第1章:第6話
重たい木の扉が開く音が響く。そこは質素で小さな図書館だった。扉や壁の雰囲気からしてかなり古い建物だ。村の他の建物とは何かが違っていた。
ゼオン達三人とオズとルイーネは静かに図書館の中に入った。
薄暗い室内の至るところにぽつりぽつりと灯りがともっていた。オズの後にゼオン達は続く。
扉をくぐり抜けて見えてきたのは天井の辺りまである高い本棚の列で、部屋のどこの壁もその大きな本棚で覆われていた。
部屋の奥には果てしなく続いているのではないかと思うくらいに本棚が何列も並んでいる。
その様はまるで迷路のよう。その本棚には数え切れない数の本が隙間なく詰められていて、まさに図書館という名がふさわしい空間だった。
更に進むとそこにはアンティーク調のカウンターや机、椅子やテーブルなどが置いてあった。どの家具も年代物で洒落ている。
その時、後ろから何かの声がした。
「あ、オズ、何やってたんだー? あれ、ひょっとして客? めんどくせーなぁ。」
「シャドウ、あんたってほんと馬鹿ね! 図書館なんだからお客さん来て当たり前でしょう!? 失礼なこと言うんじゃないわよ!」
本棚の列の間からさっきの小悪魔たちが顔を出した。一人は赤髪の少年で、もう一人は金髪でツインテールの少女。
小悪魔だからか、二人とも手のひらサイズくらいの大きさしかない。見たところ、どうやら本の整理の最中だったようだ。オズは未だに用件を言わなかった。
ゼオン達は目の前に長椅子と大きな机があるにもかかわらず座ろうとしなかった。
当然だった。正体不明の人物の謎の行動を目の前にして呑気に座っていられるわけがない。
それも、魔物を使って自分達に攻撃を仕掛けてきたのだからなおさらだ。
だからルルカは当然まだ弓矢を持ったままだし、ティーナも鎌を持つ手を緩めていなかった。
警戒心むき出しのゼオン達をよそにオズは口を尖らせているシャドウという小悪魔の方を向いて言った。
「おい、シャドウ。こいつらに紅茶淹れてやってくれへん?ダージリンでええから。あ、レティタ。お前も頼む。」
「えーめんどくせー。」
シャドウが口を尖らせる。オズは笑顔で言った。
「淹れへんともう二度とシュークリーム買わへんで。」
「え、マジ!?マジのすけ!? そ、それだけはやめてくれよぉ! オズ、勘弁してくれぇ!」
「全く…シャドウってガキ…」
先ほどレティタと呼ばれた小悪魔がため息をついた。するとオズはレティタに言った。
「そう言うけど、シャドウ拾ってきたのお前やで?」
「だってしょうがないでしょ? あの時は……」
「うおー、シュークリームくれよぉ!」
「あーもううるさいわね、黙ってよ!」
シャドウとレティタが喚いていると間からルイーネが口を出す。
「あーそうだオズさん、前から言おうと思ってたんですけど、飲まないくせにローズヒップティー買うのやめてくれません?
