第5章:第33話
ぶっとばせ。杖も過去の人殺しの称号も全部。
キラの声は確かにゼオンに届いた。。そして一瞬だけキラの目が蒼に見えた気がした。
黒い風が渦巻く世界の中、ゼオンは傷だらけの腕で再び剣を構える。腕が、脚が悲鳴をあげる。
けれどその程度の痛みで倒れる気はない。ここで倒れたら、キラにどう謝れというのだろう。
「全く…たまには大人しくしてりゃいいのに。あの馬鹿…。」
キラの瞳を見つめて小さく呟いた。そして再び燃え上がる炎のような目を鋭くさせ、キラに斬りかかった。
キラがかわし、杖で反撃する。それを受け流して隙をついてまた一撃…受け止められたが負けはしない。
再びせめぎ合う剣と杖。あと少し。この杖さえ弾き飛ばせば、一歩進める気がするから。
その時、急にキラの左手が杖を引いた。きっとキラ本人の仕業だ。
その隙に後ろに回り込もうとするが、右手に杖を持ち替えたキラに防がれる。舌打ちして一度距離をとる。そしてもう一度目の前の人を見据えた。
何もかも自分と正反対の人だなと最初から思っていた。馬鹿で鈍くて、そしていつも楽しそうで。まさか、抱えている過去まで正反対だとは予想していなかったけれど。
絶対にキラのようにはなれないな。見かける度にいつも思った。明るすぎて眩しくて、時々見てると自分が嫌になった。そして、キラもゼオンを見る度に自分とは正反対だと思っていると薄々気づいていた。
それでもどうしてお互いなんだかんだいって拒絶しなかったのかはよくわからない。
「緋色の業火よ…地を焼き尽くせ!フラム・ヴォルテ!」
「天を切り裂く雷鳴よ…響きわたれ!エクレール・ティフォン!」
炎と雷がぶつかり合い、光が飛び散る。隙を見ながら再び剣で斬りかかるゼオン。それを迎え撃つキラ。ゼオンは傷だらけ、キラは時々動きが止まる。それなのに戦いは益々激しくなっていった。
結局、羨ましいからこそ拒絶しなかったのかなとふと思った。太陽が眩しいから、雲に隠れてかすんでしまえば幸せかって、そんなものでもないだろう。
それとも、正反対のように見えて、実はどこか似ているところもあったのだろうか。
自分と同じ紅の目をしたキラは自分を映す鏡のようだった。その鏡を割る為に、紅を蒼に戻す為に、ゼオンは前へ進み続ける。
「燃え盛る炎よ…集え我が手に!ワゾー・ドゥ・フラーム!」
ゼオンはキラの攻撃を避けると、炎の魔法を放ちながら後ろに回り込んだ。そして後ろからキラの手元の杖を狙う。
するとキラが盾の魔法で壁を作る。ゼオンは魔法で剣に炎を集め、そのまま炎の剣を盾に突き刺した。
強い力が剣を押し返そうとする。だがゼオンも負けじと剣を突き刺す。盾が悲鳴をあげるように無数の光が舞う。
そしてついに盾を突き破った。キラは盾が壊れた衝撃で大きく後ろに飛ばされた。そして、体勢を立て直すとゼオンを睨みつけて言った。
「やるじゃん…流石に雑魚じゃあないね。…あいつに『選ばれた』だけのことはあるわ。」
その時言われた『選ばれた』というのが何のことかはわからなかった。けれどそれを尋ねている余裕はなかった。キラが何か呪文を唱えると、杖が雷を帯び始めた。
こちらを見下すような目をして金色に輝く杖をキラは掲げる。
「次でチェックメイトでどう?」
「される側じゃなくてする側ならな。」
これで終わらせる。そうキラの瞳が言っている。それなら、とゼオンの剣に集まる炎がさらに大きくなった。
お互いの武器をしっかりと握り直す。次が最後だ。
波が退くように世界が静まりかえった。そして、爆薬が弾けるように時が動き出した。
「バイバイ、脳天かち割ってやるよ、この混血魔法使い!」
「…ったく、杖で殴る魔女があるかよ、この馬鹿女!」
地を蹴って駆ける。チャンスは一度きり。狙うはあの手元。
力も速さも多分今のキラには劣るだろうけど、必ず打ち勝ってみせる。
一人の魔女と一人の魔術師。チェックメイトはもうすぐそこ。
二つの紅の瞳がギッと鋭くなり、杖と剣がぶつかり合う。そして、何かが弾き飛ばされる勢いのいい音が響き、何かが宙を舞った。
しばらくの沈黙。そして数秒後、はるか後ろの方で何か重たい物が響く音がした。そしてまた沈黙。
魔女と魔術師はまだ二人ともその場に立っていた。だが先ほどとは明らかに状況が違う。
武器は片方の手にしか握られていなかった。もう片方の武器は遥か後ろ、手の届かないところに落ちている。
そして、初めは小さく、そしてやがて大きな笑い声がした。
「ねぇ、これって私の勝ちだよねぇ。ねえ、ゼオン?」
ゼオンの手に剣は握られていなかった。弾き飛ばされてはるか遠くに落ちている。そして目の前には黄色い宝石の杖をゼオンの額に突きつけているキラ。真っ赤な瞳が勝ち誇ったようにこちらを見ている。
