第5章:第30話
どす黒い雲の下、雷が鳴り響く中でヌンチャク片手に微笑むホワイトの姿はどう見ても浮いていた。
ゼオンは呆れながら尋ねる。
「手伝うって…戦えるんですか?」
「うーん、どうかしら。」
ほわほわした柔らかい口調とこの場の空気は全く合っていなかった。
「…ヌンチャクで?」
「ヌンチャクは駄目なの?」
「……そこは個人の自由だとは思いますが、なんとなくヌンチャクを使いこなすようなイメージが無いんで…」
「今日はぁー、なんとなくヌンチャクの気分だったのよ。」
ゼオンはまたため息をついた。どう見てもホワイトがキラと戦えるような強靭な人とは思えない。
ゼオンはオズに訊いた。
「おい、これはありなのか? この人ボケてないのか?」
「さあ、そいつが戦うとこなんて見たことあらへんしー。」
「…ヌンチャクの気分って…他にも武器のバリエーションがあるのか? そんなに器用そうには…」
「あかんなぁ、近頃のヌンチャクは五段階に変形するんやで、すごいヌンチャクやろー、でかいヌンチャクやろー、へんなヌンチャクやろー」
「黙れよお前。」
ゼオンがそう言うとオズはへらへら笑った後、少し考えてから言った。
「…ま、でもちょいとそいつに任せてみてもええかもしれへんで?」
どこか先ほどと違ってふざけた調子ではなかった。
その確信が一体どこから出るのかわからない。そもそもショコラ・ホワイトという人自体、ゼオンからしてみれば「得体が知れない」のでわかるわけがない。
すると体勢を立て直したティーナがホワイトに言った。
「ちょっと部外者はどいてて、邪魔だから! 怪我したって構ってられないよ!?」
「大丈夫、大丈夫。怪我なんてしないわ。」
一体どの辺が大丈夫なのだろう。そう思った時、キラの眼がこちらを見た。
とっさにゼオンが構えた。キラが杖の先を上へと向ける。
雨雲が渦を巻いてキラの上空へと集まっていく。何やら嫌な予感がする。でかいのが来るなと思った。
そしてキラの杖の先に雷の力が集まり、杖先の黄色い宝石が光り出すのが見えた。
止められる気がしないくらいに力はどんどん膨れ上がっていく。天を雲に覆われて暗くなったこの草原を金色の光が支配していく。
まともに対抗するより避けた方が得策かもしれない。そう思った時、急にホワイトが詠唱を始めた。
「奈落の底より湧き出でし闇の力よ…破滅の力を与えたまえ…」
急にホワイトの足元に巨大な黒い魔法陣が現れ、激しい光を放ち始めた。ゼオンは言葉が出なかった。急に強い魔力を感じた。
キラに匹敵…いや、それ以上かもしれないくらいの強い力だった。
そしてその力の中心にいるのは紛れもなくショコラ・ホワイト。
ホワイトなんて苗字に似合わない真っ黒い悪魔の羽と湧き出る黒い力が妙に印象に残った。
禍々しい紫の炎が燃え上がり、どす黒い曇り空よりも黒い力が湧き出てくる。
だがキラの雷の力も強くなる一方だった。眩しい光で目が眩みそうになった時だった。
先に杖を振ったのはキラだった。激しい雷は竜の形となってゼオンとホワイトの方へ襲いかかってくる。
その時、ホワイトの魔法が発動した。
「開け地獄の門!黒き業火よ!エンファス・アーク!」
あんな能天気な人の魔法とは思えなかった。
赤い炎と黒い闇が巨大な獅子の形となり、キラの雷へと立ち向かっていく。
普通に立っているのが辛いくらいの激しい風と強い力。そして竜と獅子がぶつかり合った。
どっちが優勢かなんて見えるわけがなかった。力が強すぎて目を開けてその様子を見ることさえ難しい。
龍が獅子を抑えつけたかと思うと、逆に獅子が龍の喉元に噛みついて攻防は続く。
ホワイトは涼しい顔をしたままでゼオンの正面に立ち続けて獅子を操る。
そしてついに片方がもう片方を食い破るように大きな爆発が起こり、強い衝撃を感じた。
だがそれ以上はゼオン達側には何も起こらなかった。
代わりに、キラの小さな体が数メートル後ろに吹き飛ばされた。
そう強い衝撃はなかったのかキラはすぐに立ち上がったが、今の魔法のぶつかり合いは僅かだが確実にキラの負けだった。
ショコラ・ホワイトの力が杖の影響を受けたキラの力に勝ったのだ。
ゼオンは目の前のホワイトが少しだけ恐ろしく感じた。
…まともではない今のキラに打ち勝ってしまうこの人が、果たしてまともだと言えるだろうか…と。
そんなゼオンに構わず、ホワイトが朗らかに笑って言った。