ダージリンやアールグレイはちゃんと減るのにローズヒップだけどんどん蓄積するんですけど。」
「だってローズヒップティー酸っぱいやないかー。」
「だーかーら、買うなって言ってるんです!」
シャドウとレティタとオズの会話にルイーネまで加わり、ゼオン達の緊張感とは裏腹になんだか賑やかになりはじめた。
だが、三人からしてみればこんなところで賑やかにしている場合ではない。ゼオンは冷たく言い放った。
「おい、紅茶もシュークリームもどうだっていいから用があるならさっさと言ってくれ。」
そう言うとオズ達はようやく話すのをやめ、ゼオン達の方を向いた。頼み事をされるなんて正直面倒な話だった。面倒どころか無理な可能性もある。
頼み事の内容によっては図書館を破壊してでも逃げたほうがいいかもしれない。自分達は逃亡者。国に追われる立場なのだから。
ゼオンがそう思っているとオズはようやく本題について話しはじめた。
「そーやったな、頼み事あって呼んだんやったな、忘れとった。頼み事っつーのはな…」
忘れていたのか。そう思う前にオズが言ったことは予想よりも厄介なことだった。
「しばらくの間この村に留まっててほしいねん。」
オズは胡散臭く笑って言った。普通ならはい、そうですかで済む話かもしれない。
けれどもゼオン達にとっては難しい話だ。一つの場所に長期間留まっていては、いつ追っ手に見つかるかわからない。
ゼオンもティーナもルルカも、相手にしているのは国の兵士なのだ。ゼオンはまだ捕まるわけにはいかないのだ。ゼオンは自分の杖の先についた、灼熱の炎のような石を見つめて改めて固く誓う。
すぐにティーナが言う。
「悪いけど、あたしたち二日三日したら村出なきゃいけないんだけど。」
それを聞いたオズは近くにあったカウンターに寄りかかり、笑いながらこう返した。
「なら、宿代はコネつこーてどうにかしたるし、お前らがここにいるっちゅー情報も村の外に漏れないように手ぇ打っといたる。どうや、これでもだめか?ゼオン・S・クロード。牢獄から逃げ出した大犯罪者さん?」
そのことを知っていながら言っていたのか。だがゼオンは素直に受け入れる気にはならなかった。
このオズという奴は何を企んでいるのだろう。ゼオン達の情報を隠すことは当然国に対する反逆だ。
勿論そんな約束守る気はさらさら無い可能性もあるが、それなら先ほどわざわざ攻撃を仕掛けた意味がないはずだ。
国への密告のため……という単純な理由ではなさそうだった。
「目的は?」
「言えへんな。」
オズは即答した。だが、ゼオン達の共通点を見る限り、おそらくこの杖に関することだろう。
オズの声と口元は笑っているが目は全く笑っていない。血潮のような紅の瞳がこちらを捉えたまま動かなかった。ただのカンと言われればそれまでだが、オズはその目的のためなら何を賭けても構わない、そんなことを考えていそうな気がしてならない。
考えていることがわからない以上、安易に相手の手に乗らない方がいいだろう。
だが、ここで頼みを断ると三人のことを密告される可能性がある。おそらくその位のことは考えているだろう。
ルルカがゼオンの方を横目で見て言った。
「あの子たちのこと脅したばちでも当たったんじゃないかしら?」
ルルカにだけは言われたくなかった。そのときルルカが横目で合図をした。ゼオンはルルカがどうする気なのかすぐに理解した。
ルルカのように人殺しをする気はないが、オズからゼオン達三人と会った記憶を消してから去る、それが一番得策だろう。ティーナにも目配せをして、ティーナとルルカが動こうとしたそのときだった。
図書館全体が突然強い妖しげな紅い光に包まれた。図書館中の本棚が恐怖を感じたかのようにカタカタ震えている。眩しい光の中、確かに凶悪な力を感じる。
放てばこの村なんて軽く吹き飛ばしてしまえそうなほどの強い力。抵抗を一切許さないほどの揺るぎない魔力だった。立ち向かうことができないどころか、腕一本、脚一本、指先さえも動かせなかった。
これほど強い力を今までゼオンは見たことがない。あるはずもない。ゼオン達三人が束になっても到底かなわないほどの力なんて。
眩しい光の中、なんとか目を開けてわかったことは、その光が、オズの使う魔法による光だということだった。
しかも表情を見る限りでは、それで本気を出している気配は全くない。マッチで火をつけたくらいの力としか考えていないような表情だった。
ただ一つわかるのはオズはゼオンたちを脅す気だということだった。
「頼む。これは賭けなんや。」
本当に何者なのか、こいつは。いや、謎なのはそれだけではない。見た時からこの村は何かがおかしかった。
異常気象の影響を全く受けない空、異常気象の存在の伝達すら防ぐ環境。そしてここに四本目の杖があったこと。
この村には何かある。そうゼオンは確信した。