武器はもうない。体はもう傷だらけだ。そして杖を突きつけられて逃げる余裕もない。歯を食いしばり、キラを睨みつけるけれど、ゼオンにはこれ以上戦う術がなかった。
魔術師も魔女も杖か何かの媒体が無ければ魔法は使えないのだ。それはルルカのような天使やティーナのような悪魔も同じ。
剣が弾き飛ばされた以上、魔法は使えない。魔法も武器も無しに戦うことは不可能だ。
今のゼオンは狩られる寸前の獲物以外の何でもなかった。
どんなに紅い目のキラを睨みつけても、どんなに悔しがっても、戦えない者は倒されるだけだ。
ここまでか、俯きかけるゼオンにキラは嫌味のように笑いかける。そして容赦なく杖を振り上げて言った。
「じゃあねバイバイ、混血魔法使い!」
一筋の光が見えたのはその時だった。自分の過去と生まれに感謝する最初で最後の時だろうと思った。
とっさにゼオンはキラの足元を蹴り飛ばして杖の目の前から逃げた。一瞬キラはバランスを崩したがすぐに体勢を立て直しゼオンに杖を向ける。
剣を拾っている暇はない。けれど戦う手段が全く思いつかないわけではなかった。
確証はない。けれど絶対に有り得ないと聞いた覚えもない。なら、やらないよりやった方がましだ。
ゼオンは剣無しで呪文を詠唱し始めた。
「地を焼き尽くす聖なる炎よ…」
来い、そう強く願いながら呪文を唱える。まだ光も魔法陣も現れない。
キラがそれを黙って見過ごすわけがなかった。
「魔法なんて使わせないよ!」
小さな雷の球体がゼオンの脚に当たる。痛みと共によろけて膝をつく。けれど詠唱はまだ途絶えない。
途絶えさせるつもりはない。その時、ゼオンの手の先が光りはじめ、地面に魔法陣が浮かび上がった。
大丈夫だ、いける。ゼオンは詠唱を急ぐ。流石に媒体無しじゃ強い威力は出ないだろうが、魔法が使えればまだ戦える。
戦う手段があるならば諦める理由も無い。
だが、その希望を打ち消すようにキラがゼオンの前に立った。そしてキラも呪文を唱え始めた。
「雲を切り裂く雷鳴よ…我が意に答えたまえ…」
ゼオンが作り出した光よりも圧倒的に強い光が現れ、辺りを覆い尽くしていく。
魔法の撃ち合いじゃ絶対に勝てない。そう確信せざるおえない勢いだった。浮かび上がる巨大な魔法陣、杖の先で雷が激しく音をたてる。
そしてキラとの距離が近すぎて避けることも不可能だ。そもそも先ほどの攻撃でもう脚が言うことを聞いてくれない。
しかも、先に詠唱が終わったのはキラだった。
「地を切り裂け雷鳴の剣!エペ・トネール・コロッサル!」
それでも、こんなところで負けるわけにはいかないから。処刑の刃を見せつけられても、ゼオンは瞬き一つしなかった。
巨大な雷の剣がゼオンの真上に在る。今、ゼオンを貫こうとしている。
紅い目を見開くゼオンにキラは杖を振り上げ、雷の剣がゼオンに迫る。
だが剣はゼオンを貫かなかった。
雷の剣はゼオンまであと一歩のところでぴたりと止まった。驚いていたのは、ゼオンよりもキラの方だった。
だから遅すぎるんだよ、馬鹿女。ゼオンは呪文を唱えながらそう思った。
血に染まったキラの左手が杖を持った右手を抑えている。右手が左手を払いのけようと振り回しても離すことはなかった。
その時ゼオンを見下ろしているキラの目は蒼かった。
そして、強い叫び声がした。
「今だよ…弾けッ!」
ゼオンは手をキラの杖に向ける。
「舞い散れ火桜…緋色の不死鳥!スリズィエ・ドゥ・ヴォルカン!」
紅蓮の光と炎が放たれる。真っ直ぐキラの杖へと向かう。キラの右手が左手を振り払おうともがく。けれど左手は絶対に力を抜かない。
そして、ついに紅い炎の力がキラの杖に当たった。
激しい音と目が眩むような光が辺りを覆い尽くして何も見えなくなる。
果てしない時が流れたような気がした。実際はほんの数十秒のことだったのかもしれないけれど。声をあげる力ももう残っていなくて、膝をついたまま呆然としていた。
突然目の前で誰かが倒れる音がした。
怪我をした脚を引きずり、その傍まで行く。その顔を見た時、ゼオンは気が抜けたように座り込んだ。
気を失ったキラがアホ面で倒れていた。右手にもう杖は握られていない。
その時、何かが割れる音がした。崩れて壊れていく音。ゼオンとキラを取り囲んでいた黒い結界が崩れて消えていく。
やっと終わった。少しだけゼオンはほっとして、そして上を見上げた。
黄色い宝石のついた杖が青い青い空をくるくると舞っているのが見えた。
そして、もう一度キラのアホ面を見る。そして呟いた。
「…おかえり、キラ。」