれないけど、今までのこと…許してくれないか?」


辛そうなディオンと対照的にゼオンは相変わらずの無表情だった。

キラはおそるおそるゼオンの方を見る。ゼオンはなんと言うだろう。

ゼオンはその手を見て、ディオンを見て、それから真っ先に言った。


「…アホらしい。」


またため息をつきたくなった。けどゼオンは続けてこう言った。


「全部兄貴のせいってことはないだろ。少なくとも、俺がクロード家から忌み嫌われることになった原因には姉貴だって関わっているのは確かだし、それに事件の日に俺は自分から杖を受け取ったから、100%俺のせいじゃあないかと言われたらそうでもないんだ。」


それから少しの間沈黙が流れた。

その先の言葉を待つようにキラがゼオンの顔を覗き込む。

それがうっとおしかったのか、ゼオンはチラッとキラの方を見るとデコピンでキラを追っ払い、キラは額を押さえて大人しくなった。

それから、改めてディオンに言った。


「…俺の方こそ、あの時杖を受け取っていなければ…。

 …ごめん、悪かった。」


すごくぶっきらぼうな言い方だった。とてもゼオンらしいなと思ったけど。

ディオンの表情が少し明るくなる。それを見たキラの表情も明るくなった。

そして少し調子に乗ってゼオンに言った。


「ほらっ、じゃあこれで仲直りってことで良し?いいよね? んじゃー仲直りってことで握手握手ー…いだっ。」


ゼオンにまたデコピンされた。キラは頬を膨らませてゼオンを見たけれどゼオンはツンとしてそっぽを向くだけだった。

そしてため息をついて呟いた。


「…ったく、仕方ねえな…」


ゼオンは差し出されたディオンの手を握ってかなり乱暴に握手した後、すぐさま手を放した。

ディオンはしばらくぽかんとしたような顔をしていたが、お互い和解できたことを理解したのか、先ほどより柔らかい表情で笑った。

対してゼオンは相変わらずの無表情。それにキラが笑った時、ゼオンはまたキラにデコピンした。

キラは三回もデコピンされたおでこを押さえた。


「痛いじゃないか、もうっ!」


「なんだ、馬鹿も痛いってことくらいはわかるんだな。」


そう言って向こうを向いたゼオンをキラはぽかぽか殴ろうとして……止めた。

向こうを向いたゼオンの顔が少しだけ笑っていたような気がしたから。



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