「じゃあちょっとキラちゃんの相手してくるから雲を消すのよろしくね!」
ゼオンが何か言うより先にホワイトはヌンチャクを振り回しながら駆け出す。
唖然とするゼオン、ティーナ、ルルカの三人をよそにホワイトはヌンチャク片手にキラと戦い始めた。
ゼオンはどうしてこの人がこんなに強いのか不思議で仕方がなかった。魔法どころか接近戦もお手のものだった。
小さな村のただの学生とは思えない戦闘能力の高さだ。ゼオン達三人で太刀打ちできなかったキラと接近戦でほぼ互角に渡り合えていた。
だが、さすがに接近戦となるとキラの方が足が速い分少々優勢のようだ。
キラが杖をホワイトの首目掛けて突き出し、ホワイトはそれをかわして回り込んでヌンチャクをキラの顔に投げた。
キラは杖でそれをよけるとあっという間にホワイトの真正面にたどり着く。
ホワイトにもう武器はない…と思ったらそうでもないらしく、どこからともなく今度はヌンチャクが二本出てきてキラの方へと振り回す。
多少キラが優勢だが両者はほぼ互角だ。ホワイトの意外な強さにティーナとルルカは呆然としていた。
ゼオンがホワイトを指差してオズに尋ねた。
「…おい、オズ。あの人いくつヌンチャク持ってるんだ。」
「さあ、俺知らへんし。」
「いつからヌンチャクは飛び道具になったんだ。」
「ヌンチャクは日々進歩しとるんや。最先端のヌンチャクは蝶のように舞い、蜂のように…」
「刺すんだな、わかったもう言うな。というか、なんであの人あんなに強いんだ。」
するとオズは急に真面目な顔をして言った。
「ショコラはあの魔力の高さであの学校に特待生で入学したんや。それも別の街から。
接近戦もできるのは俺も知らんかったけど。」
つまりこの村に来る前のホワイトのこと、ホワイトの強さの訳はオズも知らないらしかった。
また一つもやもやした謎が増えてしまった気がするが、とりあえず今は雲を消すことの方が先だった。
雲はキラに従うように渦巻いて、村を覆い尽くしてしまいそうな勢いで広がっていく。
ホワイトがキラを止めている間にさっさと消しておいた方がいい。
ゼオンは剣を地面に突き立てる。すると地面が光り魔法陣が現れ、炎のように朱から黄金に移り変わって輝いた。
「遥か彼方の聖なる光よ…悪しき穢れを取り払いまえ…」
その時、キラがホワイトの攻撃を振り切り、後ろへ回り込んだ。
そして勢いよく杖を突き出す。ホワイトはなんとかよけたがキラがすかさず追撃する。
おそらく長くは保たない。雲は一発で消してしまった方がいい。
「黒を滅ぼし白く清めよ!ブラン・エトレ・ポワル!」
杖から白い光が空へと伸びる。光は雲を突き抜け、高く高く登っていく。
そして一瞬の間の後、無数の光が雲を突き破って地上に射しこんできた。
光は雲を片っ端から突き破って空を覆い尽くす。そしてついに真っ黒い雲を消し、天井が真っ白い光で覆われて何も見えなくなる。
これで消えてくれればいいけど。そう思った時、光が消えて目を開けられるようになってきた。
ゼオン達は顔をあげた。ティーナが「よっしゃあ!」とガッツポーズをするのが見えた。
空は元通りの美しい水色になっていた。雲一つない快晴だ。
とりあえずは第一段階クリアだ。あとはキラを止めるだけ。そう思った時だった。
鈍い音が響いた。キラが杖でホワイトを殴った音だった。
ホワイトが衝撃で後ろへ吹っ飛ばされる。さすがに接近戦だとキラには劣るらしかった。
ゼオンの剣が赤い光りを帯び始めた。そしてキラがホワイトに追撃しようとした時、ゼオンが駆け出しホワイトを庇うように前へ出てキラに切りかかった。キラは杖でそれを受け止める。杖と剣がぶつかり合い、せめぎ合う。
どこかで隙を見て杖を弾き飛ばしたいと思った時、キラの口元がニヤリと笑った。
「地の底より出でし黒き力よ…哀れな破滅の女神よ…」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
キラとゼオンの下に新たな魔法陣が現れ、風が二人の周りを渦巻き始めて逃げ場を無くしていく。
後ろにいたホワイトが衝撃で更に吹っ飛ばされた。だがゼオンの方は逃げられない。魔法陣の中央へとじりじりと引き寄せられていった。
今無理に退けば必ず追撃がくる。
「悪しき鎖よ!黒の牢獄を築きたまえ!プリゾン・ノアイ!」
キラの声と共に魔法陣の光が強まる。
そして紅の光と黒い風が周りを渦巻いて取り囲み、二人を閉じ込めていった。