第5章:第32話
黄金色に輝く雷の剣の先がゼオンを捕らえて逃がさない。キラが投げつけるように雷の剣をゼオンに放つ。
降り注ぐ稲妻と、輝く矛先がとても綺麗だった。手も足も束縛の魔法のせいで動かない。口だけなんとか動かし呪文を唱えているところだが、声すらまともに出ない状態で出した魔法でこの大技を防げるとは思えなかった。
まずい。そう思った時だった。
剣の起動が僅かに曲がった。キラの表情が驚きに変わり、手を抑え始める。
ゼオンはそれを見逃さなかった。急いで呪文を唱える。
起動がわずかに曲がったとはいえまだ直撃は避けられない。縛りつけられたように動かない手を無理矢理動かし、力に逆らい、地面に剣を突き刺す。
そうしている間にも剣はゼオンに近づいてくる。けれどなんとか先に詠唱が終わった。
「輝け火の精……サター・フレル!」
小さな爆発が起き、地面をえぐる。その瞬間にゼオンを縛りつけていた黒い魔法陣が壊れる。
手足が自由になり、立ち上がった時。雷の剣がゼオンの足元すぐ横に突き刺さり、強い光が辺り一面を覆った。
「……残念。外したか。」
キラの悔しそうな声がした。その後、今度は少し楽しそうな声。
「でも……無傷ってわけでもないよね。」
ゼオンは全身に走る痛みをこらえてキラを睨みつける。手足にはいくつもの傷があり、血が止まらない。
すぐに避けたので直撃は免れたが、その後の光による衝撃は避けきれなかった。受けたダメージは少ないとは言えない。
特に左腕が酷い。剣を握る手がズキズキ痛んだ。ゼオンはそれでも立ち上がり、剣をキラに向けた。
「遅ぇんだよ、あの馬鹿……。」
そう呟いたゼオンの口元が少しだけ笑った。
キラが剣を放つ時、確かに少しだけ軌道がズレた。キラを操っている人物が自分から軌道をずらすわけがない。なら、軌道をずらした人物は一人しかいなかった。
「手を切られた痛みで一瞬キラ自身の意識が戻った。」……あの予想はあながち間違いではなかったのかもしれない。
間違いなくあの剣の軌道をずらしたのはキラ本人だ。
「何度やっても無駄だよ!とっととくたばんな、人殺し!」
紅い目のキラはもうすぐ目の前にいた。杖先をハンマーの如く振り回し、頭を狙ってきた。ゼオンはそれを避けて後ろに回り込む。
手足の痛みなんて気にならなかった。そして激しい金属音。剣と杖がぶつかり合う。
剣を押し返す力がどんなに強くても決して退きはしないと誓った。確かに今のキラの力はとんでもなく強かったが、ゼオンも負けてはいなかった。
ぶつかり合う剣と杖の向こう側、血のような鮮やかな色の瞳が見える。
「間違えるのはことわざだけで十分だ。お前の目は蒼。……そうだろ。」
これはもう二度とないチャンスなのだから。今こそ、あの日にけりをつける時なのだから。
心に刻み、ゼオンは戦い続けた。
◇ ◇ ◇
『…ただのチビだと思って甘く見てたわ。やってくれたわね。』
美しくで、妖艶な声が頭の中で響く。まだ体は思い通りには動いてはくれない。
自分の意思とは無関係に動いていく。けれどキラは心の中で少しだけ笑った。
左手の傷の痛みを確かに感じる。最初は夢と現実の境もわからない位に意識が朦朧としていたが、やっと頭が冴えてきた。
もうそろそろ、自分を操っているこの声の主の邪魔くらいはできる頃だ。
遅いのはそっちだよ、ゼオン。
視線の先のゼオンを見ながら思う。杖と剣のせめぎ合いの真っ只中、戦っている人がこんなに強い目をしているだなんて思わなかったなと緊張感の欠片もないことを考えた。
ならこちらも全力で援護しなければならない。捕らわれのお姫様になるためにこんなことをしたわけじゃないのだから。
奪われた手足の感覚をどうにかして取り戻そうとする。ゼオンが有利になるように、杖を引こうとする。
すると頭に激痛が走った。今にも気を失いそうなくらいの激しい痛みに耐えながら手を動かそうともがいた。
やがて手が震え出す。失った感覚がすぐ近くにあることを感じる。その時、ゼオンがキラを押し返し、キラは数歩後ろに後ずさりした。
『…やるじゃない。 やっぱりミラ・ルピアの娘ね…腹が立つ…!』
少し苛立った様子の声がする。だが、怒りの声は再び見下すような声に変わった。
『そんなにあの混血の魔法使いが心配? 不思議ね、両親を殺された子が人殺しを庇うなんて。』
少しだけ怒りが湧いた。心の中で言い返す。
『あいつが私の両親を殺したわけじゃないし。それに、あいつの場合ほとんど免罪のようなものかも…』
『免罪じゃなくて、えん罪でしょ?』
見下したような口調で言われたのでまた腹が立った。性格悪すぎる。
怒りをぶつけるようにまた邪魔をしようと足を必死で止めようとする。けれどそう簡単に止まってはくれない。キラの意思を無視して体は駆け回り、杖でゼオンに殴りかかっていく。
このままではいけない。両手両足、動かそうともがく。少しでも言うことを聞いてくれそうな部分を探す。そしてその中で一番どうにか自分の意思に答えてくれそうなのは、ゼオンに切られた左手だった。
痛い。この感覚は紛れもなくキラ自身のものだ。
『どうしてあんな奴の為に動こうと思うの?
あいつのせいであなたは両親が殺された時の忌まわしい記憶を取り戻すことになったのよ?
魔法が下手で、勉強もろくにできないあなたを馬鹿にした挙げ句、あなたが一番思い出したくなかった記憶を蘇らせた。
嫌じゃなかった?妬ましくなかった?』
また、非情な声が囁いた。一瞬、左手の傷ではない何かが痛んだ。
その途端、また自我を追い出すような頭痛が襲う。それをはねのけるように言い返す。
『記憶のことはもういいの。思い出さなきゃ、お姉ちゃんを止めようと考えることすらできなかったんだから。
あいつのこと恨んでも妬んでもいない。』
すると、非情な声が不気味な笑い声に変わった。そして、キラに言う。
『…本当に?』
『どういう意味?』
『あなたはずっと思っていたはずよ、あいつはいいなあって。
気づいていたはずよ。あいつとあなたは正反対。あなたが欲しいもの、あいつは全部持ってるって。
羨ましくなかった?それが妬みに変わった瞬間、本当に一瞬もなかったって言い切れる?』
ドクンと何かが動いた。急に頭がズキズキ痛み出した。違う、違うと必死に否定する。
けれど、言い返せなかった。ゼオンの魔法は凄いと会った時から思っていた。転入試験が満点だとか聞いて驚いたこともあった。そして、キラが気づけないことに全て気づける鋭さ…キラには決して手が届かないものだ。
言われたとおりだ、ずっとキラはゼオンがうらやましかった。
実際にキラはゼオンに言ったのだ。キラの記憶が戻った時、「あんたはいいよね。」と。あの時は記憶が戻ったショックで気が立っていたが、あの言葉は本心だった。
どす黒い言葉が胸に突き刺さる。自分が一番よくわかっている。あの時、ゼオンを妬んでいたかも…と。
頭の痛みが止まらない。再び意識が遠のいていくような気がする。駄目だ、呑まれちゃいけない。必死に手を動かそうともがくけれど、意思も感覚も闇に飲み込まれていく気がした。
『ふふ、悪いわね。私、贔屓はしない主義なの。あの子、めちゃくちゃに痛めつけてあげる。あなたにもあの子にも恨みは無いけどね。』
させたくない。ゼオンを守りたい。だがそんな想いさえも呑み込まれてかき乱され、目の前が霞んでいく。
眠るように視界が蝕まれ、暗く見えなくなっていった。
その時、記憶の中のある言葉が蘇った。
「…お前はいいよな。」と。
確かあれはキラの記憶が戻る前日あたりにゼオンに言われた言葉だった。
夕暮れの中、そう言ったゼオンの背中がどこか悲しそうだったのを覚えている。あの時はゼオンが何を背負っているのかはわからなかった。どうしてそんなに眩しいものでも見るかのように言ったのかわからなかった。
でも今ならわかる気がした。ゼオンは鋭くて賢い。きっと普通の人以上に、他人の悪意にも敏感だっただろうし陰口を言われればすぐ気づいただろう。そしてきっと誰からも守られることもなく孤立していたのだろう。無口で社交性が無くて冷淡な性格はその環境のせいもあるのかも。
そんなゼオンにとってキラはどんな風に見えただろう。馬鹿で魔法も下手でついでに貧乏。けれど誰からも愛される。村人全員がキラを過去の記憶から守ろうとするくらいに。キラは優しい嘘のおかげで過去の記憶の存在にすら気づかなかった。
とても優しくて美しい嘘の世界は、醜くて残酷な真実の世界にいたゼオンにとってどんな風に見えただろう。
たとえ嘘でも、暖かく見えたのかな。
キラは頭の闇を振り払い、左手の感覚を必死で掴もうとした。頭痛も声も全て無視して。
ゼオンはキラの嘘の世界を破った。見えてきた世界は決して綺麗ではなかった。けれどその世界は先へ進める道があった。
だから今度はキラの番。残酷な真実の世界に、一筋の光が射すように。
頭がよくて、魔法上手くて、強くて、鋭くて。ずっと羨ましかった。でもそんな眩しい人だからこそ、助けになりたいと思ったのだ。
そしてキラの右手が杖を振ってゼオンの剣を弾き飛ばそうとした時、遂に左手が右手を抑えた。
右手が左手を振り払おうとする。左手が震える。けれど抑え込んだ。
そしてありったけの力を振り絞って叫んだ。
「馬鹿やろう、さっさとぶっとばせ!
杖も過去も人殺しの称号も…全部!」